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第264話 もしも自分が一国の主になったら

「それではおぬしは五つの頃からセレスたちに仕えておったのか」


「ええ、そうなんです。貧しい生まれだった僕に対してもお給金をたくさんくださって、一生かけても返しきれない恩があるんですよ」



 チャーリーはにへらと笑った。聞くと十一歳らしい。私の三つ下だ。私たちはコッペパンを頬張りながらカボチャがごろごろと転がるクリームシチューに舌鼓を打つ。ミルキーな甘さと塩コショウのしょっぱさがブロッコリーやニンジンといった野菜のおかげでバランスを取り全体の調和を整えている。

 出来立てという言葉に嘘偽りはなくまだ少し熱いが、あまりの美味しさに手が止まらない。


 イギリスは湿度の高い土地柄で、さらに島国であるため海水も豊富、その上フォース湾のように陸地にまで海が入り組んでいるので、地下水は潤沢だという。地下に染みるプロセスで海水の余分なものがこし取られて淡水となり地下に蓄積されるのだ。

 料理ができるのはもちろん、簡易的なシャワーも水洗トイレもある。薪も他の部屋に随分と貯め込んでいたようで、他にも一部屋丸ごと蓄電池と簡易発電機だけの場所があったり食料保存庫があったりと、なんなら私が長年住んでいた花屋の実家よりも豪勢な気さえしてくる。



「しかしこれだけの備えをして地下に潜るというのは並大抵な覚悟ではなかったのじゃろう? シリウスやセレスが言ったからといってメイオールなどというバケモノが来ると……人類が危機に直面するなどと簡単に信じることはできまい」



 私の問いに対してチャーリーだけでなく他の召使たちも顔を見合わせ、声を上げて笑った。



「僕たちがシリウス坊ちゃまやセレスお嬢様の言葉を疑うわけがないじゃないですか。聖さんはとても面白いことをおっしゃるのですね。さすがセレスお嬢様のご友人でいらっしゃいます」



 不気味なほどあっけらかんとそう言い切ったチャーリーに若干の薄気味悪さを覚えてセレスの方を見ると、彼女も少々苦笑いだ。

 だが、これほどの主人への信頼があってやっと地下に潜るという選択ができるのだ。どれだけシリウスたちが言葉を尽くしても各国の首脳は対策をせず、むしろ何を馬鹿なことを言っているのだと一笑に付したのだろう。


 もし世界がもっと危機感を持っていたら、或いはチャーリーたちのように私たちの言葉を信じてくれる者ばかりだったら、人類はもっと生き残っていたかもしれない。難しいことだとわかっていてもそう思ってしまう。誰もが私みたいに能力者になれというわけではない。いや、もちろん全員能力者で戦えるようになればそれが一番だろうけど。それが難しいならせめて逃げて隠れてほしい。


 もしも自分が世界に影響力のある存在だったら。或いは、一国の主だったら。私ならどうするだろう。 

 まず能力者を一か所に集めよう。能力をきちんと切磋琢磨できる組織作りをし、宇宙から外敵が来ても追い払えるくらい強い国を作りたいな。

 他にもやり方はあるはずだ。たとえば国連のような国際組織を作って世界各地に支部を設け能力者を派遣するとか、誰もが常に危機感を抱くように仮想敵を置き続けるとか。


 そんなあり得ない()()をしているうちに私はシチューとパン、それからサラダを平らげていた。他の皆もお腹いっぱい食べて満足げだ。



「チャーリー、妾たちはセレスが用意してくれた豪華客船に乗り、メイオールというバケモノを倒しながら人間の生き残りを保護しておる。一緒に来てはくれぬか?」


「そこにセレスお嬢様も参加しているのですね。だったら、僕たちの答えは決まっています。ナンニーさん、そうですよね」


「ええ。そうですとも。セレスお嬢様のいるところが私らのいる場所でございます。地の果てまでも御供いたしましょう」



〇△〇△〇



 たった十名弱なので余った客室に全員を乗せることは容易だった。アステリズムの七名に、加わったセレスの使用人の中で最年長のナンニーと呼ばれていた老婆を加えて八名がパーティールームに現在集まっている。



「さて、今後の方針を決めるとするぞ。妾たちは現在イギリス東部の海、北海におる。今後に何を目的としどこに向かうのか。皆の意見を聞きたい」


「その前に、一つよろしいですかな」


「ナンニー、と言ったか。なんじゃ」


「……シリウス坊ちゃまはどちらに?」



 悲痛な沈黙が場を包む。セレスの使用人であるということは兄のシリウスの使用人でもある。年齢から考えてシリウスに仕えていた期間の方が長いのかもしれない。

 彼女の気持ちを慮るとその尤もな質問にも言葉が詰まってしまう。だが、さすがは年の功と言うべきかこの場の雰囲気からナンニーは事情を察したようだった。



「セレスお嬢様がおっしゃっていたメイオールというバケモノ。その存在を疑ったことはございません。屋敷の地下室からこの船に向かう道中でも街の惨状やメイオールの遺骸、街の人々の遺体の山はいやというほど拝見いたしました。ですが、そうですか。あのシリウス坊ちゃまが……」



 しゃがれた声に涙が滲む。空気を変えようとミザールがぶっきらぼうに手を挙げた。



「でもさ、あんたは生きてるわけじゃん。まずはそれを喜びなよ。生きててほしいからシリウスって奴もセレスもあんたたちに地下に潜れなんて言ったんでしょう? どうでもいいと思ってる人にはそんなこと言わないよ普通。私だって、守りたい人がいるからメイオールにも立ち向かえたし、真っ先にその子たちのところに向かった。きっとシリウスも心からあんたを大切に想ってたんだよ」



 生きていることを喜べ。ミザールの言葉は私にも突き刺さった。彼女もまた私と同じだ。大切な人を守りたくて立ち上がった。

 私は母を目の前で亡くしてしまったけれど彼女はスラム街の子供たちを守ることができた。ちょっとした違いだ。私たちは似ている。命の重みを知るから能力者となってメイオールの命を奪えるのだ。

 貧しい家庭で生まれ育った私と、裕福な家庭で生まれながらもスラムに自ら身を置いたミザール。真反対のようで、根底に流れる思いは同じ。そう思えて仕方ない。


 とはいえ、喜べと言われて喜べるものでもない。シリウスが自分たちを想ってくれていたと聞かされたナンニーは年老いて丸まった背中をもっと屈めて、顔を伏せ、おいおいと泣いた。

 しばらくするとナンニーは話し合いを遮ってしまったことを謝罪し、私に進行を促した。



「……うむ。それでは改めて今後のことを話し合おう。大雑把に妾たちの目的は三つ。生存者の保護、メイオールの殲滅、メイオールを乗せていたポッドを研究し第二波への対策をすること。そうじゃな?」


「生存者の保護ってどうするの? アタシの家の人たちは今回十人ちょっとだったから乗せても余裕があるけど、偶然生き残った世界中の人たちを全部この船で保護してたらキリないよ」


「セレスの言うことも尤もじゃな。どこかの地域に生存者の居住地を作りたいと妾は考えておる。現状、交通、流通、通信、電気水道ガス、あらゆる生活インフラが破壊されておる。このまま生存者をまばらにしておいてしまっては、メイオール云々ではなく食料不足や衛生状況悪化で命を落としかねん」


「じゃ、じゃあ、アフリカならどうなの? ミザールがアフリカのメイオールはほぼ殲滅したんでしょう? 他のエリアと違ってメイオールの拡散を留めるのに成功した上に地中海やスエズ運河のおかげで他の大陸とは地続きじゃない。他地域のメイオールが入って来るリスクも少ない! 政府や病院なんかも残ってるはず!」


「セレス、それは無理よ。たしかに私はラゴスでメイオールの被害は押しとどめた。でもその後が悲惨だったわ。他の国々は軍事力がまったく通じずにメイオールに蹂躙され尽くされた。対してアフリカの政府は比較的ピンピンしていた。……その結果、アフリカではこの『終わった世界』での主導権を握るために抗争が起きた」



 ミザールは目を閉じて思い出すようにゆっくりとアフリカの惨状を語り始めた。



「各国の軍隊は先進国に比べたら小規模で戦闘機すらない国がほとんどだけど、ギャングや海賊が現代でも普通にいる地域よ? アフリカは国軍やチンピラたちの小競り合いで大騒ぎ。治安は昔よりよっぽど酷いわね。アフリカ以外の国々が死滅してるせいで得意の農作物輸出産業はほぼ機能不全。国際都市と言われたラゴスのあるナイジェリアはもちろん、インバウンドの観光業で稼いでいたエジプトみたいな大国もおじゃん。経済的にも軍事的にも政治的にも遅かれ早かれアフリカは崩壊するわ。メイオールとは関係ない理由で大勢がきっと死ぬ」



 ミザールは重力操作という強力な能力をもつ。だが、経済状況を救うことはできない。人々の思惑を征することはできない。自分のできることとできないことの区別をつけ、見切りをつけ、アルコルとともにドバイへ向かったのだろう。自分がこのままアフリカに残って人々をどうこうするよりもアステリズムに加わって世界を救う方が早いと。


 私は唖然とした。自分の中ではメイオールを倒しさえすればそれで問題は解決すると思っていたからだ。外敵の存在によって内部から文明が壊れていく。そんなこと想像もしていなかった。

 ……いいや、私は一番最初から人間のドス黒い感情の発露を味わったではないか。中学生の私を押しのけ、踏みつけて、自分だけは逃げようと一目散に走っていた東京の人々。


 私はあれが悪だとは思わない。見ず知らずの命より自分の命の方が大事に決まっている。でも、そのちょっとした利己意識が国家規模にまで膨れ上がった結果としてアフリカは自滅の道へと進んでいる。それがたまらなく悲しく、真の意味で地球を救うことなどできるのだろうかと途方もない思いに暮れてしまう。



「聖ちゃん、僕からいいかな」


「……なんじゃ、カナタ」


「僕としては、生存者を細かく探して回っていちいち保護するのは反対だ」


「なっ……どうして!」



 カナタの発言にセレスが立ち上がって激昂する。自分の使用人を今しがた保護したばかりだから、というのもあるだろう。何より人類を見捨てるような発言をしたからこそセレスは怒った。それはアステリズムの考えにそぐわない、と。



「セレスティンちゃん、落ち着いて。残念だけどこれは僕、ヒイロ、アルコル、そしてティアの総意だ。生き残りは内陸地域にもいるだろう? ただでさえこの船は今では速度を出せないのに陸地にまで行くとなるとますます時間がかかる。聖ちゃんの言う通りどこかに避難所(アサイラム)を作ろうにも、文化習俗の異なる人々を一か所に集めて諍いなく社会集団を作るのは困難だ。それに、僕たちの頭脳で知恵を絞って統計学的に考えた結果としては……やっぱりメイオールを世界から殲滅する方が早いし効率的だ。さっさとメイオールを倒し尽くしてしまうことが結果的に生存者の安寧への近道になるんだよ」


「それは……」



 ここまで私たちはかなりの量のメイオールを倒してきた。地球に降り注いだ分は粗方処理できているのだろう。カナタたちが計算してそう結論づけたのなら私たちに反論の余地はない。



「では船の進路はどうするんじゃ?」


「僕のおすすめとしては大西洋を横断して南北アメリカへ向かうルートかな。特に南米は優先してメイオールを倒しきるべきだ。アメリカやロシアみたいな大国と比べると見劣りするけれど、世界の穀物生産量は実はブラジルやアルゼンチンが多い。ドバイで中東のエネルギー資源を救ったように、南米の肥沃な農地と大量の穀物生産を保護することは長期的な人類の復興を考えたときに欠かせないと僕は思う」


「俺も賛成ですね」


「……うん」


「私もです」



 カナタの提案にアルコル、ヒイロ、ティアも追従した。私がセレスとミザールに目を向けると二人も無言で頷いている。最後にナンニーに視線を送ると、『セレスお嬢様についていきます』とだけ答えた。



「うむ。わかった。ではこれより妾たちアステリズムは南米へと進路を取ることとする!」

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