第282話 殺戮の視野狭窄
「言ったはずだ」
「地球人に敗北するはずがない」
「計画をなぞるだけのこと」
「これは」
「運命である」
浮遊する無数のジリオンたちが口々にそう言った。言葉が反響し私の耳朶をあらゆる方向から震わせる。背筋に悪寒が走る。
ジリオンたちは背中から生えた左右六本ずつ、合計十二本の腕をウネウネと蠕動させながら私を無表情に見下ろしている。
(どういうことじゃ……ジリオンは既に妾が倒したはずじゃ。こやつらはジリオンの分身? 或いはよく似た他者? いや、それ以前にメイオールであることに変わりはない。ならばセレスたちが戻って来るまでここは妾一人で抑え込まねば……)
そのとき、私の中で一つの疑問がかみ合った。それはジリオンの能力についてだ。メイオールは何かしらの固有の能力をもつ。それは実際に戦う中で実感したし、アルコルもそう説明していた。では白いメイオールは?
メセキエザは規格外のバケモノとしてジリオンは? あの再生力がヤツの能力なのか?
腕を斬り落としても生えてきた。なるほどたしかに能力っぽいだろう。でも。
(本体から腕を落としたら腕が新しく生えた。では、腕から本体が生えてくることがないとどうして言い切れる?)
昔、理科の時間に先生がこんな話をしてくれた。
腕や足を切断した場合、多くの人は直観的に残った身体こそが『自分』であると認識する。でも身体を真っ二つにした場合は? 上半身と下半身。或いは右半身と左半身。どちらが『自分』でどちらが『自分でない』と判別できるのだろう。
これを極限まで突き詰めると、身体から落ちたたった一個の細胞は『自分』なのか『自分でない』のか。どちらなのだろうか。
たしか細胞についての単元の授業の導入だったかな。そんな内容だったと思う。
私はメイオールという異なる種を前にして改めて考えた。種の保存と自己保存の関係性だ。地球上の生物は普通、自己保存よりも種の保存を優先する。だから寿命があるし、植物は遠くに種子を飛ばそうとする。
でもメイオールはどうだろう。無駄に頑強な外殻。アルコル曰く人工的に後付けした強化生物。そしてメセキエザら、我が強く地球人類より長期的視点で生きる超然とした生命体。
彼らに備わっている意識が種の保存ではなく自己の保存だとしたら。
「ジリオン。ヤツの能力は再生ではない。自己を保存し複製し無数に生み出す能力。そうじゃな」
ジリオンの集団から返答はない。まあ別に返答があったからといってやるべきことは変わらない。
私は刀を抜く。それが今ここで私がやるべきことの全てであり、できることの全てでもあった。
「クックックッ、憐れじゃな。一度妾に倒された身で何が運命じゃ。一人でも二人でも変わりはせん。妾が全てまとめて薙ぎ払って……」
「一斉掃射」
千にも万にもおよぼ上空のジリオンたちひとりひとりの身体にエネルギーが充填され白極光線が放たれる。
光線などと呼べるものではない。光の帯、光の渦、光の雨。大量のジリオンたちから放たれたことで必然的に規模も段違いだ。
「なっ……」
正直、軽く見ていた。さっき倒せた相手の攻撃だ。自分なら余裕で対処できると思った。でも物量が違い過ぎる。時間停止をして私だけが避ける、というわけにはいかない。
(ならば、光線そのものの時間を止める!)
世界そのものの時間を止めるのではなく光線が時間を止めた。光がある地点から別の地点に移動するのは時間が経過しているからだ。時間が止まってしまえば、光線が進行することはない。
でも私の部分時間停止はまだ同時に広範囲を網羅することはできない。そも、範囲を限定することで停止時間に永続性をもたらすものなのだ。精々が私の周りくらい。
「せめて、せめてこの船は守る!」
私の赤い両眼が力強く光を纏い、白極光線を止めた。でもそれは私と、この船を守る程度のもの。光線は海表面に着弾した。海底が高温で溶解をはじめてオレンジ色に発光し青い海が醜く色を変える。膨大な質量の海水が水蒸気となり、一瞬にして海は干上がった。
さらに急激な水蒸気化は水蒸気爆発を引き起こした。ポップコーンと同じ原理だ。バチバチバチッ! と弾けるように海底が盛り上がり、干上がった地面をグチャグチャに撒き散らしながら船をひっくり返す。
「時よ止まれ!」
爆風に飛ばされて空中で甲板を地面に向ける船の手すりに私はぶら下がり、助走をつけて飛び上がった。船の先端を蹴って向きを修正。
「揺れは免れんが、逆さまに墜落するよりははるかにマシじゃろう」
船の中にいるカナタたちに謝罪をしながら時間停止解除。海水が干上がって泥ですらなくなった海底、固い地面に船が着陸する。幸い船底が地面に食い込んでくれたので倒れずに済んでいる。船は浮くことが目的で設計されているので底が平ではないのだ。
私もまた干上がって罅割れができつつある地面に降り立った。
(まずいのう……このまま連発されしまっては、妾一人が生き残ることはできても船までも守り切ることはできん)
「こちらは特定の個体をもたない」
「地球に訪れた個体が機能を停止した時点で」
「大気圏周辺に待機させていた残り全ての個が要求されたに過ぎない」
ジリオンたちがそれぞれ互いに口にする。ということは、最初から私があの場で勝つことは織り込み済みだったのか。その上で最後に全個体で攻め入って滅ぼす、そういう算段なのだろう。
だからなんだ。全部殺す。私は運命に反逆する能力者だ。どれだけ無数のジリオンがいようとも、船を守りながら全てを殺す。
殺意が自信になる。歪んでいるようで、真っすぐに。純粋に。
少なくとも時間停止が通用する相手。メセキエザなどよりはるかに戦いやすい。
そうやって自分に言い聞かせる。そうしないといけないほど数の暴力は私の心を弱らせた。数が多いとそれだけ船を狙われるリスクも高まる。それでもやらねばなるまい。
私はもうこれ以上大切な人たちを失いたくない。母を殺されたあの晩に誓ったのに、シリウスにチャーリー。私の目の前で二人も大切な仲間を喪ってしまった。もうこんな経験は二度と御免だ。弱いから殺されるなら反逆するための力を行使する。それが私。私たち能力者。
覚悟を改めて決め直し刀を構える。切っ先をジリオンの大群に向け、さてどう攻略したものかと頭を働かせようとしたそのとき。
ジリオンの一人が口を開いた。
「我々の種の真似事。異能を操りし能力者。殺害対象地球人。それも、地球で残り一人」
──頭が、真白になった。
今アイツは何と言った。能力者が地球に残り一人? そんなわけない。たしかにシリウスが殺さされてしまったしチャーリーは能力者になれなかったけど。
私、セレス、ミザール。三人だ。地球には三人の能力者がいるじゃないか。
「エミットもグリーフも愚かであった。よもや地球人に道連れにされるなど。三次元空間での自己保存力の弱い種は四次元的な居場所すらも追われるであろう。理解不能。弱者のロジックは、理解不能」
道連れって、なんだ。私の知っている地球の言語とジリオンが用いる地球の言語はやはり差異があるらしい。だって、だって、道連れって、セレスたちは……。
嘘だ。そんなわけない。そんな、あり得ない。
「セレスは妾の親友じゃ。とても強く美しい少女で、道連れなど、死ぬなど、絶対にあり得ないんじゃ……。絶対に……絶対に! 絶対にィィィィィッッッッ!!!!!」
怒りに身を任せて私は時間停止。脚力のみで数百メートルを跳びジリオンの大群に突っ込んだ。
「うあぁぁぁああぁぁっぁぁぁあぁっぁぁぁぁっぁぁぁ」
そして闇雲に刀を振り回す。セレスたちが死んだなんてつまらない嘘をつく異星人なんて皆殺しだ。皆殺す。一切殺して黙らせる。
斬った腕がぼとぼとと地面に落ちる。ジリオンの頭を踏み台にしてさらに跳びまた別のジリオンを斬る。斬る。斬る。
時間制限がきて時間停止が強制解除された。ジリオンの大群の中で、数多の腕が触手のように私の周囲全方向から蠢きながら近づいてくる。
「死ねッ!」
部分時間停止。私は視界にいるジリオンたちを見えるだけ時間を止めた。生命活動を停止させた。これで既に斬った連中は再生せず死んでくれる。
それでも数が多すぎる。お構いなしとばかりにジリオンの腕が伸びる。斬っても斬っても、時間停止のインターバル中では再生を許してしまう。
幸い大群の中では自滅を避けるため白極光線は撃ってこない。それでも腕が這って私の身体へと迫る。
「気持ちが悪い! このバケモノどもがっ! 嘘までついて! 死ね! 死ね! 死ね!」
私は眼をかっ開き、黒髪を振り乱しながら刀を力任せに振り回す。斬っても斬ってもジリオンの腕が伸びる。無表情な顔たちが私をじっと舐めるように見つめてくる。
そのうちに、数を捌ききれなくなった私に腕の一本が届いた。
「薄汚い手で触るでない! それは……それはセレスが妾のために仕立てたものじゃ!」
セーラー服の上の黒い和服の羽織り。指一本だって触れさせたくない。
遅い。いつになったらセレスたちは担当のメイオールを倒してこちらに来てくれるのだろう。さすがに一人でこの大群を受け持つのは難しい。セレスとミザールがいればもっと楽に戦るのに。この嘘つきどもを殺し尽くせるのに。
怒りに身を委ねて刀を振り回す。ジリオンたちを踏み台にしてずっと空中に留まりながら斬り続け、時間を止めて確殺。それをどれだけ続けても数が減った気がしない。
「殺す! おぬしらを……貴様らを……絶対に殺すッ!」
ジリオンの遺体が地面に堆積する。あれだけ殺してもまだこんなにいるのか。でも少しずつ空隙が生まれている。この調子でいけば私なら殺しきれる。
隙を縫うように効率的に自分の身体と能力を操りジリオンを斬る。
最初に一対一で戦ったときよりずっと冴えわたっていた。相手の攻撃はひとつも当たらず、私だけが一方的に攻め立てることができている。数は多いけれど、不可能ではない。
ジリオンは運命と口にした。そんなもの、私が反逆してやる。
そうして数を減らしていった。徐々にジリオン同士の間に隙間ができた。
ジリオンの一人が私に白極光線を放った。
そんなものもう効かない。今の私は強い。私は運命の反逆者だ。最強の能力者だ。地球人の代表だ。ジリオンを殺す。確実に全部殺す。だったらジリオンのつまらない攻撃なんて私に当たる道理はない。
私は首をわずかに傾けて光線を躱し、むしろ一気に距離を詰めた。白極光線を放ったジリオンの首を刎ね飛ばし時間を止めて二度と再生できないように殺す。殺す。殺す。
ドゴオォォォォォォォォンッッッッ!!!!!!!
爆発音が鳴った。
なんだ。白極光線が地面に着弾したにしては音が多すぎる。なんの爆発音だ。敵の増援か? それともジリオンがまだ隠れていたのか? 構わない。全部殺してやる。私が全て殺す。
振り返った。
燃えていた。
船が、私の家が、恋人と友達を乗せた船が、光線に撃ち抜かれてバラバラに爆発していた。