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第26話 この星よりも大切な人

 カフェを出た二人は病院を背に並木道を歩いていた。

 ここは駅や住宅街があるエリアに比べれば寂れている。病院に患者が少なかったのもそういう事情だ。どうせ行くなら、患者は設備の整った都市部の大型病院を希望するに決まっているだろう。


 そうした土地柄も、隣接地域の開発の頓挫に起因する。例の工場がある区域は当初、産学や官民が一体となって発展させていく方針が県議会によって決められていた。そのため工場からさほど距離を空けずに病院があり、他にも役所などが入る予定だった廃ビル等の残骸がいくつもある。


 小さな区域に生産と消費、仕事とレジャー、健康と不健康、民間企業と役所役場、すべてを詰め込み人の営みや生活サイクルを完結させるという計画だった。それが倒れて残ったのは狭苦しくて息苦しい、何もかもを完結させようとしたため何もかも中途半端に終わったエリア。


 街というほど大きくはない。あくまで区域・エリアだ。現に書類上は駅もナツキ宅も中学校も工場跡も病院も同じ街の範囲内に収まっている。

 それでも直線距離で言えば、病院近くのカフェからでは一度帰るよりもこのまま工場に行った方が手っ取り早い。十二、三分も歩けば着くだろう。なおかつ二人とも目的地は同じなので結局一緒に行くことになった。



「それにしても今日は眼帯をしているのね」


「……ああ。ククッ、本来はあまり見せびらかすようなものじゃないんだ。あの日はチカラを使った後だったから晒していたがいつもはこうして隠している」


(なるほでね。たしかに一等級の能力者がその辺をうろうろしてたら私みたいに近づく人間もいる。静かに生きたいのなら隠すのは合理的だわ)


(それに比べてスピカは両眼ともにカラコンを入れている上に見せびらかしている。ククッ、そういう年頃なんだろう。俺くらいになると隠すことの美学を理解できるようになるんだがな)


(シリウスが今回の件に入り込んでいるのは、まさか財団が関係している以上に同じ一等級の能力者の存在をこの街に感じ取ったからなのかしら)


(徒然草で言うところの『花は盛りに月は隈なきをのみ見るものかは』というやつだ。見えないからこそ、不完全だからこそ、想像力が刺激される)



 いわゆる侘びや寂び。

 中二病とは何だろう。想像し、妄想し、空想し、夢想する。ナツキはそれこそが中二病だと考える。理想を持ち、しかしその理想に届かないとわかっていながら目指す過程にこそ中二の美学があるのだ。アニメの主人公という完全な憧れにはなれないが、それを目指し続ける自分でいることはできる。


 ある意味でスピカの考える能力者としての戦いや生き様の美学と共通しているだろう。自身の大切なものに対して誠実に、かつ手を抜いたり諦めたりすることなく真剣に。理想や目標へと向かう過程の充溢こそが意義ある結果をもたらすし、最も正しく美しいあるべき自分の姿でいられる。


 ナツキとスピカは決定的にかみ合わない。お互いに相手を中二病だと、或いは能力者だと勘違いしている。

 だがそんなすれ違いが成立するのも、会ってからわずかな時間の短い会話でうまが合うのも、それは二人の根底に流れる価値観や核心が共通しているからにほかならないのだろう。でなければとっくに相手の言葉に突っかかって互いに誤解は解けていた。


 ……現実問題、スピカは出会ってから時間が経っているのにシリウスのことはいつまでも好きになれない。



「アカツキは……どうしてそんなに大きな能力を持っているのに隠れて生きようとしているの? いえ、問い詰めているんじゃないの。純粋にどうしてなのかなって」



 並んで歩きながらスピカは尋ねた。以前、ナツキは仮初の身分で生きていて平穏を守っているとスピカに話した。それもまた自分と同じで何かを守るための形であるとスピカは理解している。

 しかし一等級ほどの能力者ともなれば、それを利用してもっと豪華な暮らしをしたり権力や地位、名誉をほしいままにしたりと、およそ人間が抱くあらゆる欲求を五段階のピラミッド丸ごと手に入れることだってできるだろう。


 ナツキにそう選択させないほどの強固なファクターというのが何なのか、スピカはただただ素直に湧き上がった疑問を投げかけたのだ。



「ククッ、そうだな。俺の煉獄の炎は現世を焼き尽くし神々の戦乱すら終焉に導いてみせるだろう。だがな……、世界を、宇宙を、万物を破壊する能力(チカラ)があっても、大切な人をたった一人守れないようじゃ意味がない。何故ならこんな星よりも世界よりもずっと大切な人たちがいるからだ」



 ナツキの頭の中にまず真っ先に浮かぶのは夕華だ。次いで、唯一の肉親である姉のハルカが脳裏をよぎる。……そして、せっかく友人になったというのに行方知らずになってしまった英雄の顔も。


 ナツキの答えを聞いたスピカは思わずその場に立ち尽くした。同じ歩幅で歩いていたナツキは当然数歩先行してしまい、どうしたのかと振り返る。


 スピカもまた守りたいものがあって星詠機関(アステリズム)に入った。『星』の行く末を『詠み』世界の平和と安寧を維持する組織に。守りたいもののためならば命を賭けられるという点でたしかにスピカとナツキは共通している。


 しかしスピカには、自分が守りたい世界は他の誰かもまた同じくらいには大切に思っているのだろうという漠然とした願いにも近い予想があった。だってこの世界にはその誰かだって生きて暮らしているのだから。


 目の前の男はそんな世界、地球という星よりも大切な人がいると言ってのけた。

彼のそうした強い想いにスピカは尊さや敬意のようなものを感じる一方で、それほどの想いを向けられる相手がいることが羨ましくもある。

 そして、そんなどこかの誰かにも劣る世界を守りたいと思っている自分はいかにちっぽけなのか、と生まれて初めての疑念を抱いてしまった。


 疑念と言っても微々たるものだ。その何百倍もの大きさの自信と覚悟がスピカの心には揺らぐことなく存在している。だが、十七年生きてきて初めて彼のような人間に出会った。その極々小さな驚きがショックとなって全身に波及し彼女の足を止めてしまっていた。池に投げ込んだ小石が大きな波紋となって広がるように。



「……じゃあ、私がこの星を守りたいと思うのは無駄なのかしら」



 嫌味が言いたいわけではない。自身の価値観を否定したいわけでもない。ただ、生まれて初めての経験が思わずスピカにそうポツリと呟かせた。

 

 スピカ自身そこらの十七歳よりもたくさんの人を見てきて、いくつもの修羅場を己の能力(チカラ)だけで切り抜けてきたと思っている。

 その中でもナツキという少年、彼女からすれば『黄昏暁』という能力者との出会いは他のあらゆる経験にも増して新鮮で。


 スピカにとって彼の言葉や価値観は、跳ね除けてしまうにはもったいないほど興味深く、しかし体内に入れてしまうと心を痺れさせるほどに劇的だった。

 本当に不思議な人だ、と半ば自嘲気味に思う。


 俯くように立ち止まっているため、初夏の陽射しを浴びたスピカのサラサラとした白銀の長髪がダイヤモンドのようにキラキラと輝いているのがよく見える。

 ナツキはフッと小さく笑ってから言い放った。



「無駄なもんか。スピカが守りたいと思った星に俺がいる。俺が守りたいと思った大切な人たちの中に、スピカもいる」



 そう。中二病が理解されず、友人なんてできず、ガキっぽいと馬鹿にされてきたナツキにとってこのような中二な会話ができるスピカは同志のようなものだった。

 同志。同じ心を持つという意味では、恋慕している夕華とも血がつながったハルカとも対等な友となった英雄とも、まったく異なる種類でナツキにとって大切な存在だった。少なくとも疑いなく心からそう思えるほどに。


 ナツキはそれが勘違いであることを知らない。しかし、二人が心を通わせている事実に違いはない。ヒトの脳の理解や論理的整合性よりもっと上の次元で二人はつながったのだ。


 ハッとスピカが顔を上げる。

 白銀の髪の隙間から、彼女の普段の凛とした表情からは想像もつかないほどかわいらしく見開かれた青い瞳が覗く。



「ま、まあ、なんだ、ククッ、前も言っただろう。スピカからは俺と同じ匂いがすると。俺たちは自分の信じたものにまっすぐに生きればいい。他の誰が何を言おうとな」


「ええ。ええ……! そうね!」



 スピカは太陽のように爽やかにニコッと笑う。

 今日も一昨日もスピカはどこかずっと硬く張りつめていた。

 それが嘘のように、今日の晴れ渡る空のように、澄み渡っている。


 スピカはステップを踏むようにタタタンとリズムよく歩いてナツキを追い抜いた。揺れる黒いフレアミニスカートと白銀のロングヘア―。スピカは振り向きながら笑って言った。



「私、好きよ」


「は、はぁッ!?」


「フフッ、あなたの考え方が、ね」



 きっと二人が交わした言葉の数は、二人が出会ってきた他の人とのそれよりも多くはない。だからこそスピカにとってナツキの中二な言い回しや中二病ならではの思想、価値観が圧倒的な密度で心の奥深くまで浸透していった。

 夢想に生きるナツキにしか吐けない夢の詰まった言葉が鮮やかな虹となってスピカの胸へと届いていた。

 笑顔のスピカは改めて同じことを思う。



(本当に不思議な人ね、アカツキは)

昨日は色々と動揺してしまっていて、二十五話にタイトルをつけ忘れていました。申し訳ありません。修正しておきます。

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