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第250話 可能性の獣

「ユニコーンって結構ファンシーなイメージがあったけど、近くで見るとかなりグロいわね。歯は剥き出しだし、ずっと白目だし、ヨダレ垂らし続けてるし……。まあ現実の馬に近い感じなのかな」



 雑木林を踏みつけながら全力で疾駆してくるユニコーンを一瞥して美咲が呟いた。普通の馬は乗用車ほどの大きさだが、ユニコーンは二階建ての大型バスくらいはあるだろうか。

 人間を見下ろすほど脚や首は長く、最大の特徴と言うべき角は貝殻のように渦を巻いていて先端は鍾乳洞のように歪に尖っている。毛並みは檸檬のようにさっぱりと黄色いが、雨のように口元から垂れてべっとりと降り注ぐ唾液の粒や耐え難い悪臭を放っている。


 ユニコーンの脚力は普通の馬よりも筋量が多く、大きさはバス並でも速度はレーシングカーを思わせる。駆けるユニコーンが巻き起こす風が吹き荒れ草木を根からなぎ倒し、美咲の炎のように鮮やかな真紅の髪を揺らす。

 美咲の背後には橋がある。フォース橋という海にかかっている鉄橋だ。全長は二キロメートル長で、橋全体が美咲の髪と同じように真っ赤に塗られている。

 仮にユニコーンが突っ込んでも橋の下は海なのでむしろ好都合かもしれないが、まだ橋の上には線路が敷いてあり旅客列車が立ち往生している。鉄道なのでバックができない。このままでは列車の大勢の乗客がユニコーンに踏み潰されることだろう。



「でもそんなことはさせない。クスクス、むしろラッキーかもしれないわね。だって、特等席でこの私の生歌を聞けるんだから!」



 耳から口元まで伸びる小型マイク。電源が入っているのを確認し、大きく深く息を吸い込んで美咲は歌う。代表曲『サマーホワイトパウダー』のシングルCDに収録されているカップリング曲だ。

 演奏はなくアカペラだというのに美咲の圧倒的な歌唱力と表現力、そしてリズム感を維持したまま伸びのある発声を得意とする天性の歌声をマイクが集音し、掌のスピーカーに送る。



(さぁ、ぶちかますわよ!)



 歌を止めず、不敵な笑みを浮かべて手をユニコーンへと向ける。美咲の緑色の両眼が淡く光った。

 掌のスピーカーから流れた音は指向性を持つ。ユニコーン目掛けて生じた音、空気の振動を美咲は目一杯に増幅させた。

 ユニコーンが走ることで生じた余波は草木を刈り取ったが、その空気の流れを上回る勢いで逆向きの音波が放たれた。美咲を起点とし、Wi-Fiのマークのように扇形に、同心円状に音波が大きく激しくなっていく。


 地面がめくれあがった。緑の大地は草木が剥げて茶色い土の大地を晒す。音波はまずユニコーンの足元にあたり、それでも音の増幅は留まることを知らずさらに大きくなる。とうとう二本の前足が浮き上がった。さらにユニコーンは体内の構造も馬と類似しており、高い周波数を叩き込まれたことで平衡感覚を失った。



「ギュェェェェェェェォォォォォォッッッッッ!!!!!」



 ユニコーンは金切り声を上げながら仰け反り背中から地面へと激突。地響きが美咲の足元をグラグラと揺らす。だが歌声はブレない。揺らがない。今まで肺活量や体幹を鍛えてきたことが功を奏した。アイドル歌手としても能力者としても一生懸命に努力を続けたからこそ美咲はこうしてユニコーンを討つことができたのだ。


 遠く背後のフォース橋の半ばで停車している旅客列車の窓から顔を覗かせた大勢の乗客たちが歓声を上げる。指笛を鳴らす者や涙を流している者もいる。

 実況アナウンサーがそうであったように、様々な物語の世界の生き物がイギリスの街に出現したのも人々は演出だと信じて疑っていない。その中で世界的に売れている美咲の歌を間近で聴くことができて皆むしろラッキーだとすら思っていた。


 一番を歌いきった美咲はふうと一息つき、ひっくり返って痙攣しているユニコーンを一瞥する。



「クスクス、みっともないお馬さん。私が騎乗して跨るのはアイツだけなんだから」



 勝利のキメ台詞はナツキに捧げる。言ってみたものの、十五歳の乙女らしく恥じらい顔は真っ赤に茹で上がった。まだそういう関係になるにはほど遠いが、こうして誰かを守るために戦うことで少しだけナツキの近づけた気がした。

 力の大きさではない。力を誰のためにどのような思いで使うのか。美咲がナツキを好きになったのはそういう部分だ。特殊なスピーカーを用いた衣装で能力を扱いやすくなり戦闘力が向上しているのは間違いない。でも大切なのは、その大いなる力を誰かを守ることに使えたことなのだ。美咲はフォース橋の方へ振り向き、自分が守った人々へ手を振る。さらに歓声は大きく膨れ上がった。美咲もつい笑顔がこぼれる。


 だから、気が付かなかった。空からもう一頭が迫り来るのを。

 乗客たちの歓声が悲鳴に変わる。



(まず、間に合わない……)



 乗客たちの様子が変で、なおかつ突然影が差して暗くなった。異変を感じ取った美咲が空を見上げると、ユニコーンと同程度のサイズの馬が嘶きとともに急降下してきた。

 肌の色は水色。そしてユニコーンのような角はないが、背中には鳥を思わせる毛に覆われた二枚一対の翼が生えている。


 そう、ペガサスである。


 美咲は咄嗟に掌を上へと向けたが、すぐに歌い出してもスピーカーから音が出てそれが増幅されるまでの一連の流れには若干のタイムラグがある。

 他の音を使おうにも、彼女の音を増幅させる能力は音の発生する位置を適切に把握していなければならない。凄まじい速度で落下してくるペガサスからは空気を切り裂く音がするがそれを利用することはできないのだ。


 近くに使える音源はない。やはり歌うしかない。間に合え、増幅しろ、世界に届け。そう強く願って美咲は二番を歌い始めようとした。だが、口を開き声帯を振るわせようとするより先に、空から突進してくるペガサスの蹄が美咲の頭上に迫る。美咲はぎゅっと目を閉じた。


 ドォォォォ――――ン!!!


 ユニコーンが倒れたとき以上の地響きが起こりフォース橋をグラグラと揺らす。砂埃と土煙が舞い、抉れた地面の土砂が弾丸のような速度で飛び散る。乗客たちは悲鳴を上げた。憧れの歌姫が、踏み潰された。



「おいおい嬢ちゃん。油断はいけねぇよ油断は」



 美咲がゆっくりと目を開けると、視界は澄んだ青色をしていた。透明感のある青色が四方八方を覆っている。

 それは、たとえるならば『かまくら』であった。雪が降った日に作る小さな家のような物だ。日本人である美咲にとってもなじみ深い。ただし、そのかまくらは雪ではなく氷でできている。レンガのような氷が隙間なく積み重なり、美咲を包むように半球を形成していた。

 ペガサスの蹄は氷の曲線を滑ってしまい、何もない地面を蹴ってしまっていたのだ。


 砂埃が晴れる。冷気を払いながら美咲は氷のかまくらを出て声のした方を見た。



「ど、どうしてあんたが!? 犬塚牟田!」


「ま、世話になった人の領地だからな。一宿一飯の恩は返させてもらうさ」



 ペガサスは美咲と犬塚の二人を見据え、ギロリと睨みつける。ギリギリと臼歯を擦りながら水色の体毛を逆立て翼をバサリと舞い上げて空へと飛びあがった。馬のヒヒーンという心地よい鳴き声ではなく、『グゥィィィウォォォォ!!!!』という低く掠れたような鳴き声で再びペガサスは突進を図る。



「ったく、またその攻撃かよ。馬鹿の一つ覚えじゃねえか。馬だけにな!」



 犬塚の紫色の両眼が淡く光る。片腕を振るうと、地面から上空に向かって氷の荒波が生まれた。ピキピキピキ……と冷たい音を立てながら五、六メートルほどの高さまで氷が伸びる。先にいくにつれて細くなり、先端はランスのように鋭く尖っている。数日前に美咲を貫いたときと同じだ。

 一度高所まで飛んでから急降下を行ったペガサスは減速ができない。仕掛けられた氷の針山に自ら進んで突き刺さる。


 脱出を試みてバタバタと暴れるがペガサスの図体では広範囲の氷から逃れるのは難しく、翼にも霜が張っている。もはや飛ぶこともできない。



「嬢ちゃん、トドメは任せたぜ。氷は少しだけ溶かしてある」


「お気遣いどうも!」



 音が空気中を伝達する速度は秒速三四〇メートル。ただし水の場合、それが秒速一五〇〇メートルまで加速される。

 山のような氷の塊に触れた美咲は表面はうっすらと解けて水分がついているのを確認した。そして、息を吸い込んで歌い上げる。



「クスクス、みんな喜びなさい! これは今日この場限りのオリジナル曲よ! ……『天馬に捧ぐ鎮魂歌(レクイエム)』!」



 掌のスピーカーから音が鳴る。美咲が能力で音を増幅させると、空気中を伝わるより早く氷の表面の水を介してペガサスへと音の振動が届いた。氷柱のような針のむしろになっていたペガサスは身体を貫く氷から爆発的な振動を受け、血液を震わせ、そして断末魔とともに内側から破裂する。


 血や肉片の雨が降り注ぐ。犬塚が『おっと危ねえぞ嬢ちゃん』と呟き片腕を振るうと氷が屋根のように地面から生えて上空を覆った。能力の発動速度や規模はやはり圧倒的。美咲はあのとき自分が勝てたのは根性のおかげで、もう一度戦ったらどうなるかわからないと戦慄した。これが三等級なのか、と。



「さて。デケェ馬の二頭を討伐ってな。嬢ちゃん、大したもんだ」


「……クスクス、当たり前よ。だって私は彼に相応しい女になるんだから」


「カッ、黄昏暁と並んで戦えるようになりたいだぁ大きく出やがったな! 若ぇ。甘ぇ。だけどな、その青さがおいぼれにとっちゃ羨ましいぜ。嬢ちゃん、俺ァその心意気は気に入ったぜ。ガールズ・ビー・アンビシャスってな!」



 さて、他はどうなっただろうか。美咲も犬塚も、それぞれ自分の仲間へと思いを馳せる。

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