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第283話 生命の眩暈の中で

 私は母子家庭だった。実家は花屋をしていて、母親は毎日のように夜勤。きっと多くの一般的な日本の家庭と比べたら貧しくて不幸だったと思う。でも私は私なりに充分に幸福だった。


 私は中二病だった。一人称が(わらわ)だったり東洋の占星術の真似事をしたり。親友だと思っていた学校の友達からは気持ち悪いと陰口を叩かれたけれど。私は辛くても私らしくいた。


 そんな私にとってアステリズムという組織は、あの船は、本当に居心地が良かった。心の底からそう言える。完璧な人間なんて誰もいなくて、みんな少しずつ何かが欠けていた。でもそれを補い合う関係性だった。

 私の服装や口調も個性として受け入れてくれた。誰も馬鹿にしなかった。悲しいときは一緒に泣いてくれて、楽しいときは一緒に笑ってくれた。


 親みたいに私を包んでくれたり、親友になってくれたり、恋人ができたり。あの船で経験した全てが私にとって大切な思い出だ。

 セレスとティアと三人で一つのベッドに並んで寝たこともあったっけ。私が真ん中で挟まれて、とても息苦しくてとても温かかった。みんなで食事をしたりパーティールームで遊んだり……。シリウスの演奏するグランドピアノの音とともにポカポカと優しく灯った光景が一つずつ浮かび上がった。


 英語だと家はハウスとかホームとかで、家族はファミリーになるのかな。それくらいは中学二年生の私でも知っている。そして初めて私は日本語を理解できることに感謝した。

 だって、()族と一緒にいる場所が()なのだから。


 あの船は私にとって家だった。アステリズムの仲間たちは私にとって家族だった。

 一年にも満たない期間かもしれないけれど。浮かび上がったたくさんの思い出が私の胸いっぱいに溢れて止まらない。


……その思い出が、泡のように弾けて消えた。



「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!」



 私はジリオンを踏み台にして上空数百メートルから地上へと高速下降した。爆炎を上げている船の残骸へと飛び込む。

 急激な気圧差で身体が千切れそうになる。構わない。千切れても構わない。


 燃え盛る炎も能力者となり頑強な身体を手にした私の皮膚を焼くには足りない。でも船を、そして能力者ではない人間を燃やし尽くして灰燼にするには充分すぎるものだった。

 煤が私の喉をちりちりと焼いて痛める。私は船の残骸の山を手で掻きわけた。



「誰か……誰か!!!! 生きておる者は返事をせんか!!!!!!」



 爪が捲れて剥がれる。セーラー服もセレスが仕立ててくれた和服の羽織りも焦げてボロボロだ。

 残骸は見知った物ばかりだった。ここは私の家だから。あれは食堂のテーブルで、あれはヒイロがいつも読んでいた分厚い本。あそこにはセレスのダーツボードもある。全部、全部全部、私の大切な思い出の欠片たちだ。


 それがバラバラと崩れていく。私の手の中で燃えカスとなって灰になり指の間をすり抜けていく。


 大粒の涙も炎を消すには足りない。焦げ臭い。木やプラスチックだけでなく人の焼ける匂いがする。


 きっと船に残っていたみんなは何が起きたかわからなかったはずだ。突然の揺れと轟音で不安な中、様子を見に外へ出た私を信じて待っていてくれたに違いない。

 アステリズムの仲間たちだけでなくナンニーらセレスの使用人たちも大勢船には乗っていた。

 みんなみんな、私が守らなければならない大切な人たちだ。それを……私が見殺しにした。


 きっと聖ちゃんなら大丈夫。カナタならそう言ってみんなの不安を取り除いてくれていただろう。不健康なくらい痩せて弱弱しいくせに私のこととなると力強い瞳になるのを私はよく知っている。

 ティアも周りを鼓舞するようなことを言ってくれていたに違いない。私たちにとって母のようで姉のようで。


 私は、私を信じて待っていてくれた人たちを裏切った。彼らは私に裏切られたことも知らないまま、私への呪詛も恨みも吐く間もないまま高温の白極光線に貫かれ炎上する船に巻き込まれて焼死した。

 痛かっただろう。苦しかっただろう。

 私のせいだ。私のせいだ。


 私がジリオンたちを殺すことにかまけていたせいで本当に守るべきものを見失っていた。

 もしジリオンの一人が白極光線を放ったときに避けずに受け止めていたら。地上の船に命中することはなかったはずだ。あの瞬間、私はより多くより効率的にジリオンを殺すことばかり考えていた。どうやって船を守ろうかなんてこれっぽちも考えてはいなかった。


 殺す。奪う。それにばかり気を取られて、自分が強くなった最初の目的を忘れていた。それじゃあ私もメイオールと一緒じゃないか。

 私のせいだ。私が、私の怠慢と殺意が結果的に家族を見殺しにした。



「あ……ああ……あああああ! またじゃ! また妾のせいで家族が死んだッ! 全て妾のせいじゃ! 全て! 全て! 全て……」



 力なくへたりこんだ私は炎の中で俯き灰だらけの地面を握る。これもきっと大切な私の居場所の一部だったものだ。灰を手に集めて胸の前で抱き締める。情けなくてすすり泣くことしかできない。

 自分の愚かさ。自分の弱さ。全部に対してだ。



「すまぬ……みんな……ごめん、……なさい……」



 爆炎に私が隠れてしまっているためかジリオンたちは追撃してこない。

 ああ、いっそ殺してほしい。私はもう贖罪の方法がわからない。贖罪すべき相手はもうこの世にいない。


 涙が涸れ果てるほどの時間が経った。瞳も目元も真っ赤にしている私はもう何の感情もなかった。涙の跡だけが私に感情があったことを証明するただ一つだった。もう、どうでもよかった。

 謝っても誰も戻ってこない。私が地獄の責め苦を受けたって誰も救われない。私がどうにかなって家族が戻って来るなら私は喜んで地獄に落ちる。

 気が付けば、火の手は収まっていた。


 もう船は影も形もなかった。ただ黒いボロボロの骨組みと大量の灰の山があるだけの荒地。海水は全て蒸発していて地面はガサガサ。汚い地面に座り込んだ私は無。

 どこで間違えたのだろう。わからない。わからなくてもいい。わかっても私の家族たちは帰らない。罪は償えない。


 贖うことは叶わない。贖う相手ももういない。何もない。怒る者も責める者もいない。許す者も許さない者もいない。みな死んだ。空っぽだ。

 私は虚ろな目で空を見上げる。

 太陽を覆い隠すほど大量のジリオンの軍勢が赤い双眸で私を睥睨している。


 殺されるんだな、とわかった。どうでもよかった。これでみんなのところに行ける。

 死んだら謝りに行こう。いいやダメだ。みんなは天国だけど。きっと私は地獄。死んでも会えやしない。


 ジリオンたちそれぞれの数多の腕、その掌にエネルギーが集中している。白極光線の一斉掃射で私を撃つ気なのだろう。

 もうこれ以上苦しみたくない。苦しんでも死んでも誰も救えないし、誰も私の罪を裁きはしない。みんな死んだ。会えない。生きてても会えない。死んでも会えない。もう私には何もない。


 だったらさっさと殺してくれ。死ぬってどんな感じなのだろう。これから先、何十億年と宇宙が存続しても私は死んだままなのだ。それって、どんな気分。いや、知らなくていい。死んだらわかる。何もない私にはもう死ぬくらいしかやることはない。その後のことなんて。どうせ。


 何十何百何千と鈴生りに連なったジリオンたちの手から白極光線が放たれた。


 これで楽になれる。解放される。謝りたいのに、償いたいのに、取り戻したいのに、その相手がもうこの世にはいない虚しさから逃げられる。



 よかった。


 さようなら。




 ……。




 そのとき。



 ほぎゃぁ、と一つの泣き声が私を心を震わせた。


 灰の山の、底の底。

 人間の燃え尽きた遺体が幾重にも積み重なることで焼死を免れた奇跡。


 死の間際にアステリズムの仲間が、家族が、咄嗟に覆いかぶさり守った命。


 私はこの泣き声を知っている。産声から知っている。


 ティアとシリウスの赤ちゃん。



「ブラッケスト・ネバードーン……!」



 私は自身の死を前にして、死を拒絶した。


 必ず救う。


 白極光線はもう目の前にまで迫っている。



「時よ、止まれ」



 生命の眩暈の中で、私は最後の時間停止を使った。

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