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第28話 桃色の景色

「俺が先に行こう」



 底を覗けばハシゴの先が見えないほど暗い穴だ。下に何があるかわからない。もしかしたら途中でハシゴが途切れていて足を踏み外すかもしれない。そうした諸々の懸念を勘案した結果、ここは自分が先行すべきだとナツキは判断した。

 危険なのは百も承知だが、スピカを危ない目に遭わせたくないという感情と英雄に居場所に関する情報が得られるかもしれないと(はや)る気持ちがそうさせた。



「ええ。お願いするわ」



 スピカもそうしたナツキの気遣いを尊重する。自分より高位の一等級の能力者であるナツキの方が不測の事態に対処できるという期待がないでもないが、一番は彼が自分を本気で慮ってくれていることをここに来るまでの会話で理解したということが大きい。

 ナツキへ抱く感情が『興味』から『親愛』へと徐々に変化しつつあることに当のスピカは気づけない。


 ナツキは後ろ向きになり、足をハシゴにかけ、続いて手でつかむ。そこから片足ずつ下ろすのに連動して手も一段一段下がっていく。生暖かい地下からの空気に対してハシゴの金属特有の冷たさが気持ち悪い。

 一段降りるたびに足で鉄ハシゴを踏みしめる音がガンッ、ガンッと鳴る。

 途中からその音の数が倍になった。暗くて見えないがスピカも上から後を追ってきたのだろう。



「かなり深いな」


「そうね。でも犯人はどうやってここを通って人を運んだのかしら。これだけ暗くて深い場所に、中学生を担いでハシゴで降りるなんて簡単じゃないわ」


「あくまでルートの一つなのかもしれない。どういう手法を使ったのか知らんがあのフード男は意思のないような状態だった。薬品か、暗示や催眠か、ともかく別のルートから地下に入った後あいつは独りでここを上ったという可能性もある」



 手元や足元が見えず、半ば手探りでハシゴを降りている二人からすればこのルートしかないというのはたしかに非現実的な話だ。元フード男の証言から工場を通って地下に行ったかのように思っていたが、実際は順序が逆で地下に入った後に工場から外へと出たのかもしれない。


 それからナツキとスピカは反響する声でお互いの位置関係を把握するように、時折雑談を交えながらハシゴを降りていった。

 音の反響具合から考えて、入口の七、八十センチ四方の穴よりもはるかに広いのだろう。ペットボトル型とでも言うべきか。入口の狭さに比して徐々に中の方が太くて広くなっている印象を受ける。

 降りること数分。先行していたナツキは足元からぼんやりと明かりがあることに気が付く。



「スピカ! そろそろかもしれんぞ。光が見える。おそらくあそこが終点だろうな」


「明かりがそのままっていうことはつい最近まで使っていたのかもしれないわね。あるいは……」



 降りた先に犯人がいるかもしれない。その先をスピカが言わずともナツキも理解していた。相手は中学生を二十人以上拉致するばかりか、元フード男の証言通りなら洗脳まがいのことをしていた可能性がある。ナツキへの対応を見れば身体能力や暴力性への関与も疑われる。


 それほどの危険人物と今からまみえるかもしれない。ナツキは視界が少しずつ明るくなっていくのに合わせて改めて気を引き締めた。



「ククッ、まあ心配するな。地下世界(シャンバラ)の住人になら覚えがある……ブファッ!?」


「アカツキ!? どうしたの!」



 ナツキはスピカに返事をしようとした。いつもの中二なノリで。そのとき、ナツキはつい上を向いてしまったのだ。


 見上げたナツキの目の前に広がったのは、薄ピンク色の布。

 今までは暗くて手元すら見えなかった。だが底の明かりが下から上へと光を送り、ナツキに桃色の景色をもたらした。


 スピカは黒いミニのフレアスカートだ。特にハシゴを降りるときの姿勢は腰を突き出す。彼女のピンク色の下着がナツキからよく見えるのは実に当たり前の話である。

 そればかりか、スピカは黒いニーハイソックスを履いている。ピンク色のパンツから伸びるすべすべとした太ももは黒ニーハイによってぴっちりと挟まれて女性特有の柔らかな肉感をまざまざとナツキに見せつけている。


 ニーハイの黒、太ももの白、パンツのピンク。男子中学生にはあまりに刺激的な三色信号にナツキは鼻血を吹き出しそのままハシゴから手を放してしまう。畢竟、重力に従って自然落下。



「アカツキ!」



 スピカは下を向いて叫んで片腕を伸ばすが、ナツキより高い位置にいる彼女の手を掴めるわけもなく。そのまま落下していった。

 ナツキを一等級の能力者だと勘違いしているスピカからすれば、放っておいてもナツキは自身の能力でなんとかするかもしれない、という意識が少しだけあった。


 ナツキと邂逅した一昨日のスピカならそう断じて落下する彼を見届けたかもしれない。なにせ、百億人の人類の中でも〇.〇〇〇〇〇一パーセントに相当するたった百人程度しかいないと言われる二等級の能力者である自分よりも、ずっと強くて珍しい選ばれし者が一等級の能力者なのだから。

 だが、工場に来るまでの会話を思い出す。



(アカツキはこの星を守るという私の夢、願いを信じてくれた。その中に自分もいるからって。そして、アカツキはこの世界よりも私を大切にしてくれるって……)



 正確にはナツキが考える「大切な人」の中にスピカも入っているという話に過ぎないのだが、彼女にとって最も重視すべき星の行く末よりも自分の方が上だと言われるのはほとんどプロポーズに近いほどの重たい宣言だった。


 中二なナツキの気取った物言いが生んだ勘違い。

でもスピカにとってそれは、どこかのラブソングにあるように、文字通り『たとえ世界が敵になっても』自分を大切にしてくれるということを意味するのだから。

 


(私への信頼と覚悟。それを当事者であるこの私が蔑ろにする? そんなのあり得ない!)



 考えるより早く身体が動いていた。スピカは手を離し、両足で鉄の棒が曲がるほど力の限りハシゴを蹴り飛ばす。頭を下にして加速度を増やし自然落下するナツキに追いつくように。



「アカツキィィッッ!!!!」



 スカイダイビングをしたときのように地面に平行な姿勢に変わったスピカはナツキに手を伸ばす。

 それに気が付いたナツキも逆さまのままその手を伸ばす。二人の視線が交わった。

 お互い落下中だ、強風が吹くかのごとく強烈な空気抵抗の中でうまく体勢がとれない。指があと数センチというところで空を切る。


 二人は指をいっぱいに伸ばす。届かない。

 二人の指先が触れ合う。届かない。

 二人の指先が絡み合う。手繰り寄せるように指を絡める。繋がった。


 スピカはここで能力を行使しようとした。彼女の能力を応用すれば地面に直撃して即死、という最悪なパターンは回避できるだろう。


 それを知らないナツキはこのままスピカを巻き添えにするわけにはいかない、と手を引っ張ってスピカを抱き寄せる。万が一地面に衝突するとき自分が下になるように身体を仰向けにして。

しかしこれが裏目に出た。

 初めて異性に抱きしめられたスピカは自分が思っていた以上に顔が真っ赤になって気が動転し、能力の精度が急速に下がっていく。ナツキは当然それにも気が付けない。


 空いた片手でナツキはポケットをまさぐる。そこから取り出したのはバタフライナイフだ。毎朝のように手癖で開け閉めをしているだけあって、このような状況下でもすぐさま展開した。


 それを壁に向かって突き立てる。ギィィィィィと火花を散らしながらナイフの刃が刺さって二人の落下速度を逓減させていった。

 金属の壁だったら刃が入る隙間はなかっただろう。幸い、岩なのかレンガなのか土なのか地下の壁にナイフはしっかりと刺さっている。

 もちろんこれは賭けではなく、金属のハシゴが設置されている以上はネジで固定させやすい材質でできているに違いないという確信がナツキの中にはあったのだ。


 そうして、ピタリと二人の落下は止まった。突き刺さったナイフにぶら下がるように片腕でスピカを抱きしめているナツキが下を向くと、広さこそわからないが明るい部屋がもうすぐそこまで見えている。地上数メートルといったところか。



「ここからなら飛び降りても受け身を取れば平気そうだが、どうする?」


「わ、わかったわ。じゃあ私が先に行くから離してもらえると……」



 バクバクと胸を打つ音が聞こえるほど緊張しているスピカ。だがナツキはそんな彼女の様子の変化にも気が付かない。

 ともかくまずはスピカを離そう。気を付けて着地するように言おうとしたときだった。


 ボキッ


 ナイフの刃が柄から折れた。バタフライナイフはそもそも折り畳みナイフの中でも特に持ち運びの手軽さや刃の出し入れの速度に特化したモデルだ。二人もの人間を支え続ける耐久はない。


 結局、二人は再び落下した。といっても底が見えているくらいなのでダメージはそうないだろう。一応ナツキは空中で身体を(かえ)して自分の背中で衝撃を受け止める用意をする。さらに、スピカの打ちどころが悪くならないよう彼女の頭をしっかりと抱いて。


 ドゴッ、と木の割れる音が響く。



「いてて……」


「うっ……アカツキ、大丈夫…………?」



 どうやら木製の机がクッションになってくれたようで、真っ二つに割れた机や机の棚に置いてあったであろう何冊もの分厚い本が二人の下にまき散らされている。

 舞い上がった埃が晴れず、二人とも周囲の状況がつかめない。ナツキは辛うじて顔にむにゅりと二つの柔らかな感触があることのみわかった。



「あ、ああ。スピカも怪我はないか?」


「ええ。アカツキのおかげでかすり傷ひとつないわ……ってごめんなさい!」



 スピカは慌てて立ち上がる。ナツキはスピカを庇うような姿勢で落下したため、着地した時点でスピカがナツキを床に押し倒すような体勢になっていたからだ。

 ナツキもそれを理解し、飛びあがってどいていったスピカのよく揺れる胸部を眺めながらまさかさっきの顔を包みこんだ柔らかな感触は……と考えが及ぶが、いかんいかんと首を横に振り邪な思考を追っ払う。


 何はともあれ、二人は地下室に到着した。

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