第275話 復讐者
セレスは地面の灰を残った右手で掴み再び青槍を生み出す。相手のエミットが無傷なのに対してこちらは隻腕。手数は多いが破壊力に欠けるこの能力でエミットの圧倒的なパワーを対処しなければならない。
(それでも……! アタシはやらないといけない。ここでコイツを殺して聖たちのところに帰るんだ! それでヒイロにいちごミルクを飲ませて、ティアと赤ちゃんのお世話をして、それで、それで、それで!)
眩しい未来を思い描く。必ず到達してやる。セレスは固い決意を右手に込めて槍を力強く握りしめエミットへと駆ける。
空気を切る。その音すらも置き去りにする超音速の攻勢。能力者化によって得た超人的な身体能力を存分に用いた槍の連撃だ。槍の特徴はリーチの長さを活かした自由闊達な攻撃バリエーションである。突く、刺す、斬る、薙ぐ、叩く。セレスはまさに槍が持つあらゆる可能性を発揮した。
エミットを頭上から叩き潰すようにジャンプして槍を振り下ろす。エミットは汗一つかかずに半身になって避けた。セレスの荒波は終わらない。空振って灰の地面を叩いた槍を下方から突き上げエミットの顔面を狙う。それもひょいとおかっぱ頭を傾けて避けられた。
ならば槍の穂先の刃部分を使えばいいだけのこと。突きを急停止させたセレスは首を狙って袈裟斬りを見舞う。エミットは指で槍を挟んで受け止め、べキリとへし折ってみせた。
「つまんねー。本当につまんないよ。何それ。子供のお遊戯? 棒きれ使ってぶんぶん振り回して私に抵抗できると思ってるの? 論外だよ論外」
エミットは槍の穂先をポイと捨てながら退屈そうに言っているが、セレスの一連の流れるような槍撃は合計で一秒程度。人間はもちろん普通の黒いメイオールでも反応できる者はおらず、また反応できたとしても触れた瞬間に身体が吹き飛ぶほどの破壊力である。
両腕を広げたエミットの赤い両眼が淡い光を宿す。
「私の能力は集約と放出。集められるものは記憶や思考、他にもエネルギーみたいな定形を持たないものから遠くにある物体まで様々。それらをいくらでもストックしておける。そして放出。溜め込んだり近づけたりした集約物を任意に放出できる。そう、普通は集めることができない不定形のものすらも!」
「一体何が……きゃぁぁぁ!!!」
セレスの前で空間が歪んだ。エミットを中心に濃紫色の波動が放たれる。弾き飛ばされたセレスは即座に先ほどと同じ白亜の壁を展開して身を隠す。
「例えば音。例えば熱。例えば匂い。例えば今まで私が目にしてきた他者の負の感情。それらを集めて、放出する!」
セレスは衝撃波を壁で受け止めながら、しかし片膝をついた。ガクガクと身体が震える。エミットの言葉通りならセレスは誰かの恐怖や怒り、絶望や哀しみを一身に受けたことになる。
誰しも憤怒や憎悪の視線を向けられると背中がゾワゾワと震えたり嫌な気持ちになったりすることがあるだろう。それを何百倍何千倍と膨れ上がらせ濃縮させたような不快感。脂汗が全身から止まらず心臓はドクンドクンとうるさいほどにハッキリと脈拍を上げた。
物理攻撃と心理攻撃。それを分け隔てなく放出するイカれた能力。
(そんな……不可視の攻撃なんてアタシじゃどうしようもできない……)
「あ、今さ、不安な気持ちになったでしょ」
白壁の向こう側から冷たい声がする。エミットは壁を砕きながら後ろのセレスごと回し蹴りを喰らわせた。片腕で咄嗟に防御するも勢いを殺しきれず遥か上空へと吹き飛ばされた。
「心の中にある感情だって私は集約できる。蒐集したあなたの感情を私は読み取っただけだよーだ」
そう呟くエミットの声は天高く舞ってしまったセレスには一切届かない。さらにエミットは片手だけ挙げて指先を空のセレスに向けた。
「ちゅどん」
気の抜けた掛け声だった。それだけで、メセキエザやジリオンが放ったのと同じ極光の白光線が放たれる。
地上から撃ち放たれた暴力的純白の光線に、空へ向かって蹴り上げられたセレスもいち早く気が付く。だが物質変換の能力は元となる物質や物体がなければ発動できない。空中は、何もない。
セレスは咄嗟にツーサイドアップに髪を結っているヘアゴムを千切り取って握った。掌の中でそれを物質変換。手の中の物体の感触は失われた。掌を広げて空へと振る。
(今できるのは回避だけ!)
ポンッ! と小さな爆発音が鳴りセレスの身体を空中で数メートルほど左にズラした。セレスはヘアゴムを重水素に物質変換したのだ。小規模な水素爆弾を掌の中に作り上げて推進剤代わりにしたわけである。
さっきまでセレスがいた場所を極光が通り過ぎ、雲を穿って突き抜ける。兄の腹に風穴を開けた憎い光景が思い出されてセレスは表情を歪める。
自然落下したセレスはエミットがいた地点よりも遠く離れた場所に着地した。
目を閉じる。
(このままやられっぱなしでいいの? 兄貴を殺したメセキエザの仲間にいいように手玉に取られて、それでいいわけ!? ダメ。絶対ダメ。あんな悪意を平然と放出して振りまくようなヤツを聖たちに近づけていいわけがない)
何があってもここで殺す。地平線を静かに歩いてこちらに向かって来る純白の少女然とした姿を睨みつける。
(もっとイメージしろアタシ。この能力で何ができる。何を作れる。アタシの物質変換はただの元素交換じゃない。形も温度も仕組みも、複雑なものも簡素なものも、質量さえ同じならなんでも作れるはず。槍とかガスとかじゃなくて、もっと強く、たくましく、アイツをぶっ殺すのに充分な!)
右手を灰の地面につける。能力を発動。物質を変換する。素材なら潤沢にある。
殺す。私たちの明るい未来を脅かす悪意の白を塗りつぶす。
想像力を働かせろ。
物質変換。手の下の灰が青白い火花を散らしセレスの両側に二台のガトリングが出現する。人間が手で持てるサイズではない。本来は戦車などに搭載されるものを摘出して直径一メートルはある車輪の台車に乗せて強引にこの場に創造したのだ。
銃身のみの長さが六メートル。総重量は二トン。人類史上最大、最重、最強と呼ばれるこのガトリング砲の名はGAU―8。またの名を『復讐者』
兄を殺した白いメイオールに復讐するセレスにお誂え向きな戦術兵器である。