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第284話 新しい世界の生誕祭

 世界から色が消える。音が消える。

 ここは私だけの世界だ。何人(なんびと)も動くことはなく無色無音の世界が私を包む。


 全身の筋肉が千切れるほどに走る。もげるほど腕を伸ばす。


 

「あの赤子は……必ず妾が救う。たとえ我が身が地獄に落ちて劫火に焼かれることになるとしても……それでも! 妾の大切な家族には何の罪もありはせん!」



 届け。私の腕よ、届け。

 時の止まった世界では私の大切な者たちを殺した白極光線すらも止まっている。今だけは、無事に確実に赤ちゃんの下へたどり着ける。


 焦げた炭と灰の山へ手を伸ばす。顔が黒く汚れる。そんなことも気にせずに掘り進める。

 きっとこの炭と灰は……私の家族だ。


 赤ちゃんを守るために咄嗟に覆いかぶさったのだ。まずティアが赤ちゃんを強く抱きしめた。次に近くにいた、カナタ、アルコル、ヒイロ。彼らが上にかぶさった。その結果、極光の熱波や水蒸気爆発の爆炎にも耐えて、小さなたった一つの命がつながった。


 炭と灰を掘り進める手に涙がこぼれる。これは彼らの遺灰である。もう姿も形もわからないけれど。私の大切な家族。

 ごめん。私のせいで。謝っても謝っても取り戻せない。でもみんなが守ったこの生命の灯だけは絶対に消さない。見殺しにした私のことなんて憎くて仕方ないかもしれなけれど、今この瞬間だけは、赤ちゃんを救うこの時だけは許してほしい。


 ……。いた。

 顔は炭で真っ黒で、身体を覆っているタオルもボロボロ。苦しそうに寂しそうに泣いている表情。でも生きている。息をしている。

 灰を掘って掻きわけて掬い上げた。色もない世界。だけど。雲間から差す太陽みたいに眩しく輝いて見えた。



「よかった……本当に……。ありがとう。生きていてくれて、ありがとう……!」



 強く抱きしめる。泣きじゃくってぐしゃぐしゃになった顔を赤子の頬にこすり付ける。

 家族の絆はまだ潰えていない。灯は消えてはいない。

 

 私は地獄にだってどこにだって行ってやる。でもこの子は必ず生かす。それが私の責任であり、願いであり、たった一つ残された家族とのつながりだ。



 しかし。時は無情である。

 私の時間停止は永遠ではない。


 タイムアップ。時間停止の強制解除。世界に色が、音が、戻る。時の流れが戻る。


 ほぎゃぁ、ほぎゃぁ、と赤ちゃんの泣き声が元気よく響く。私はこの子を、ブラッケストをぎゅっと強く胸に抱きしめる。

 守りたい。この子だけは絶対に。


 白極光線が迫る。時間停止の連続使用はできない。部分停止をしてもジリオンは無数にいるのですぐに追撃がくる。

 私は泣きじゃくるブラッケストを胸に抱いて座り込み庇うように白極光線に背を向けた。私一人で何ができるんだ。シリウスすら貫いた光線だ。私なんて簡単に殺してしまう。そしたらこの子まで。


 嫌だ。守るんだ。この子は希望だ。私たち新しい家族の光だ。喪ってなるものか。見捨ててなるものか。


 ぎゅっと目を閉じる。より強く抱きしめる。私の大事な家族が生きた証を守る。守りたい。


 そして、生命を終わらせる暴力の白い光が私を襲った。逃げ場はなく熱量と光量に囲まれて。

 


──





 私は死んだ。





〇△〇△〇





──





 真っ暗闇の世界を沈む。宇宙の果てのようで、真夜中の深海のようで。息苦しい。

 眩しくて温かい光から遠ざかって仰向けに沈んでいく。私は上へ上へと手を伸ばす。生という光に向かって手を伸ばす。


 身体に鉛をつけられているみたいだ。距離の概念すらもない暗闇を私はどこまでもどこまでも落ちていく。これが死。直観がそう言っている。はっきりと考える頭はもうない。意識だけが底へと引っ張られる感覚があるだけ。

 無に無限に近づく。死ぬってそういうことなんだと思う。


 地獄ってないのかな。もう楽になれるのかな。

 

 ああ、でも。ブラッケストだけは守りたかった。

 後悔が胸を締め付ける。涙がこぼれる。



 ごめんなさい。



 無に合流する。私が私に終わりを告げて私ではなくなる。私がなくなる。


 ごめんなさい。ごめんなさい。




……




──トン



 沈む私の背中を押す手があった。



『聖、あなたはまだこっちに来ちゃダメよ』



 え? 

 それは母の声だった。落ちて堕ちて墜ちて、沈み続けるだけの私は振り返ることもできはしない。でも聞き間違えるはずがない。たった一人の肉親の声なのだから。


 温かい掌を背に感じる。あったかくて、私よりも少しだけ小さくて、花屋の仕事と夜勤の工場勤めのせいで肌が荒れている手。でもとても優しい手。



『えへへ、聖さんに死なれちゃったら僕が馬鹿みたいじゃないですか』


『こんな老いぼれのところには来るものじゃないですよ。聖さんはまだ若い』



 さらに二つの手が私の背中を押した。チャーリーの声と、ナンニーの声だ。


 徐々に沈み行くスピードが緩やかになっていく。



『謝るのは後でもできるでしょ。あんたはもう少し生きなさい。私と違って清いんだから』


『ドバイで俺たちを救ってくれたのは聖さんの判断だったって後から聞きました。でもその恩、まだ返せてませんでしたよね』


『……同感。お世話になったことへの対価は支払われるべき。それに、ここで死ぬのは非論理的』



 ミザール、アルコル、ヒイロの声だ。三つの手が加わってトンと私の背中を下から押す。

 私の身体は沈むのをやめてその場に留まった。


 背が熱い。みんなの、私の大切な家族たちの手が押し上げてくれている。温度をたしかに感じている。

 胸が熱い。みんなの、私の大切な家族たちの心が流れ込んでくる。誰も私を憎んでなんかいない。



『聖、アタシは先に行って待ってる。とびきっり柔らかいソファとダーツボードを用意しておくから、いつかまた二人で並んで座ってダーツしよう。けどさ。今はアンタは生きてよ。アンタは死んじゃダメだよ。だってアンタは……アタシの一番の親友なんだから』


『聖ちゃん、私の子供を……私たちの家族を、よろしくお願いしますね』



 金色と銀色の光をまとったセレスとティアが浮遊し、二人は私の両手をそれぞれ取って上へと引っ張り上げた。

 

 背からみんなの手の温度が離れていく。二人は勢いをつけた私を強く引っ張って上へと放った。つないでいた手がほどけて二人の温度もわからなくなった。


 暗闇の空間を上がっていき、水面の生命の光まであと少し。でも死が私を引きずり込もうとしてくる。みんなが背中を押して引っ張り上げて作ってくれた勢いが小さくなっていく。


 苦しい。苦しい。息が詰まる。



『大丈夫。きみの能力は時間停止なんかじゃない。どんな理不尽な運命にも反逆する能力。そうだろう?』



 彼はそう言って私の手を強く掴んだ。さあ、行ってらっしゃい。そんな想いが手を通じて流れ込んでくる。

 引っ張り上げるように真上への助走をつけ、そして手が離れる。最後まで絡め合っていた指先も掠めるように届かない。



『愛してるよ。聖ちゃん』


「妾も──」



 私の返事は形にならなかった。でも彼は笑っていた。言葉にしなくてもわかると言わんばかりに。

 色白で病的に痩せていて、グレーの髪はボサボサで。弱っちい姿でもなぜか私を想うときだけは力強くて。そんなムカつくくらいに大好きな人から受け取った最後のプレゼント。

 涙は流れて消え去った。つい笑みがこぼれる。



 ありがとうみんな。大好きな私の家族。



 私は生命の羅針盤に導かれるまま、深蒼の暗闇を抜けた。眼が開けられないほど眩しい光の彼方へと手を伸ばした。


 世界が産声を上げる。


 そう、これは新しい世界の生誕祭。


 そして──。



〇△〇△〇



 白極光線が目前に迫る。私はブラッケストを抱いている。

 もう背は向けない。

 真っ赤な両眼を開いてしっかりと見つめる。


 勇気なら、家族がくれた。



「時よ……反逆せよ」



 白極光線が止まる。世界が止まる。そして景色が()()()に流れ始める。色が混ざってしまうほどの速度で。


 光を超える。物理法則のその先。宇宙テーゼへの反逆と解放。


 ()()()()()()()



 

「大丈夫じゃ。おぬしの……妾とおぬしの家族が妾を信じて託してくれたんじゃからのう。今は眠っておれ」



 何事かと泣き喚いていた赤子は不思議と私の言葉を聞くと泣くのをやめた。どうしてか、ティアに見せたのと同じえへぇと優しく穏やかに笑ってみせた。


 私もこの子にとっての家族になれたのかな。


 そう思えた。



 世界の景色が高速で流れる。形を保てずに歪んでいる。丸くもないし角ばってもいない。世界の形が三次元的にどうなっているのかわからない。いつだったかティアが説明してくれた四次元的な視点。そこに近いのだろう。

 

 さあ、帰ろう。私はブラッケストの頭を撫でる。彼は私の腕の中で眠っている。



 そうして、私たちは戻った。メイオールなんかが地球にやって来るずっと前。いいや、地球ができるずっと前。


 まったくの無に。時間も空間もない。宇宙すらできる前の世界に。


 新しい世界の生誕祭。私の言葉に偽りはない。


 ビッグバンが起きた。その光景を私は静かに眺めている。


 宇宙ができた。星々が生まれた。私は私自身とブラッケストに時間停止を施す。解除のアラームは地球人類の誕生まで。



「ねむれ ねむれ かわいわが子 一夜いねて さめてみよ くれないの椿の花 開くぞよ まくらべに」

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