第25話 クールクラシックカフェ
これが『相手を殺害した』であればスピカも驚きはしなかった。それくらいスピカでもできるからだ。しかし、できるだけ傷つけずにという条件がつくと話は変わる。
相手はネバードーン財団によって強引に能力者にさせられた被害者だ。元は一般人。むやみやたらに害するわけにはいかない。
そしてスピカのように強大な能力を持つ人間にとってはそれが最も難しい。まして相手は錯乱・洗脳のような状態にありコミュニケーションを取ることが困難で、交渉も脅しも通用しないときた。
そのような条件下で、自分よりも上位である一等級の能力者が『殴って入院させた』という。どれだけ繊細な能力の使い方をしたのか。
(アカツキ・タソガレは私に対してなぜかすごく友好的だしどんな能力か尋ねたら教えてくれそうだけど……)
スピカはその容姿のため幼いころから今に至るまで多くの男性から下卑た視線を向けられてきた。自ずとそうした感情に敏感になってしまい、相手が自分をどういう風に見ているか直感的に理解できる。
そしてスピカがナツキに感じたのは友好や仲間意識だ。自分を女性としてまったく意識していないというわけではないのだろうが、まるで下世話な欲求を向けてこない。それだけでもスピカにとっては信頼に足る相手だという評価を抱く。
(敵でない人の手の内をわざわざ踏み込んで聞くのって好きじゃないのよね。美しくない。すごく下品。まるで、出し抜いてやろうとかどうやって倒すか脳内シミュレーションしてやろうとか考えてるみたいで。もちろん指揮官のような立場ならむしろ把握しておくべきなんでしょうけど)
そういうことで、スピカの中でナツキは『偶然出会った格上の能力者』だけでなく『人柄も良く友好的で、とても興味深い男の子』という評価なのである。ただ、改めて一等級の能力者は次元が違うのだと痛感させられた。敵にしない方がいい、と。
さて、スピカがここに来た目的はひとつ。連続失踪事件の被害者が見つかったという情報を入手し、財団の足取りを掴むためだ。
土曜の夜にスピカが倒した相手は日曜に目を覚ましたので話を聞きに行った。そんなとき、また新たに失踪していた中学生が見つかって病院に搬送されたと耳にした。そのため月曜になりこうして見舞いという形で近づいているのである。
(まさかアカツキ・タソガレも今回の事件に介入しようとしているのかしら……?)
だとしたら朗報である。前回、初対面のときは敵でないと確認できただけで充分だった。しかし味方になってくれるというのならそれほど心強いことはない。一等級の能力者というのはそれだけ大きな大きな戦力なのだ。
二等級のスピカだからこそわかる。おそらく、世界各国が手を取り合って能力者を除く全戦力を投入しても一等級の能力者は倒せないだろう。それほどまでに圧倒的なのだ。
「アカツキ・タソガレは」
「暁でいいぞ。長いだろう? 俺の名前」
「……アカツキは、どうして彼を?」
「この街で起きている例の失踪事件。そこに俺の大事な友人が巻き込まれた。だから手がかりを探すためにあいつに近づいたんだ」
「そう……。やっぱりあなたもこの事件を追っているのね」
「あなたも、って」
「私はその人と知り合いでもなんでもないわ。この花は話を聞く上での礼儀みたいなものね。……そして、私は犯人を捜している。捕まえて聞き出さないといけないことがたくさんあるから」
財団に関する情報なんていくらあっても足りないわ、とスピカは内心呟くのだった。
〇△〇△〇
ナツキとスピカは病院近くのカフェに移動した。空調がしっかりと効いていて、夏でも黒いローブコートという厚着をするナツキにとっては非常に助かる。テーブルや壁にいたるまで木目調に統一されていて、店主の後ろにあるラジカセからはよく知らないジャズが流れていた。
二人は向かい合って座った。ナツキはアイスコーヒーを、スピカはアイスティーを飲んでいる。二人の間には結局わたされなかった花束が悲しそうに横たわっている。
ナツキは日曜に何があったか、まずはそのあらましをスピカに話した。
「それで、アカツキは彼から話を聞いたのね」
「ああ」
スピカとしても財団メンバーと思われる犯人の情報を聞くことが今日の最大にして唯一の目的だったので、多少は気心の知れたナツキからそれを話してもらえるのならスピカとしても安心だ。何より、事件の被害者に事件に関することを二度も思い出させ口に出させるということにスピカ自身やや抵抗があった。誰にでも忘れたいほど辛い記憶というものはあるものなのだ。
(それにしても、スピカも誰か大切な人が今回の失踪事件に巻き込まれたのか?)
まさか自分がぶん殴った相手が実は非能力者を能力者にするネバードーン財団の悪質な実験の被験者だったとは夢にも思わないナツキは、そんなことをぼんやり考えていた。
ナツキとしても今は犯人を見つけて英雄の無事を確認することが最優先だ。同じ事件を追っているのならスピカからも情報を得ることが出来るかもしれない、という期待が少なからずあった。
(いや、探偵の真似事をしたいだけかもしれない。子供の姿になった高校生探偵の漫画を読んだ後は俺も腕時計つけて警察署の周りうろちょろしてたことあったしな)
「犯人について……見た目の特徴とか、潜伏していそうな場所とか、何か話していなかったかしら?」
「ん? ああ、ククッ、俺も同じことをあいつに聞いたよ。だがほとんど覚えていないと言っていた。ただ……」
「ただ?」
もったいぶったつもりはないのだが、思った以上にスピカが食い気味に続きを促してくる。
グラス表面の結露で湿った手をチリ紙で拭いてから、ナツキは指を一本ずつ伸ばして言った。
「工場。それから、地下。あいつが辛うじて記憶していたキーワードだ。あいつは工場の地下に連れていかれて、そこで頭に何かされたと言っていた」
「工場……? まさかそこって……」
「何か心当たりがあるのか?」
「失踪事件の被害者が見つかったって日曜日にニュースで見なかったかしら?」
「あー……ちょっと日曜は色々あってな。それは初耳だ」
「土曜の夜、あなたと別れてからのことよ。あなたと同じで首謀者の影を追っていた私は工場に行ったの。そこからはほとんど一緒。まるで感情がないみたいな状態で襲ってきたから撃退したわ。郊外にある使われなくなった工場、知らない?」
「ああ、あそこか。地域開発するための資材の加工や生産をする予定だったが、計画が止まったせいで労働者の供給がされないわ土地の権利を手放されるわで建てたはいいがほとんど使われないまま完全に捨てられた工場だな。一応確認なんだが、スピカが倒した奴は背が低くてかわいらしい見た目をしていなかったか?」
「いいえ。平均と同じか少し高いくらいの、いかつい男子中学生よ」
「そうか……」
土曜の夜ということで淡い期待を抱いたが、たしかに英雄が拉致されてすぐさまスピカを襲うような真似をするとは思えない。薬品を使うにしろ心理学的なマインドコントロールをするにしろ一時間や二時間でそこまでできるわけがないからだ。
実際は精神干渉系の能力があれば短時間でも可能で、スピカもその線はあり得ると思っているのだが、ナツキはそんなこと知る由もない。ここで焦ってスピカを問い詰めるようなことをしないあたり、昨日の夕華の言葉がナツキの中で深く残っているのだろう。
(それにしても、俺が戦ったあいつと同程度だとすればかなりの強さだと思うんだがスピカはどうやって倒したんだ?)
能力の存在を知らないただの中二病でしかないナツキが抱くのも尤もな疑問だ。ナツキを一等級の能力者だと勘違いし倒し方の器用さの方に関心していたスピカとはえらい違いである。
「それにしてもよく倒せたな」
「ええ、まあね。ほら、相手は事件に巻き込まれただけの被害者で、あんまりなことをするわけにもいかないでしょう? アカツキならわかってくれると思うのだけれど、能力の加減が難しくって」
「ククッ、ああ、わかるぞ、よくわかる」
深々と頷くナツキを見てスピカもやっぱりそうだったか、と納得する。
(持っている異能の力が強ければ強いほど殺さない、傷つけない、っていうのは難しくなるわ。もちろんそれができてこその一流で、私もアカツキも今回ちゃんとその「能力を持つ者」としての責務をまっとうしたのだけれど)
(ククッ、中二病はチカラの暴走が大好きだからな。スピカもなかなか重症じゃないか。俺も、加減ができなくて気が付いたら周りを血の海にした、と話したら本気にした夕華さんが血相を変えて救急車を呼ぼうとしたこともあったか)
互いに勘違いに気が付かないまま、飲み物だけが減っていく。
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