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第273話 中指を立てる女たち

 ジリオンの腕が左右それぞれ四本を一対として増殖した。身体が縮んだ様子はなく質量保存の法則はどうなっているのだと文句を言いたくなる。

 都合八本の腕はギロチンのように薄く鋭く延びていて、目一杯に腕を広げた姿は熾天使の翼を想起させる。


 まず右肩部の腕が私の脳天に向けて振り下ろされる。それを刀で受け止めたところ隙が出来た胴体を左腰部の腕が逆袈裟に私を両断しようと迫る。時間停止。左腰部の腕を斬り落とした。

 時間停止を解除するとジリオンの腕の断面はぶくぶくと泡立ち無傷で生え変わった。こんな腕が八本もある。



「徐々にスピードを上げていく。上昇」



 ジリオンの無機質な音声を合図に腕が私に迫る速度は加速した。一本の腕の攻撃を刀で対処すると逆の腕に狙われ、さらに同時に別の腕も死角から私の命を奪いに来る。

 コンマ一秒の連続の時間停止。全身の筋肉をフル稼働し脳細胞をこれでもかと刺激し、極限の反射神経で剣戟を交わす。相手の武器は八本でこちらは両手で握る刀一本。時間停止がなかったらとっくに手数で負けて私は細切れになっていただろう。



「はぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」



 常人ならば残像すらも目で追えない速度。私の逃げ道を塞ぐように視界の全方位から襲い来る白いギロチンの腕を避け、刀で弾き、或いは斬り落として時間を稼ぐ。

 細かい時間停止で高速戦闘を補助する。ともすれば瞬間移動にすら見えるだろう。止まった世界で少しでもジリオンの虚を突くための攻勢に出る。


 絶え間なく幾度も刃が削り合い火花が散る。殺意の通った道にできあがる閃光花火だ。白いジリオンと黒い格好の私。黒白(こくびゃく)の残像が交錯し銀灰色(ぎんかいしょく)の渦となる。



(まるで千手観音を相手にしておるようじゃな……)



 ジリオンの彫刻じみた無表情や隙間なく連続攻撃をしかける数多の腕。それに無駄に神々しい純白の姿。皮肉にも私は人非ざる神聖さをそこに見出してしまう。


 極限状態の剣舞を繰り返す中で私の集中力にも粗が出てくる。ジリオンの腕が二本同じ方向から迫りくるのを好機と見た私は二本同時に斬り落とせればチャンスになると考え先ほどよりも一歩深く踏み込んだ。

 そのタイミングでジリオンの眼にエネルギーが集約されるのを私の肌が感じ取った。



(まずい、誘われたのか)



 暴力的純白。皚皚(がいがい)の極光。海を干上がらせた光線がほぼゼロ距離で放たれる。



「時よ止まれぇぇぇぇぇぇ!!!!」



 白光線が放たれる直前で時間停止に成功した私はすれ違いざまにジリオンの腹を両断する。きっとさっきみたいにまた再生してくっつくのだろう。だったら。

 私は時間の止まった世界で、私だけの世界で、ジリオンの背後に回りありったけの力で刀を振り回した。剣筋なんてめちゃくちゃ。洗練さはひとつもない。とにかく細かく刻む。ありったけの力でシークエンスを上げていく。



「時間は再び動き出す」



 私の言葉とともに、誰もいない虚空に向けて白光線が放たれた。地平線の彼方に発射され、数秒の後に着弾しドーム状の黒い爆炎を生む。その上空ではキノコ雲ができていた。

 それと同時。細かく斬り刻まれたジリオンは何も言葉を発さずにバラバラに砕けて崩れ落ちる。八本の腕も、両脚も、胴体も、首も。全てがバラバラになって、骨格を保つものはなくなり立った姿勢は維持できずパーツごとに分かたれて灰の地面に沈む。



「さあ、これならどうじゃ……!」



 私は肩で息をしながた疲労に満ちた表情でバラバラになったジリオンを睨みつける。


 ジリオンの頭がゴロリと転がる。視線が私を射抜く。気味の悪い目線に思わず眼を逸らしたくなる。

 次の瞬間。


 ブクブクと泡立った。バラした全ての身体の断面が泡立ち、再生を始めた。



「またくっつくのか。芸のないやつじゃ」



 と口では強く言ってみたものの。

 どうやったら勝てるのか。こんな再生力のあるメイオールと戦った経験はない。相手の残機は無限なのか? 途方もない戦いが予想され私は頭を抱えた。



〇△〇△〇



 ミザールは霞んだ視界で白いメイオールの足元を睨みつけた。口の中は自分の血と地面の灰が混ざり合って味覚はない。異物を取り除くために咳だけが繰り返される。辛うじて五体は満足。しかしもはや立ち上がる気力も体力も存在していない。


 ミザールがグリーフと名乗る白いメイオールに接敵して五分。ミザールがグリーフに当てた攻撃はゼロ。対してグリーフがミザールに当てた攻撃は一万とんで三十五。


 グリーフはうつ伏せに倒れるミザールをつま先で蹴り仰向けにさせた。そして鳩尾を踏みつける。



「これだけ殴る蹴るして死なずにいるって尊敬しますわ。それにわたくしに踏まれても貫通しない身体。地球人って皆こんなに丈夫なのかしら? でもまあ重力を操るなんて()()()()能力じゃダメですわね。ダメ。ダメダメ。だってわたくしたち他の星から、他の銀河系から、他の銀河団から来てるのですよ? 重力が違う星である可能性なんて考慮してるに決まってますわ!」



 グリーフは甲高い女の声で高らかに笑った。

 そう、ミザールが仮に重力を十倍にして圧し潰そうとしたところで。グリーフは十倍の重力の星に行っても活動できるのだからまったく効果はない。 


 これまでは偶然メイオールたちの適応できる重力を遥かに超過する値の重力をかけることができたため圧死させられていた。だがグリーフは今までの黒い普通のメイオールとは違う。ミザールがかけた重力なんて呼吸するより簡単に適応できる。


 言うなれば。グリーフからすればミザールは無能力者も同然。


 もちろんミザールたち能力者は超人的な身体機能や運動能力を得ているのである程度は戦える。具体的にはグリーフを相手に能力なしでここまで命を繋げている。

 でも勝つことはない。勝ちへの道筋はない。その意味では、ミザールは負けていた。



「ふざけんじゃ、ないわよ……」



 ミザールはかすれた声で言葉を紡ぐ。綺麗な髪も肌も灰でガサガサ。仰向けにさせられ、屈辱に塗れ、それでも太陽の下で敵を見据えて言い放つ。



「弱いって言われるのはいい。もう気にしない。でもね……あんたら異星人のせいで大切な人たちがこれ以上不幸になるのは許せない!」



 どれだけ勝利の目が消えている状況でもミザールは不敵に笑って理不尽な暴力に抵抗する。わずかな体力を総動員し、ミザールは中指を突き立てた。

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