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第276話 蒼穹のごとく晴れ渡り

 セレスは二台のガトリングのスイッチを入れた。バッテリーと冷却器が起動し巨大な砲身は回転、先端から火を上げた。三〇ミリ弾が一秒に六〇発超。たちまち弾倉を食い尽くす。銃弾の弾芯は劣化ウラン。すなわちシンプルな貫通力だけでなく放射線を用いた有毒性も備えている。



「何をするかと思ったら随分と原始的な武器だねぇ。肩こり解消くらいにはなるかな?」



 エミットは能力を使うまでもないと言わんばかりにせせら笑った。避ける気もない。

 当然だ。普通の黒いメイオールたちですら人類の兵器は効かない。復讐者(アヴェンジャー)が世界最強の銃であっても、それを搭載したアメリカ空軍の巨大戦闘機ですら黒いメイオールを殺すことはできなかった。


 貫通力? 弾数? 放射線? そんなものはメイオールに通用しない。まして相手は上位種の白いメイオールだ。どれだけ大層な兵器でも傷ひとつ付けることは叶わない。それを自覚しているからエミットは避けないし、能力を使わない。


 それでもセレスは不敵に笑う。



「万物は流転する。絶対なんて存在しないの。白いメイオールには人間の兵器は通用しない? そんな絶対はありはしない。アンタを貫くよ。このアタシがね」



 ガガガガガガガガガガガガガ!!!!!!!! 毎秒六〇発の銃弾がエミットの腹に着弾する。

 容易くそれは弾かれる。


 ──と、エミットは思っていた。



「ん?」



 エミットは自分の腹を見下ろす。ない。腹がない。あれ? 下半身がつながっていない? どうなっている? まばらな円形が小さくいくつも集まり大きな風穴となって、エミットの上半身がぼとりと地面に落ちる。

 次の瞬間、エミットの身体を中心に大爆発が生じた。爆発の直径はリオデジャネイロ全土を覆うほどである。



「どうなって……」



 地面に崩れ落ちたエミットは燃え盛る炎を睨みながら思考を巡らせる。何が起きた。

 地球より遥かに高度な文明レベルを誇るメイオールの星では、ガトリング砲なんて旧世紀の古代の遺物だ。そんなオモチャのような武器で自分が傷をつけられるなんてあり得ない。それも身体を真っ二つにわかたれるなんて。

 

 人間よりも高性能な頭脳をフル回転させる。あれは何だ。この現象の正体はどこにある。エミットには白いメイオールとしての誇りがある。黒いメイオールですら無効化できる銃弾でここまでしてやられたなんて自分で自分を許せない。



「……そうかこれ、反物質だ」



 エミットの推測は正しかった。セレスが全力の殺意とイマジネーションで導き出した異能力『()()変換』の可能性。その極致。それこそが反物質。


 どんな物質にも必ず同じ見た目、同じ重さの反物質が存在する。ただし、電気的性質のみが反対。ゆえに反物質なのだ。常に物質には同じだけの反物質が対応するように存在する。

 一三八億年前に宇宙はビッグバンから始まった。そのときは宇宙は物質と同量の反物質で満たされていたという。しかし宇宙の膨張と急速な温度変化によって物質のみが残り反物質は暗黒物質(ダークマター)となって宇宙のどこかへと消えた。残った物質が多種多様に組み合わさって我々が生きる世界ができたのだ。


 反物質の特徴は、物質と衝突した瞬間に対消滅を起こすことにある。一般相対性理論に当てはめれば重さはエネルギー量に変換されるので、反物質をぶつけることで消滅が起きると莫大なエネルギーが生じる。原子爆弾規模を起こすにはたった一グラムもいらない。


 セレスが作った復讐者(アヴェンジャー)の銃弾は反物質でできている。そのためエミットがどれほどの硬度を持っていようとも問答無用で身体を消滅させ風穴を開けることができたのだ。

 そしてエミットの身体を構成する物質が消滅したことでエネルギーが生じ、それこそが彼女を中心にして起きた大爆発の正体というわけである。



「たしかにすごいね。野蛮な田舎の星の住人が扱える代物じゃないもの。それをこの私相手に使ったのは天晴! だけど!」



 エミットは素直にセレスのアイデアを称賛する。でも、称賛するだけ。タネがわかれば大したことではない。エミットの赤い両眼が淡く光る。

 集約と放出。そのうちの集約である。


 バラバラになった自身の身体を集約。反物質で消滅させられた分はもう取り戻せないが、周辺の灰を代替物として集約して身体に取り込み補填に用いる。

 爆炎の中心で立ち上がったエミットは高く手を突き上げた。

 もう一度、集約。


 爆炎を、爆風を、爆裂を、集約。彼女の掌に爆発が吸収されていく。火の海は一瞬にして枯れ果てた。何事もなかったかのようにあたりは凪いでいる。



「せっかく莫大なエネルギーをストックできたし、あの小娘に放出してぶち込んでやらないといけないなぁ……って、アイツは?」



 エミットは周囲をキョロキョロと見渡す。もう慢心しない。反物質の銃弾だって集約と放出の能力を使えばセレスに撃ち返すことすら可能。今度こそ真正面から殺してやろうと思ったのに。格下の地球人にやられっぱなしではエミットの気が済まない。それなのに。

 いない。


 セレスがいない。


 

「たぁぁぁぁぁりゃぁぁぁぁ!!!!!!」


「がふッ!?」



 青空からの急転直下。エミットの純白の首をセレスの右腕が叩きつけ地面に抑え込む。格闘技で言うところのラリアットだ。



(こいつ、さっきの爆発の隙に上に跳んで……)



 仰向けのエミット。ラリアットをかけた状態でうつ伏せに覆いかぶさるセレス。セレスの掌は、地面に。



「万物は、流転する! 物質変換ッ!」



 ごっそりと地面の灰が消え去った。大きな体積の物体が消えたことで地面に立方体の穴が開きエミットとセレスは二人して浮遊感に襲われる。



「アタシね、ダーツが得意なの。聖が褒めてくれるくらいにはね。だから、絶対に外さない」


「一体何を……ガハッ、グアァァァァァァァァぁぁぁぁぁぁぁッッ」



 人生で初めてだった。痛みで叫び声を上げたのは。宇宙の強者として生きてきたエミットは初めて経験する鋭く永続的な激痛に喉が張り裂けるほどの絶叫をした。


 キュィィィィィィィィィン!!!!!!


 エミットの腹をドリルが貫いている。高速回転をしている巨大ドリル。目測でざっと全長十メートル。ドリルは先端こそ鋭利なものの根本の最大半径は五メートルほどあるだろうか。

 いくら身体組成に灰を混ぜて劣化しているとはいえ、自分の腹に食い込むほどだなんて。エミットの苦し気な様子ににやりと笑ったセレスはラリアットの姿勢のまま空中で囁く。



「あのドリルはウルツァイト窒化ホウ素っていう金属でできてるの。知ってる? ダイヤモンドより硬い、地球で最も硬い物質。火山で作られる地球が産んだ最強最硬!」


「お前、自分ごと!」



 セレスはエミットに覆いかぶさっている。ドリルがエミットの腹を穿つということは、必然セレスの腹もまた風穴を開けている。

 落下していった二人はすぐに地中にできた地面にぶつかって着地した。ドリルを物質変換するにあたってかなりの体積の地面の灰や土を使っていたようだ。



「でも残念ね地球人! 私の能力なら!」



 集約と放出。エミットはセレスにラリアットで抑えつけられながらも掌を空に向けた。ドリルは掃除機に吸われるように形を歪めエミットの手の中に納まる。



「大丈夫。物質変換の素材はいくらでもあるから」



 繰り返す。セレスはラリアットしてエミットの地面に組み伏せている。掌は地面に振れている。

 物質変換。


 再び浮遊感と激痛がエミットを襲った。セレスが膨大な体積の土を物質変換してドリルを作ったのだ。また二人を丸ごと貫通して回転する。穴がますます深くなる。



(こんなドリル、私なら何の問題もない!)



 エミットは掌から先ほどの爆発のエネルギーを放出。ドリルは砕けてバラバラになり破片が自由落下中の二人の近くを舞う。

 だが、結局落下して地面に落ちると再びセレスは地面の底に触れて土を素材に物質変換でドリルを作る。結局のところ自分を抑えつけてくるセレスを対処しなければ無限ドリルの生成は終わらない。



(なにより邪魔なのはコイツ!)



 抱き着くようにラリアットの姿勢のままでいるセレスの脇腹に掌を当てて、放出を発動。この距離ではあまり強力にし過ぎると自分の身体すらも傷つける。そう判断したエミットは出力を調節した。それでもセレスの大穴が開いた身体を分断するには充分だった。

 セレスの下半身が弾け飛ぶ。


 それでもなお。セレスは笑う。



「そう。アンタはアタシを集約することはできない。そしてこの地球すらも! なんでエネルギーの集約と放出なんていう回りくどい方法でブラジルの大地を焼き尽くしたの? 本当になんでも集約ってやつができるなら、最初からアタシたち殺害対象地球人を、ううん、地球そのものを集約すればよかったはず。つまりアンタの能力にはなんらかの制約がある!」



 その制約や条件が具体的にどんなものなのかはセレスにはわからない。ただ一つ事実なのはセレス自身が集約されないこと。地球そのものも集約されないこと。

 実際、エミットは集約ではなく放出によってセレスを退けようとした。それが何よりの証拠だ。


 セレスは青い両眼を光らせ続ける。その大空のような蒼い(セレスティン)瞳を。

 物質変換。対象は地球の大地。永続発動。


 エミットの視界を隠すほど無数のウルツァイト窒化ホウ素ドリルが降り注ぐ。エミットの全身を刻む。粉砕する。



「ウアアァアッァァッァァァァァァァァ!!!!!」



 エミットは怒りと痛みで叫ぶことしかできない。その中でわずかに残った理性が問いかける。



(コイツ、下半身も左腕もなくなってとっくに死にかけてるのになんで私をこんなにも強く抑えつけられる!?)



 平常時ならばエミットは間違えなかったかもしれない。初めての痛みが彼女の思考を鈍らせていた。

 セレスには、もはやエミットの身体を抑えつける力など残っていなかった。


 エミットごと彼女に覆いかぶさるセレスを下へ下へと引っ張っている力の正体。それは重力。地球の重力は中心に近づくほど大きくなる。


 セレスは手で触れた地面を物質変換し続けた。既にそれは地殻を超え、深さ三〇〇〇キロメートルのマントルにまで到達している。ドロドロに溶けた橄欖石のマグマが落下するエミットの顔や体にボタボタと上から垂れてくる。


 残ったセレスの右手は地殻に、マグマに、マントルに触れている。いくら能力者化して丈夫な肉体になったとはいえ、とうに感覚はなく焼けただれ、黒焦げを通り越して白く溶け始めていた。美しかった金髪も灰になりショートカットになってしまった。


 瞼が重たい。意識が朦朧とする。


 下半身はない。左腕もない。右手の感覚もない。熱い。痛い。苦しい。それでもセレスは笑うことをやめない。

 セレスの頭の中には大好きな人の姿があった。



(大好きな聖。初めて会ったときはちょっとぶっきらぼうな態度してゴメン。でもその後はアタシの一番の親友になってくれて嬉しかったよ。好き。大好き。大好きな聖)


 地球の中心へ落ちる。


(大好きなティア。いつも優しいお姉さん的存在。世話焼きだけど思いやりがあって、笑顔を絶やさなくて。そして本当にアタシのお義姉ちゃんになっちゃった)


 地球の中心へ落ちる。


(大好きなヒイロ。アタシを能力者にしてくれた大恩人。口数は少ないけどなんかアタシにだけは優しかったよね。いちごミルクが大好きなかわいい男の子。アタシの一番の応援団)


 地球の中心へ落ちる。


(大好きなカナタ。アンタが聖のこと好きなのは気づいてたよ。アンタたちの未来はアタシが守るから。絶対に聖のこと幸せにしなよ。聖泣かせたら許さないから)


 地球の中心へ落ちる。


(大好きなミザール。ちょっと気まずい時期もあったけど根はいいヤツだからすぐ打ち解けたよね。でもアタシの戦い方を野蛮って言ったのは許してないから。次に会ったときは、一発殴らせてよね)


 地球の中心へ落ちる。


(大好きなアルコル。アンタがメセキエザに殺されそうなときアタシは助けに行けなかった。それでも後悔しないように助けようって言ったのは聖なんだよ。絶対その命ムダにしちゃダメだからね)


 地球の中心へ落ちる。


(大っ嫌いなバカ兄貴。勝手に先に死んじゃって)



 地球の中心へ落ちる。

 地下五〇〇〇キロメートル。物質変換を繰り替えし到達した地球の中心地、『核』

 表面温度六〇〇〇度。圧力は地上の三五〇()倍。太陽よりも熱く重たく苦しい、地球が本来持つ力。惑星の全力の姿。


 白いメイオールを殺すには、セレスという一人の非力な人間の力では足りなかった。だから地球そのものをぶつける。エミットすら『集約』をできなかったこの天体でそのエミットを殺害する。


 喉も焼けた。眼も焼けた。耳も骨も血管も焼けた。

 ああ良かった。エミットのうるさい叫び声を聞かないで済む。



(バカ兄貴、アタシもすぐそっちに行くから)



 そして最期にもう一度だけ、(こいねが)う。


 ちょっとミステリアスだけど美人で強いアタシの親友。綺麗な黒髪で和服がよく似合う女の子。



(大好きな聖に温かい未来が訪れますように)



 果てなく晴れ渡る蒼穹に一陣のそよ風が吹いた。

 温かい風。でもどこか、寂しい風。

 大空色の名を冠した少女の想いを乗せて。風は親友に届くまで吹き続ける。

 どこまでも。どこまでも。

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