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第285話 サザンカの散る頃に

サザンカはツバキ科の花。サザンカ全体の花言葉は『困難を乗り越える』、赤い花弁の花言葉は『あなたが最も美しい』、ピンクの花弁の花言葉は『永遠の愛』

「すまんのう。もう少し眠っておれ。この時代ではまだ栄養状態や衛生観念、医療体制も不十分じゃ。健やかに育てる環境が整うまで我慢していてくれ」



 私はセレスが仕立ててくれた黒い和服の羽織りをおくるみの代替にしてブラッケストに着せた。最も黒い(ブラッケスト)の名によく似合っている。


 部分時間停止を施されたブラッケストは赤子のまま成長が止まっている。生きたまま止まっている。死ぬことはなく、傷つくこともない。

 人間の死とは基本的に時間経過だ。老化にしろガン細胞の増殖にしろ失血にしろ、時間が経つことで死という結果をいざなう。


 ジリオンに対しては殺した状態で再生する前に時間を止めてやった。だから永遠に死んだままだ。

 ブラッケストに対しては元気に生きている状態で時間を止めた。だから槍が降ろうが隕石が降ろうが永遠に無傷で元気な身体のままだ。



「これはのう、おぬしの父親の妹が仕立てたものなんじゃぞ。妾の自慢の親友じゃ」



 目を閉じてすやすやと眠るブラッケストの頬をプニプニとつっつき、微笑みながら囁いた。


 太陽が眩しい。


 ここは地球。でも時代が違う。私が生きていた二十世紀から数えておよそ十六万年前。ビルもなく電気もない。風が草木を揺らして青い香りを運び、太陽の光は誰にも邪魔されずにいきいきと照っている。。


 なんだか空気も綺麗だ。深呼吸をすると肺いっぱいに新鮮でさわやかな空気が満ちる。


 思考もクリアになる。宇宙誕生と同時に眠りについた直前の記憶を辿った。

 私は決意したことがある。みんながつないでくれた私の命を使って運命に反逆する。新しい世界で為すべきは二つ。


 第一に、できるだけ人類の進歩を早めること。メイオールたちは西暦一九九九年の十二月に地球に訪れた。だが、地球の暦なんて地球人の基準だ。メイオールら宇宙の異星人の知ったことではない。つまりメイオール襲来というXデーを迎えるときの地球の暦は、西暦のスタートが一年早ければ二〇〇〇年に。十年早ければ二〇〇九年になるというわけだ。


 シリウスたちは世界各国の首脳に掛け合ったが異星人の襲来なんて馬鹿げた話は到底取り合ってもらえなかったという。だからメイオールが襲来したときも、まさかあの話が事実だったとは思わず、むざむざと地球領土放棄宣言など出してしまった。救える命も救えなかった。

 でも未来では違ったのではないか。航空宇宙技術や光学分析技術が向上した未来なら、未確認飛行物体や異星人の存在がより現実的な議論の俎上にあるかもしれない。


 これから私は地球の人類史に大きく干渉することになる。拙い中学二年生の歴史の知識と照らし合わせながら、できるだけ早く人類が科学を発展させらるように。前の世界よりも西暦をさっさと始めてくれるように。Xデーの時点で科学文明水準が多少は高くなっているように。


 第二に、人類に能力者を増やすこと。正直なところ悩んだ。戦う恐怖も痛みも私が一番よく知っている。だけど戦えずに喪う痛みも知っている。いつの日かメイオールが地球に来たとき対抗できる能力者の地球人類が一人でも多くなるように。絶対にこの世界では能力者が三、四人しかいないなんてことにはさせない。


 私はアルコルが作った能力者化の赤い注射器をもっていない。作り方もわからない。ただ、作り方に辿り着く人間がいずれ生まれてくるかもしれない。『天才』と呼ばれる者たち。カナタやティア、ヒイロ、アルコル。彼らのような人材が生まれてきたときに能力者を生み出せる環境にしておかなければならない。


 能力者になるには条件というか、資質が必要だ。遺伝子構造の強引な変化なので誰しもが能力者になれるわけではない。でないとチャーリーのようになってしまう。


 ではその資質は? これも頭の悪い私にはわからない。ただ一つサンプルがあるとすればシリウスとセレスだろう。

 二人は兄妹だ。シリウスはティアに、セレスはヒイロに注射器を受け取り能力者になったという。これは偶然か? たまたま血のつながった人間がどちらも能力者化の資質をもっていたと?


 私の仮説はこうだ。


『能力者になる資質は遺伝する。ただし、能力者の子が最初から能力者として生まれてくるわけではない』


 シリウスもセレスも能力者だった。だから二人には、ネバードーン家には、能力者としての強烈な遺伝的特性が備わっているのだろう。生存する肉親がいなかった私は調べようもなかったが意外と母もそういう遺伝子をもっていたのかもしれない。

 そして後半の能力者の子が能力者とは限らないという内容の根拠はブラッケストである。シリウスとティアというサラブレッドのような血筋だが、眼の色も身体能力も特に普通の赤ちゃんと大差ない。シリウスのような強力な能力者ではないのだ。



 さて、ではどうやって未来の地球人類にその能力者化の遺伝的資質を持たせるか。それは人類史の早い段階で能力者の遺伝子を混ぜることだ。具体的には、私の。


 茂みから毛むくじゃらで全裸の男たちがやってきた。二足歩行で槍を手にしている。身長は私よりも高い。

 繰り返すが、ここは十六万年前の地球。彼らこそ最初の新人類にして現代人に最も近いサピエンスの祖、クロマニヨン人である。


 人間なんて元を辿ればみんな親戚なのだ。家系図を十六万年遡った先に私が在れば、その遺伝子は未来の全地球人類にとって共通のものとなる。


 クロマニヨン人の男たちは飛び跳ねたり雄たけびを上げたりして興奮気味に私を取り囲んだ。



「クックックッ、そ、そうか。旧石器を生きる者でも妾の美貌には惹かれるか」



 声が震える。

 私は近くの茂みにブラッケストを隠すようにそっと置いた。見られたくはない。


 彼らが私のセーラー服をひったくって強引に脱がせる。


 怖い。身体に力が入らない。


 でも、私のたくさんの家族を奪ったメイオールに復讐するため。未来の人類が異星人どもに反逆できるようにするための最初の狼煙。それを私が作るのだ。いつか、いつの日か、メイオールを滅ぼしてくれる能力を持った人間が大勢現れるように。メイオールの蔓延る遥か遠く、彼方(かなた)(つき)に人類の手が届くように。


 ごめん。カナタ。


 誰にも聞こえない小さな声で恋人の名を呼ぶ。


 サザンカの花が、散った。

第285話:聖の独白『シリウスもセレスも能力者だった。だから二人には、ネバードーン家には、能力者としての強烈な遺伝的特性が備わっているのだろう』

第257話:シアンのセリフ『それで少しだけ疑問に思ったことがいくつかあるの。(中略)まさにそう。私たちネバードーンの血筋について』


第285話:聖の独白『メイオールの蔓延る遠く遠く、彼方な月に人類の手が届くように』

第1話:夕華のセリフ『そうね。じゃあこのクラスに田中ナツキなんて生徒は(中略)』




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