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第274話 Do What U Gotta Do

 話はミザールがポッドの落下地点に到着したときにまで遡る。

 まだその白いメイオールはポッドの中にいた。直径五メートルほどの白い真球形。サッカーボールのように幾何学模様の継ぎ目がある。

 ミザールはそれを見てまずポッドに強烈な重力を付与した。あたりに白いメイオールは見当たらない。ならばポッドの内部に留まっている可能性が高い。出てくる前に殺す。こういう算段である。


 しかし。ポッドの継ぎ目は蹴飛ばされた。破片が宙を舞い、そしてすぐにミザールの重力に引かれて地面に落ちる。ソイツは這うようにポッドの中から出てきた。パッと見た目は人型なので純白の人間にも見える。

 腰まである白い髪。白い肌。衣服はない。ソイツは二足歩行をしている。



「あー、あー、ええと。わたくしの名前はグリーフ。で、そこなあなたは私たちの殺害対象地球人。オーケー? わたくしの言葉は通じておりますわね? こちらの星の言語は知識を吸収したエミットから送信されてきましたから、あちらの言語習得状況に不備がなければこちらも問題なしというわけなのですが」



 甲高い女の声だった。口調は丁寧。それなのに上っ面をなぞっているだけに聞こえるのはメイオールに敬意や敬語の概念がないからであろう。言葉や音声には何もこもっていない。心がない。

 そしてミザールはグリーフに返答をしない。いいや、できない。彼女の頭の中にある懸案事項はたった一つだ。


 どうして。どうしてお前は膨大な重力をかけられてケロリとしている。平然と立っている。



「私の能力、ちゃんと発動しているわよね……?」



 ミザールは改めてさらに重力を付与する。さらに強く。さらに重たく。地面の灰が形を保てずに大地に沈み、空間は軋んで微弱な振動すら生じている。

 それなのに、どうしてグリーフはなんともないのだ。



「ああ、もしかしてこれが噂の地球人が行うわたくしたちの真似事ですのね。え、本当に? こんなくだらない能力にわたくしたちの同族の雑種はボロ負けしてたわけですの? はぁぁ情けないですわっ!」



 当たり前のようにグリーフは一歩を踏み出した。二歩。三歩。まったく違和感なく自然なモーションで歩いている。


 月の表面重力は地球の表面重力の六分の一であることはよく知られている。そして太陽の表面重力は逆に地球の二八倍。

 地球で体重が六〇キログラムの人間は太陽では体感一トン強といったところだ。普通、我々の筋肉は一トンの物体を持ち上げたり動かしたりすることはできない。況や自身の肉体をや。もし一トンの体重になったら気を付けの姿勢で立っておくことも難しいはずだ。


 わずか二八倍でもそれだけの事態になる。その上でミザールは戦慄する。



「……私はあんたに()()()()よ。五〇〇倍の重力をかけている。なのにどうして平然としていられるの!?」


「馬鹿ですの?」



 グリーフは呆れた顔で地面を蹴った。五〇〇倍の重力もものともせず急加速しハイキックをミザールの側頭部に放つ。白くまっすぐな脚は雪の積もったメープルの木を思わせる。

 ミザールは能力者化によって得た超人的な反射神経で咄嗟に両手でキックを受け止める。が、それだけで軽く数十メートルは吹き飛ばされ無様に転がった。


 すぐさま距離を詰めたグリーフが左右のジャブを一度ずつ放ち、ミザールはそれを避けるも三発目のボディブローはもろに受けてしまった。肋骨の砕ける音が聞こえる。折れたのではない。砕けた。



(まずっ……)



 わずかな隙も逃さずグリーフはサマーソルトキックをミザールの顎に見舞いその場で一回転して着地、浮いたミザールの腹に右ストレート。

 ミザールは血と空気と胃酸を吐きながらまたもや地面を転がった。


 追い討ちをかけるグリーフ。すぐさま立ち上がったミザールは防御姿勢を取るがグリーフの拳が鈍痛を誘う。殴る。殴る。殴る。蹴る。殴る。丁寧な口調とは裏腹に、地球のボクサーもかくやというほど的確かつ無駄のないパンチの連打を見舞った。セリフと身体の動きが似合っていない。

 そしてこれは競技ボクシングではない。ミザールの防御や回避の行動に合わせてキックも飛んでくる。


 じわじわと体力を削られ、そうしてわずか五分。手も足も出ずにミザールは地面を転がった。

 かくして最初の状況に戻る。中指を突き立てたミザールは鳩尾を踏み抜くグリーフの足首を掴み腕力に任せて放り投げる。



「おっと、そんな力が残っていますのね」



 グリーフはあっさりと空中で減速しミザールの方を向いたまま着地すると両手両足の四点で接地して摩擦でさらに勢いを殺す。



「ジリオンもエミットもまだかかりそうですし。この星の住人がどれくらいできるのか少しだけ遊んであげましょうか」



 グリーフの赤い両眼に狂気が宿る。戦いは始まったばかりだ。



〇△〇△〇



「聖さんたちは大丈夫なんでしょうか……」


「さあね。こればかりはメイオールに関わることだから僕たちも未来を見通せない。未知の変数が多すぎる。勝てるかもしれないし負けるかもしれない」


「そんな、カナタさん……。じゃあ僕たちにできることはないって言うんですか!」



 船の下層。広い研究室にはカナタ、ヒイロ、アルコル、そしてチャーリーがいる。アルコルは実験台の前で険しい顔で試験管を揺さぶり、ヒイロもアルコルを手伝うかたわらノートパソコンで船の制御装置のプログラミングをしている。

 手持無沙汰で落ち着きのないチャーリーの問いかけに対してパソコンの前に座ったカナタは作業の手を止めずすげなく返した。



「チャーリーくん。前にアルコルくんやヒイロくんも言ってたけど僕たちにできることは何もないんだ。僕らにはメイオールを殺す腕力も特別な異能力もない。だからここでやれることをやるしかない。どうせ聖ちゃんたちが負けたら僕らもここで死ぬ。だったらやるべきなのは聖ちゃんたちが勝って戻って来た先の未来で少しは役に立つ準備をしておくことなんだよ」



 バタフライ・エフェクトとは少しの行動の選択の揺らめきが未来を変えることを意味する。そしてカナタたちはそれをある程度人為的に操ることもできる。だからこそよく理解しているのだ。最善の準備を常に続けることがどれだけより良い未来に寄与するのかを。


 バタフライエフェクトを説明する簡単な例がある。

『朝食にパンを食べるか白米を食べるか。そんな小さな選択が一週間後の天気を雨から晴れにできるかもしれない』


 なるほどたしかに、小さな選択の差が連鎖を繰り返して大きくなり天候すら変動させることもあるだろう。

 でも、もっと適切に天気へ寄与する活動を続けていたら、一週間と言わず三日前の行動で雨を晴れにできたかもしれない。前日の行動で雨が晴れになったかもしれない。それは一時間前かもしれないし、一分前かもしれない。

 

 未来を選びたいと思い立ったときに後悔しないように普段のなんでもない時間すらも有効に使う。それがカナタたちにできるたった一つのことなのだ。



「でも……でも……」



 歯噛みするチャーリー。何かできることはないのか。やるべきことを懸命にやれ、という答えは以前この部屋で納得した。今も文句をつける気はない。だが、いざ聖たちが強大な敵と戦うという状況になってそのときの自分の思いは翻りそうになっている。



(だって、白いメイオールっていうのはシリウス坊ちゃまを殺したのと同じような奴らなんだろう!? もし聖さんまでシリウス坊ちゃまみたいになったら……)



 長年仕えてきたシリウスは殺された。チャーリーはセレスやナンニーからそう聞かされた。

 そして今、聖もセレスもシリウスを殺したのと同じ敵と戦っている。正確にはメセキエザと現在交戦中の白いメイオールは別人なのだがチャーリーにはそんな細かいことはわからない。


 そのときだった。チャーリーに天啓が降りる。彼はそれを名案だと思った。やるべきことをやれ? だったらやってやろうじゃないか。

 幸い三人ともこの広い研究室で各々の作業に集中していてこちらに気を割いていない。


 チャーリーは足音を立てずにそっと部屋の隅に行き薬品棚を開けた。一本の注射器を手に取ったチャーリーは初めて万引きをした中学生みたいに震える足取りで小走りになって研究室を後にした。


 向かうのは船のさらに下層。救命ボートが積まれている倉庫。


 手足はまだ震えている。両手で注射器を握り祈るような姿勢で目を閉じて深呼吸を二回。

 救命ボートを引きずり下ろしハッチの非常扉を蹴り開ける。海水が流れ込み救命ボートを浮かばせた。ハッチの隙間から日光が差し込む。不安定なボートに乗り込みエンジンスターターの紐を引く。ブゥン! と威勢よく音を上げたエンジンがチャーリーの荒い息遣いを落ち着けた。


 救命ボートが非常ハッチを抜けて海へと出る。向かうは愛しの女性のもと。その手には注射器。

 そう。真っ赤な液体が満ちた注射器。

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