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第271話 ジリオン

 遠目に見て白い荒地。焦土と化したサンパウロの街は全てが灰燼と化していた。ビルも道路も大地も、全てが燃えて灰となった。それだけの衝撃と熱の波が一瞬にして降り注いだのだ。

 氷の道を降りて上陸した私を出迎えたのは黒いメイオールである。人類の文明を焼き尽くすほどのエネルギーを受けても奴らはぴんぴんしているのだ。


 灰の地面からぬっと鋭い爪の手が私の足首に伸びる。いくら能力者化して丈夫な身体になったとはいえメイオールの全力の握力をもってすれば足を潰すなりアキレス腱を千切るなり簡単だろう。

 私はメイオールの指が触れる直前に時間を止めた。そして両手で逆手に刀を握り地中へ向けて突き立てる。突き刺すのではない。刀の刃でメイオールの頭蓋を貫けはしないだろう。点を穿つのではなく面を叩く。貫くのではなく陥没させる。私の剣に洗練さも美しさもない。筋力任せな暴力があるだけだ。


 時間停止を解除すると『ゲボッ』という下品で醜い呻き声とともに地中のメイオールは絶命した。


 ポッドの落下地点と思われる場所を見つけるまで五十ほどの通常の黒いメイオールを殺しただろうか。私はいたって平然と無表情だ。意識はそこにいるであろう白い上級メイオールにしか向いておらず黒いメイオールは機械的に殺していくだけ。憎悪もなければ喜色もない。


 三十分か、一時間か。ともかく主観的にある程度の時間が経った頃、私は肌にヒリつく痛みを覚えた。全身をくまなく刺すような鋭利な感覚に警戒心が高まり刀を構えるが、見渡しても周囲には誰もいない。

 そんなわけない。私の本能が鳴らすこの警鐘が勘違いのはずはない。私は最も強く刺激を感じる方角に照準を合わせて細く目を凝らす。


 能力者化によって超人的な身体機能を獲得した私が全力を尽くせば、一キロメートル先にあるランドルト環で視力検査をするくらいは容易い。

 その私が本気で目を凝らして……見つけた。体感、二キロメートル半。それほどの遠くに何か白い塊がある。一個の丸い頭、一つの胴体、二本の腕と二本の足。見紛うことなき人型。


 そう、人型。ちゃんと頭には顔があって。顔には目があって。目が、……合った。


 私は即座にしゃがみ頭を下げる。純白の光線が頭上を通り過ぎ、遥か後方の海岸に着弾する。海水が巨大な柱のように飛沫を上げ、およそ半径五〇〇メートルほどの海面が熱量によって一瞬にして干上がった。


 あれだけの距離が離れていながらその白い敵はギョロついた赤い眼で私を捉え、的確に撃ち抜いてきたのだ。

 私はこの純白の光線に見覚えがある。暴力的純白。あの日、シリウスを貫いたものと同じ。

 激情が爆発しカッと頭に血が上る。立ち上がった私は刀を肩に担ぎ、遠く白いそいつを同じく真っ赤な瞳で睨んで中指を立てた。



「生きて帰れると思わんことじゃ。おぬしは絶対に殺す」



 時が、止まる。



〇△〇△〇



 止まった世界を疾駆して私は直ちに距離を詰めた。あれだけの長距離攻撃をばかすか撃たれてしまっては近接型の私が対処するのは難しい。


 そいつはとにかく白かった。白い石膏の彫刻、美術品のように。そう、中学校の美術の教科書で見かけたミケランジェロのダビデ像に近い。ダビデ像から髪と男性器を失くし、眼を赤く塗ったらちょうどコイツと同じような姿になるだろう。ああ、でもダビデ像よりずっと白い。まっさらなコピー用紙みたいだ。



「クックックッ、時間停止が通じるのならばメセキエザよりはよほど戦いやすい!」



 真横一文字に刀を振り抜く。ソイツの胴を上下真っ二つにしてやろう。すぐ殺す。今すぐ殺す。

 だが刀は通り抜けた。手ごたえがない。紙粘土を斬ったような気分だ。たしかに真っ二つにはしたのだが、殺せている気はしない。

 ここで時間切れを迎えて時間停止状態が解除される。



「私の姿形、言語、音声、その他あらゆる性質はあなたの脳波の周期を受け取りコペンハーゲン解釈的に事後的に決定されます」



 機械的な男の声だった。両断した胴体は粘ついた糸を引きながら何事もなかったかのようにくっついた。

 私は再び刀を構える。切っ先は常にソイツ向けて視線は離さない。



「私の名前もまたあなたたちの言語体系によって規定されます。……私はメイオールとあなたたちに呼ばれる種。そして私の固体識別名は、ジリオン。ジリオン。ジリオン。それでは排除を開始します」



 ジリオンと名乗った白いメイオールがそう言い終えた直後、白く細長い円錐が私の正面、背後、上下左右、斜め、あらゆる全方向に無数に現れた。

 一メートルほどある全ての円錐は尖った先端を私に向けている。そして次の瞬間、私に逃げ場などないまま一斉に射出された。


 再び本能が警鐘を鳴らす。能力再使用のインターバルを終えていた私は咄嗟に時間を停止した。

 その場から数歩離れた私は刀で円錐を弾く。円錐の先端がジリオンに向くように調節してから時間停止を解除。



「さて、どうなるかのう」



 元々私がいた場所に向いていた円錐は引っ張られるように一点に集まる。もし私があの場にいたら全身を串刺しにされていただろう。

 それから、私がジリオンに向けていた分は同じだけの速度で発射されるもジリオンの身体に触れた瞬間に形を崩し吸収された。


 ジリオンは首を不気味なほど捩じって一回転半させ、移動した私をじっと見つめた。人間のような身体をしているのに動きが気持ち悪い。さらにジリオンの両方の腕が、手が、薄く伸びていく。巨大なカミソリ、或いはギロチンのような形に姿を変え、まばたきよりも短い時間で私との距離を詰めた。


 振り下ろされる両手を刀で受け止める。灰の大地に両足が沈み込むほどの衝撃だ。ジリオンの隙だらけの胴体を蹴り飛ばそうとするも、私の足裏が触れた瞬間にジリオンの腹には孔が開き足は通り抜けた。



(まさか……)



 私は眼で脳に情報を送るより先に本能で時間停止を発動した。ジリオンの開いた孔は既に少し大きさが縮んでいる。閉じようとしているのだ。もし私があのまま時間を止めずにいたら、足は膝のあたりでジリオンの身体に吸収されるか切断されるか、そのどちらかだっただろう。


 黒いメイオールなら力で押して勝てる。逆にメセキエザにはほとんど歯が立たなかった。ジリオンはそのどちらとも違う。戦えているはずなのに絡め取られていくような気味の悪さがある。



「勝てそうだと思ったときこそがむしろ危険。そう判断した方がよさそうな相手じゃな」



 冷や汗が流れる。止まった世界でジリオンを刀で押し返したところで再び時間が動き出した。

ジリオンは再度じっと私を見つめてくる。焦点があっていないようで確かに私を捉えている。のっぺりしているようで吸い込まれそうになるほど深い眼をしている。

 私とジリオン。二対の赤い眼が交差する。


 五体満足でいられるだろうか。それ以前に私は勝てるのだろうか。悪い方にばかり思考がぐるぐると巡ってしまう。私は頭を左右に振り、ジリオンに向けて改めて刀を構え直した。

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