第261話 解剖と観察
優れた知能を持ち『天才』と称される者が四名。カナタ、ティア、ヒイロ、アルコル。
特殊な異能力と超人的な身体能力を得た能力者が三名。セレス、ミザール、そしてこの私。
以上七名が私たちアステリズムだ。
ドバイでメセキエザに見逃された後、シリウスの埋葬を終え、私たちの船は出立した。シリウスの『あるべき姿、状態を強制する能力』のおかげでどれだけ燃料をふんだんに使って爆発的な加速を続けても、船は燃料が満タンの状態に回帰していた。だが彼亡き後、船はただの豪華客船である。
セレスの『物質を変換する能力』によって海水を燃料に変換し適宜補給は可能ではあるものの、以前の航空機並の速度を維持するなどという離れ業はもうできない。
そういうわけで、半年の間に私たち移動した距離はそう長くはない。ドバイから一度アラビア海に出て、その後アフリカ東部の紅海に入りスエズ運河を通って地中海へと向かった。トルコ、ギリシア、イタリア、フランス南部、スペインと沿岸を辿り、時折様子を見て上陸。地上に蔓延るメイオールを私とセレスで殲滅して回るのだ。いわばローラー作戦。途中から目を覚ましたミザールも加わり、半年で殺したメイオールの数は数十万を超える。
そして現在。私たちはスペインとモロッコの中間、ヨーロッパとアフリカをつなぐジブラルタル海峡で停泊をしている。
「ものは相談じゃ。ここまで妾たちは虱潰しにヨーロッパのメイオールの殲滅を行っておった。じゃが……メセキエザが言っておった上位種のメイオールの襲来はない。カナタたちの研究も行き詰っておる。このまま船を大西洋に向かわせるのか、或いは北上してヨーロッパ西側沿岸を辿りながらメイオールの殲滅を続けるか、いっそこの場に留まって研究に専念してもらいつつ上位種の襲来に備えるか……。皆の意見を聞かせてほしい」
パーティールームに一台置いてあるグランドピアノの前に立った私が一人ずつ全員の目を見ながら話していく。リーダーなんて柄にもないと思っていたが仕切るのも半年で慣れてしまった。
わずかな沈黙の中、セレスが勢いよく手を挙げた。視線で許可を出すとセレスはソファから立ち上がった。すっかり私とセレスは以心伝心だ。
「アタシはポルトガルをなぞるようにイベリア半島を半周して、そのままヨーロッパを北上していくのがいいと思う。北大西洋海流があるから船は動かしやすいし、それにドーヴァー海峡の方まで行けばイギリス……アタシとバカ兄貴の実家がある」
「実家に何かあるの?」
ミザールは足を組みなおしながら尋ねた。セレスの実家ということはシリウスの実家でもあり、ティアは顔には出さないが少々辛そうにしている雰囲気が見て取れる。これも私とティアの関係が深まったからこそ気がつけることだろう。
「聖はたしか半年前、テレビの映像で見たって言ったよね。メイオールが襲来したクリスマスイブに各国首脳は事実上の地球領土放棄宣言をした……。兄貴を中心に一年前からアステリズムは各国に提言してたんだ。現状の人類の軍事力では対処できない敵が宇宙からやって来る。自分たちが敵を殲滅するから、その間に人々をシェルターに避難させておいてほしい、ってね」
「そうそう。いや懐かしいなぁ。そのとき俺たちは随分とシリウスさんの実家、ネバードーンの人脈を使ったんですよ。まあいくら俺たち科学者が懇切丁寧に説明してやっても、どこの国も相手にしませんでしたがね。もし一年間予算を地下シェルター作りに注ぎ込んでいれば多少は生き残った人間も増えたろうに」
アルコルの言う通りだ、と私も思う。半年前、東京で見た惨劇。地上は燃やし尽くされ、人も、建物も、人類の営為は全てがメイオールによって滅ぼされた。東京エリアこそ私が殲滅したが、他のエリアはダメだ。日本に生き残りがいるかどうかも怪しい。
でももし、あのとき大勢の人間が避難していたら。私が能力者となってメイオールを殺し尽くす間に隠れていてくれたら。それを国が国民に事前に喚起してくれていたら。私の母はあの日あの場におらず、結果的に死なずに済んだかもしれない。
「アルコルの言う通り、アタシらはまったく取り合ってもらえなかった。でもアタシの実家は違う。アタシや兄貴の言葉を心から信じてくれる連中ばっかりだったから。使用人とかシェフとか……言いつけを守ってくれていたらちゃんと屋敷の地下に潜っているはず。食料の備蓄も一年かけて大量に用意したから、半年くらいなら余裕で暮らせてるはずだよ」
「なるほどのう。その者たちをいつまでもずっと地下に残しておくわけにはいかんか。メイオールがいる限りは地上に上がるのはリスクが高すぎる。妾たちでイギリスのメイオールを掃討するか、彼らをこの船に乗せるか、どちらかがベストじゃろう。地球のどの施設よりも最も安全なのが現状この船じゃからな」
「聖ちゃん、僕もいいかな」
「よかろう」
「僕とヒイロ……それから時々アルコルも、今はメイオールを乗せて地球に飛来したポッドの調査をしているんだけど、これが行き詰っているんだ。大気圏を突破するときに意図的に壊れるように設計されているみたいでね。大量のメイオールがスムーズに出てこられるようにわざとそうしているんだと思う。だからパーツの残骸もほとんど残っていない。ニューヨーク、東京、上海、ドバイ、ローマ、マドリードと大都市を回って、集まったポッドの破片は人間が抱えて持てるくらいのちっぽけな量だよ」
「……つまりサンプルがほしい。どんなに頭が良くてもデータが少なすぎて役に立てない」
ヒイロが付け加えた。反対意見はない。まとめると、ヨーロッパを北上してメイオールを殺しつつイギリスにあるネバードーンの実家に向かう。そしてできるだけ多くのメイオールに関するサンプルを集める。
「メイオールが宇宙のどこを中継地点にして地球にやって来たのかわかれば、メセキエザが言っていた上位種の襲来もある程度予測できるようになるかもしれません。私も科学者として二人の意見に賛成します」
「わかった。ティアのお墨付きも得たことじゃ。セレスとカナタの方針で行く。ときにカナタよ、今はポッドの研究をしておると言っておったな。メイオール本体の研究はどうなっておる?」
「ああ、それならもう完璧に理解したよ。もちろん能力は一人ずつ違うから個体差があると言わざるを得ないけれど、共通部分はもう充分にわかった。まあ身体の構造がわからないことには容器であるポッドの研究も進まないからね。あ、見ていく?」
「……そうじゃな。見させてもらおう。二人はどうする?」
「アタシはいいかな。気持ち悪そうだし、それに見たってアタシがやることは変わらない」
「私もパス。今はティアのそばについてたいから」
セレスとミザールにはすげなく断られた。たしかにメイオールを殺すことは変わらないので情報資源としてリーダーの私が把握しておけば充分だろう。今日のブリーフィングは解散とし、私はカナタ、ヒイロ、アルコルに連れられてパーティールームを後にする。
〇△〇△〇
豪華客船といってもアステリズムの数名が住んでいるだけなので部屋は余りに余っている。甲板に近い客室やパーティールーム、食堂、キッチン、ランドリールームがメインとなる施設で、燃料ルーム、操舵室、その他各種測定計管理室などなどは下の階層だ。
カナタたちが研究室代わりにしている部屋も、そんな薄暗い階層にあった。
「ようこそ聖ちゃん」
「うむ」
私を招き入れたカナタは部屋の中心にある手術にでも使いそうな台を手で指し示した。私の腰より少し高い台で、拘束具のバンドがびっしりと両側に設置されている。天井から下げられたライトは大きな円形の中に小さな円が五つ配置された所謂『無影灯』で、ますます手術室を想起させる。
そしてその台の上にはぎっちり固く拘束された黒い生物。メイオール。
「近くでまじまじと見つめるのは初めてじゃな。普段は見つけ次第即座に殺しておるから……」
「無理もないよ」
巨大な虫の死骸にも見える。人間の遺体にも見える。メイオールは人型でありながら人間ではない。黒曜石のように艶のある真黒の身体はさながら金属製の筋肉で、眼は複眼。後頭部は頭蓋骨だけ引き延ばしたかのように長い。
万が一に備えて拘束具をつけているが既に息はない。カナタたちが解剖をしたのか身体のところどころに縫い跡がある。特に頭周りは縫い傷が多く、おそらく脳を詳しく観察したのだろうと推測できる。
しばらく私が眺めていると、アルコルが説明を始めた。
「メイオールの体組成は、特に中身に関してはかなり人間に近いですね。いわゆる炭素系生物。燃えれば焦げるし灰にもなる。ただそれはあくまで中身の話であって。ガワが気味悪いったらありゃしない。金属が生物のように体表で一体化していて、筋繊維も同様。俺たちの見立てでは筋力増強と硬度の確保のために後天的に混ぜ合わされた人工生物のようなものじゃないかと」
「メセキエザが言っておった通りじゃ。……となると、メイオールの本来の姿はむしろメセキエザのような白いタイプ。それが後からこの黒いメイオールのようになった、というわけじゃな」
「うん。とはいえ、軽く五メートルはジャンプする脚力、人間を一撃でぐちゃぐちゃにする腕力、車くらいの速度は平気で出してくる走力、核兵器を落としても死なない耐久力。どれを取って見ても人間じゃあ到底敵わない。ただこれだけ外殻が固いと地球に訪れるまでの姿勢や状態、補給も制限があるはずで、今はポッドに乗っているときから逆算することで地球の近辺の宇宙空間のどこにメイオールたちがたむろしているのかを調べているんだ」
「ま、それはもっぱらカナタとヒイロの仕事ですけどね。俺の興味はむしろ別にある」
そう言ってアルコルはとんとんとメイオールの頭を指で叩いた。
「俺たちは高次な生物からメイオールの体組成の一部をデータとしても受信したことで人間を能力者化する薬剤を作成しました。そして現にメイオールたちは個々の異能力を保持している。それが脳にどのような変化を与えているのか。人間が他に能力者になる可能性はあるのか。そのあたりを調べてるんですよ」
「妾たちもより多くメイオールやポッドのサンプルを採取できるよう保存状態に気を付けてメイオールを殲滅しよう」
「ええ、頼みますよ。でもまあそんな無理しなくていいです。良い保存状態で殺すのは能力的にミザールの奴の方が得意ですから」
「アルコルくん、聖ちゃんをなめてもらっちゃ困るよ。ミザールちゃんにできることは聖ちゃんだってできるに決まっているだろう」
「俺が言っているのは適性の話ですよ、強さじゃなくね」
「だとしてもだ!」
私を能力者にしたのはカナタ。ミザールを能力者にしたのはアルコル。それぞれ自分の担当能力者のどちらが上かをやたらと気にして張り合っているようだ。
「クックックッ、味方同士で能力の優劣を比べても仕方あるまいに。ヒイロもやはり自分が担当した能力者……つまりセレスの方が上だと思いたいくちか?」
「……」
私は否定してほしくて一人静かなヒイロにそう尋ねたのだが、なぜか黙りこくって俯いている。その顔は少し赤い。
そういえば私とセレスが模擬戦をしていたときヒイロはセレスの応援をしていたっけ……と思い出し、意外と彼らは自分が能力者化させた相手に愛着のようなものが湧いているのだろうと私は興味深く三人を観察するのだった。
能力バトルものなので、戦闘も恋愛も関係ないようなところはできるだけカットしながらテンポよく進めたいと思います。