第260話 あれから半年
「っていうのが私とアルコルの出会いなわけ」
「ふーん。で、その場のメイオールを全滅させたんだ」
アステリズムの拠点、豪華客船スターアーク号。そのパーティールームでミザールが話してくれた内容にセレスが相槌を打つ。ミザールがアステリズムに加わって既に半年が経った。だというのに、彼女がどうやってアルコルと出会い、どうやって能力に目覚め、そしてその後メセキエザに殺されることになったのかを詳しく聞いたことはなかったのだ。
理由の一つにはシリウスの死があるだろう。アルコルとミザールを蘇生させたその場でシリウスが殺された。実際の因果関係はなくとも、終わってみれば見方によってはシリウス一人とアルコル、ミザールの二人の命を交換したともとれる。
妹のセレスやシリウスの子が腹にいるティアの精神的な面を考えると、正直なところ二人はやや浮いていた。二人は二人で事情を聞いた結果こちらに気を遣うようになってしまったし、セレスはともかくティアは気持ちの整理をつけるまでに時間がかかっていたからだ。
それも今ではかなり打ち解けている。
「ん? もしかして俺の話をしてました?」
「わかっててわざわざ質問するあたりやらしいよねぇ」
呆れたようにミザールが言い返したのは、パーティールームに入ってきた白衣を纏った黒髪黒眼の男。年齢はまだギリギリ成人していないくらいで、顔立ちは幼さと大人らしさの両方を兼ね備えた美形。アルコルである。
アルコルはソファに座るミザールの隣にずかずかと腰かけた。慇懃にして無礼。未来視に等しいほどの天才的頭脳を持っていながらも時に知らないフリをする狡猾さをも併せ持つ。ふと、ミザールは思いついたように尋ねた。
「アルコル、そういえばカナタたちはどうしたの?」
「さぁ。俺が眠くなって研究室を出たときにはまだカナタとヒイロは激論を交わしてましたよ。メイオールのポッドの破片を解析しながらね。まだ白熱してるか、二人そろって寝落ちしてるか……。見てきましょうか?」
「いや、いいわよ別に」
「アタシはよくわからないんだけど、何をそんなに調べることがあるの? メイオールは大量に降り注いたポッドの中に入って地球に飛来してきた。それ以上でも以下でもないじゃん」
ぶっきらぼうにセレスが言うとアルコルは苦笑いを浮かべた。
「直径数百メートルの巨大ポッドの中にさらに小型ポッドが小分けされていて、小型ポッドの中には数千から多い地域では数万規模でメイオールが詰まっている、というのが概算です。で、ここで問題になってくるのが、じゃあその巨大ポッド自体はどこから射出されたのか? ってところですね。観測できる限りで地球外縁軌道上に母艦のようなものはありません。というかそんなものがあればさっさと地球を直で撃っちゃえばいいえだけですし。これが解決すると、メイオールの地球周辺の基地のようなものを逆算することができます。半年間、世界を巡って地道にメイオールを虱潰しにするのがムダとは言いませんけど、近場の大本を叩くのが一番早い、というわけです」
ぺらぺらと喋るアルコルに対してセレスは『ふぅーん』と興味なさげにリアクションを返した。
そんなに興味がないなら聞かなきゃいいのに……とミザールは傍から見ていて思うのだが、ミザールよりもアルコルとの付き合いの長いセレスがこのテンションなのだからきっと昔からそういう関係性なのだろうと勝手な想像を繰り広げる。別にアルコルとは恋人でもなんでもないが、自分の知らない昔の彼を知っていると思うと少しだけ嫉妬する。昔と言ってもほんの一年程度前のことなのだろうけれど。
すると、廊下から二つの足音がする。騒々しい喋り声だ。声変わりしていない高くて幼い声と、若い男の声。
「ヒイロくんだって見たでしょ! メイオールの体組織の伸縮性と小型ポッドの形状から考えて想定される大型ポッドの形は楕円のはずだよ。でないとデッドスペースが多すぎる!」
「……意味がわからない。地球の周回軌道に沿わせるならエネルギーのロスを減らすために真球体のはず。まずは射出機の仕組みから考察していくべき」
グレーの髪に色白の肌と細い体躯、そして白衣を着ている、残念イケメンなカナタ。そしてカナタに言い返したのは同じく白衣を着ているが明らかに少女にしか見えない男の娘の少年、ヒイロ。二人とも寝ていないのかげっそりとした顔つきだ。
言い合いをしているといっても相手を言い負かそうだとか貶そうだとか考えているわけではない。研究者というのは得てして学問分野においてつい白熱して自説をぶつけ合う生き物なのだ。
そんな二人にアルコルが手を振る。
「や、お二人さん」
「ちょっとちょっとアルコルくん、僕らが一生懸命に研究を重ねてるのにきみってやつは……」
「そうは言いますけどね、ほら、俺たち天才がバタフライ・エフェクトを行使するにはデータがなきゃダメでしょう? 過去にしろ未来にしろ、データを入力しないと導出されない……。だったらデータのないことは焦っても仕方ないって俺は思うんですよ。もっとゆったり行きましょうや」
「はぁ……それもそうだね」
溜息をつくカナタ。アルコルの緩い態度を見てついカナタもヒイロもひとまず互いの矛を収めた。ヒイロは一人だけテーブル席に行き読書を始めた。カナタは冷蔵庫からピンク色の紙パックを二つ取り出しうち一つをヒイロへと手渡す。いちごミルクだ。
「僕の意見にしろヒイロくんの意見にしろ、アルコルくんの言う通りデータが少ないっていうのは間違いない。今はしっかり休もう」
「……ありがと」
ストローを刺し二人ともちゅーちゅーいちごミルクを吸っている。科学者として意見が食い違うこともあるが、二人は基本的には仲が良い。男ってよくわからない、とミザールは頬杖をつきそんなカナタたちの様子を眺めていた。
遅れて、パーティールームから白銀の長髪の美しい女性がひょっこりと顔を出す。
「あーー! カナタくんもヒイロくんも昨日からそれ着てますよね!! お洗濯の都合があるんですからちゃんと着替えてくれないと!」
大きく張り出た腹を手で支えながら転ばないようにゆっくり歩く彼女の名前は、ホワイティア。周りからはティアと呼ばれている。
人間の妊娠期間は十月十日などと言うものの実際は現代の暦感覚で九カ月程度。既にシリウスの死から半年が経過しており、その時点で妊娠一カ月程度だったことを踏まえるともうすぐ新たな命が誕生する。
半年前のあの日、シリウスが亡くなって人一倍取り乱し心神喪失になっていたティア。周囲の者たちも二人が何か『特別』な関係であることは察していたものの、まさかあの時点でお腹に赤ちゃんがいたとは夢にも思わなかった。妊娠中は心身のバランスが不調をきたすので誰よりもシリウスの死で気が動転するのも仕方がなかったことだろう。
怒られたカナタとヒイロの二人はばつが悪そうに揃ってそっぽを向き、なんだかその様子が兄弟みたいで可愛らしくティアもつい吹き出して笑ってしまった。
ただ、他の女性陣は気が気ではない。セレスがすぐに椅子を引いてティアが腰かけられるようにし、ミザールは声を荒げた。
「そういうことは私らがやるからティアは休んでてって言ったじゃん! 今一番身体が大事なのはティアなんだよ!」
「ふふ、ありがとうミザールちゃん。皆の気持ちはちゃんと伝わってます。でも、身重になってから頭脳労働すらもできない今の私が皆のために役立てるのは雑用だけ。だから、大丈夫です」
「でも……もうティアの身体はティア一人のものじゃないんだよ」
「それを言うなら、ミザールちゃんの身体だってミザールちゃん一人のものじゃありません」
「え? 私は別に妊娠してないけど……」
セレスが引いてくれた椅子にゆっくりと腰を下ろしたティアはミザールの両手を握って優しく微笑んだ。
「ミザールちゃんに何かあったら私が悲しいです。だったらミザールちゃんの身体はもうミザールちゃん一人のものじゃありません。それは全員同じことなんです。私はもうこれ以上誰一人欠けてほしくない。私たちは、この星は、運命共同体なんですから」
「クックックッ、まったくもってその通りじゃ」
カツンカツン、と廊下から足音が響く。ティアの言葉を肯定する声の主こそ、この場に集まるアステリズムの最後の一人。セーラー服の上から黒と赤の和装羽織を纏った黒髪ロングの彼女はたった半年にしてリーダーとしての責任と風格をその双肩に宿している。
「聖、遅いよ」
セレスが嬉しそうに彼女の手を取る。時任聖。シリウス亡き後のアステリズムを率いる少女の名である。
198話、199話でヒステリックを起こした理由を説明しておかないとただの意地悪なヤツになってしまうと思ったので、こういうことになりました。