第262話 パリ燃ゆ
メイオールの行動は早い。地上に飛来しあっという間に人類を殺して回る。この星にどれだけの人間が生き残っているだろうか。私たちがいち早く対処したエリア付近の郊外や山奥では大勢生きているのかもしれない。
その数が百なのか、千なのか、万なのか。とにかく生き残りがいてくれさえすれば人類の未来はこの先も脈々と繋がるはずなのだ。だから今は私たちにできるのはメイオールを殲滅すること。少しでも人類が復興の道を進めるように、安全を確保できるように、土地を取り戻せるように、人類を脅かすこいつらを殺すことだ。
私を囲むように五人のメイオールがいる。一人がカタカタと歯を鳴らしながら両手を突き出すと、そこから突風が巻き起こった。
風はカマイタチとなり鋭利な刃物となる。私はそれを見切り紙一重のところで躱した。カマイタチが通り過ぎ、私の後ろにある凱旋門を真っ二つにする。斜めに斬られた凱旋門は上半分がずり落ちる。ドシンッ! と地響きが起きた。
さらに他の一人が黒い残像を残して急加速した。これもヤツの能力だろう。かつて私の母を殺した鋭い爪が私の頭上に迫る。私の赤い両眼が淡く光る。
「時よ止まれ」
世界から色が消えた。音が消えた。今この瞬間この世界は私だけのものだ。腰に佩いた日本刀を抜刀し力任せに頭上のメイオールをぶった斬る。それからカマイタチを放ったメイオールも。さらにすれ違いざま、他のメイオール三人もほぼ同時に斬り伏せる。ここまでが五秒。
「時は再び刻まれる」
世界に色が戻る。メイオールたちは鮮血を吹き出して絶命した。倒壊しているエッフェル塔の残骸の向こう側からメイオールの大群がこちらに向かってくるのが見える。刀を空中で素早く振って血を払い納刀。私はもう一度赤い両眼を光らせる。
止まった世界で私は疾駆しメイオールの大群の最後尾についた。そして時間を再び動かす。
「クックックッ、妾はここじゃ」
メイオールの大群は今さっき狙っていた私という獲物がいなくなり困惑している。私は素早く閃きの抜刀を放ち、最後尾のメイオールの首を刎ね飛ばした。そこまでしてようやく背後に私がいると気が付いたメイオールの連中はあたふたと方向を変えた。
「ざっと二〇〇といったところかのう」
わらわらと二〇〇人のメイオールの大群が迫り来る。あるメイオールが眼からレーザー光線を撃ってきた。私は時間を停止し、そばにいた別のメイオールを蹴っ飛ばして移動させる。時間を動かす。レーザー光線はさっきまで私のいた場所にまっすぐ発射されたが、その場所にいるのは今はもう私ではない。蹴られたメイオールは別のメイオールの能力によって殺された。
その後も密集している状況を利用しながら効率的にメイオールを殺していく。
ビルの屋上からジャンプして降ってきたメイオールを回転斬りで両断し、一丁前に人間の武器をパクって自動小銃を使ってきたメイオールは時間を止めて銃弾を一弾ずつ全て弾き落としてから殺してやった。
最近、能力に慣れてきた気がする。時間を止めておける時間が伸びてきた。たぶん今なら全力で五分間は時間停止できると思う。そしてインターバルは一分くらいで、もう一度五分間の停止ができる。
普通のメイオールなんてまったく相手にならない。……なんて思っていたら、メイオールの中に巨大化の能力を持っていた者がいたようでざっと三〇メートルほどの体長にまで急激に大きくなった。
そいつは重量とサイズに任せて闇雲に足で踏みつけたり掌で叩きのめしたりしてくる。私は難なく軽やかに回避できたが、中には潰されてしまったメイオールもいた。同士討ちすることもあるのか、と興味深そうに眺めていると、私がちょろちょろ逃げ回るのが気に食わないのか巨大化したメイオールは咆哮とともに歯をギリギリ鳴らしさらに激しくペースを上げて私を踏み潰そうとしてきた。まるで地団太だ。
そいつが腕を振り回すだけで大風が起こる。セーラー服のスカートがはためきパンツが見えそうになる。メイオールに生殖器があるのかどうかはカナタに聞いてみないとわからないが、なんとなく大嫌いなメイオールに見られるのは自分が汚れるみたいで嫌だ。ということで手で押さえる。
マントのように羽織っている和服もバタバタと風を受けて揺れる。私はデカブツとなったメイオールの足甲に乗り、さらにジャンプ。そいつの膝に飛び乗る。
巨体で動かれると足場が不安定になるので時間停止。さらに脇腹、肘、腋、二の腕と左右に蹴ってジャンプを繰り返し肩に乗る。随分と眺めが良い。焼け野原になって人っ子一人いなくなったパリの街がよく見える。
私はそいつの顔面に乗り、虫の複眼のような眼に刀を突き刺した。何度も。何度も何度も。ついでに首の後ろや口、歯茎、手足の腱など斬れるだけ斬っておいた。
「停止した世界で浴びた痛みは、時が動き出すと同時に一斉におぬしの身体を襲う」
私が能力を解除すると、巨大化したメイオールはひっくり返ってのたうち回り全身から血を吹き出した。血の雨は時間を止めて一滴ずつ回避。
「朝から開始して十時間程度経ったかのう……。もう一万は殺したはずじゃ。そろそろ一旦帰るとするか」
遠くでは爆発音やら衝撃音やらが絶え間なく鳴っている。私はパリの中心街を担当していたがセレスとミザールはやや離れたエリアの担当だ。きっとまだ戦っているのだろう。
私の時間停止の能力は一対一には滅法強い。大抵の攻撃なら回避できる防御性の高さが売りだ。
セレスの物質変換能力は汎用性が高い。実生活はもちろん、戦闘では敵や周囲の環境に合わせて自在に物質を変えて武器を作ったり土地を作り替えたりとやりたい放題だ。その代わり決め手に少々欠ける面がある。
その点、ミザールの重力を操る能力はメイオールを大量に相手するにはベストだ。自分だけ重力を軽減して宙に浮き、安全なところでメイオールを見下ろしながらそいつらだけ重力を増やす。潰れて死ぬまで加重を続ければいい。能力の範囲も広く、一気に殺せるので経済的である。
もしも私とミザールが戦ったらさすがに私が勝つと思う。だが、規定時間あたりに殺したメイオールの数で勝負すると分が悪い。
ミザール本人は『ザコ狩り用の能力よ』などと言っていたが、メイオールが地球の重力に従っている限り彼女の能力から逃れることはできないだろう。充分に強い。
シャンゼリゼ通りは腐った溶けつつある人間の遺体の山と今しがた私が作ったメイオールの遺骸の山とで激臭を放っている。
美しいパリの街並みは見る影もない。ギリシア語のエリュシオンをフランス語にしたのがシャンゼリゼ。意味は『楽園』だ。その美醜の落差に立ち眩みする。仮に私たちがメイオールを完全に殲滅し追い払ったとして、生き残ったわずかな人間はこんな壊れた世界で再び栄えることはできるのだろうか。
途方もない。どの地域に何人の人間が生き残っているのか。そんな代数的な数の計算が瑣末なものに感じられるほど眼前の景色と鼻をツンとつく酸っぱい匂いは私の心をきゅっと締め付けるのだった。