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第249話 絵本の世界の生き物たち

『ねえベティ。ウロボロスは不老不死の象徴だそうよ。うちで飼えないかしら』


『ヘビさんはいーーっぱい菌や病気を持っていますから、ラピスお嬢様のお体によくありません。動物を飼うのは我慢してください』


『そうよね……我儘言っちゃってごめんなさいベティ。でもいつか私の病気が治ったら、動物園に連れて行ってほしいの。ペガサス、グリフォン、ユニコーン、バジリスクにヨルムンガンド、それにケルベロスも! 外の世界には不思議な動物さんがいっぱいいるのよね。どれもとっても見てみたいわ』



〇△〇△〇



 イギリス・エディンバラ市街地上空に現れた航空機ほどの黒い大蛇は、自らの尾を噛み円を描いて空中に浮遊していた。


 森の木々をなぎ倒すように二頭の馬を疾駆する。片方には角があり、もう片方には翼がある。大型バスほどの大きさをしており、大地を駆けるたびに地鳴りを起こす。


 三つ首の狂犬が建物を破壊する。三階建てのアパートの住人はベランダから覗き込む六つの眼に射抜かれた。


 ウロボロス、ユニコーン、ペガサス、ケルベロス。

 他にも様々な空想の生き物がイギリスの地に出現した。誰も状況を正しく理解していない。実況のアナウンサーや番組プロデューサーもこれは主催者であるシアンによる演出の一環だろうと考えていた。



『ご、ご覧ください! コロシアムの天井が貫かれたかと思ったら、ドラゴンが姿を現しました! 非常にリアリティのあるCGテクノロジーで、別室のここまで熱が伝わって来るようです! 他にも、現在はこのイギリス、エディンバラの各地において、市民の皆様を巻き込むように豪華な演出が行われております!!』



 スクリーンから流れる呑気な実況の声を聞いた美咲は冷や汗をかいていた。



「ちょ、ちょっと! 街中にまでバケモノが現れてるじゃない! これもなんとかっていう子の能力なの!?」


「さっきの暁や高宮薫の言動からして、やはりそうなのだろうな」


「私もそう思います」



 エカチェリーナと秀秋も美咲に同意見だ。スクリーンには各地の映像が生中継で流されている。今はまだ誰にも危害を加えておらず建物の倒壊で済んでいるが、どの生物も大きさが大きさだ。通常の動物の数十倍はある。踏み潰されたらひとたまりもない。

 三人は顔を見合わせる。ナツキとスピカは最初に現れた黒いドラゴンの方へと向かった。ならば、残された自分たちが行くべき場所は決まっている。



〇△〇△〇



「そ、そんな、ラピス……。こんなはずじゃなかったのに。あなたが覚醒すべき能力は……」



 シアンは待機室で膝をついた。日傘が床を転がる。乱入してきたドラゴンの背にラピスがいることにシアンは誰より早く気が付いた。同時に、能力の覚醒を促し病を超克してもらうという計画が失敗していることも理解させられた。



「おいおい、こりゃどうなってやがるんだ」



 犬塚もまたスクリーンに映し出される多種多様な異形の怪物の姿に困惑している。非現実的な光景なので能力が関わっていることはたしかなのだが、誰が何の目的でこんなことをしているのかがわからない。


 黄昏暁陣営の待機室に行ってナツキを誘導し終えた薫がシアン陣営の待機室に戻って来た。そして崩れ落ちているシアンの横に跪くと、彼女の肩に手を置いて囁いた。



「キミが望んだことだろう? 能力が全部解決してくれる。病の娘を救う能力が都合よく覚醒してくれる。そんな自分勝手な考えがその娘を今、この瞬間、危険に晒しているんだ」


「……ラピスは私が救います」


「既に黄昏暁が向かったよ」


「だったらなおのこと」



 それだけ言い残しシアンは日傘を拾い上げ待機室を後にした。高宮薫はうーんと伸びをしながらスクリーンを眺める。巨大な怪物たちが街を、森を、闊歩している。



「ブラッケスト・ネバードーンがボクやセバスを動かした狙いは『来るべき地球外の生命体との接敵までに黄昏暁にできるだけ経験を積ませること』ってところかな。だったらもう大方の目的は達していると思うんだけど、さてボクはどうしよう。別にシアンちゃんやイギリスに恨みがあるわけじゃないしなぁ。二人はどう思う?」



 不意に問を投げかけられた犬塚牟田と碓氷火織の二人は当惑していた。シアンが娘のために星詠機関(アステリズム)を相手に五対五の決闘大会を開いたのは知っていたが、その娘とやらがこれほど強大な能力を持っているとは思わなかった。

 そして犬塚も火織もその五対五の戦いに参加するという仕事のみを依頼されているし、報酬や業務内容の契約もそのようになっている。別にシアンや彼女の娘を放置しても構わないし、イギリスの人々や街並みがどうなろうと二人には関係ない。


 それでも。

 二人は顔を見合わせる。自分たちがどうしたいのかを己の心に問う。やるべきことではない。やりたいことは何なのか。誰のために何を為したいのか。その答えはあまりにシンプルで、当たりまえのものだ。

 犬塚と火織の二人は顔を見合わせて頷く。シアンを追うように二人も待機室を去った。


 残された高宮薫はコロシアム全体の気配を探索する。こちらの待機室にはもう自分一人。そして、黄昏暁陣営の待機室にも誰にもいない。おそらく同様に戦場へと赴いたのだろう。



「ふむふむ。まあそうなるか。ボクとしては人間は屠り飽きてたし、馬鹿デカいモンスターを相手にしてみたいっていう欲求はあるんだよねぇ。セバスから与えられてた指示は全部クリアしたしもうここからは業務時間外っていうことで、ボクも勝手気ままに動いちゃおうか!」



 そうしようそうしようと笑顔で頷きながら、薫も軽い足取りで部屋を出る。コロシアムはもう空っぽだ。誰も残っていない。互いに敵陣営の人間を倒すために集った能力者たちは、共通の敵を見据えて戦いの箱庭を脱出したのだ。コロシアムなどという人為的な舞台ではなく、誰かを守るためのありのままの戦いの舞台へと。



〇△〇△〇



 戦闘機の速度はマッハ二程度だと言われている。また、機関銃をはじめ空対空ミサイルや空対艦ミサイルも装備している。

 ナツキは思う。きっとドラゴンは戦闘機とは比べ物にならないほど強いのだろう、と。


 ラピスを守るように放った咆哮が空間を軋ませる。バサリと翼を大きくはためかせると台風のような突風が吹き荒れ、そして助走もなく急加速してナツキたちを乗せた水竜へと突撃を仕掛けてきた。

 スピカは能力を発動し水を操る。水竜はその場で旋回し直線的なドラゴンの突撃を回避した。すれ違いざまの余波だけで吹き飛ばされそうになるのを懸命に堪える。


 通り過ぎたドラゴンは方向転換し再びこちらに狙いを定めた。今度は口を大きく開き、火球が蓄えられる。直径二、三メートルはある火炎のボールはメラメラと燃え、その高温で周囲に蜃気楼を生み、ドラゴンの首の振りに合わせてゴウッ! と発射された。



「その攻撃はさっき喰らったわ!」



 スピカが叫ぶと、水のドラゴンも同じように口を大きく開き火炎の球と同サイズの水の球を生成する。ただの水のボールではなく、内側後方ではスクリュー水流が生じている。スクリューは船のプロペラなどにも利用されており、推進力の源となる。

 そのためスピカが水球を水竜の口から発射したのは火炎球よりも後だったが、圧倒的な速度と推進力を得た水球は加速し、火と水の二つの球はちょうど二体のドラゴンの中間で衝突した。


 高温と低温。炎と水。相反する二つの塊が莫大なエネルギーをぶつけ合う。互いに相殺されたことで余ったエネルギーは音に変換され、爆弾のような衝撃音がナツキとスピカの耳を突き刺すように響いた。余波で下方の森の木々は薙ぎ倒される。

 水球は炎球を受け止めきったが熱エネルギーによってすべてが細かい水滴となった。白煙のような湯気だ。ただし湯気の量が桁違いで、霧のように二体のドラゴンたちを包む。まるで雲の中に飛び込んだような光景だ。



「ククッ、さすがスピカは良い判断をするな」


「当たり前じゃない。あの子、助けたいんでしょう?」



 湯気とは液体である。正確には水蒸気ではない。気体ではない。水蒸気は目に見えないが、湯気は目に見える。白い。あれはまだ水の状態が液体だからだ。

 形を捉えられるならば、湯気であってもスピカにとっては操作は容易い。水蒸気になってしまうと気体になるので集中力を要するが、むしろ竜が舞うほどの高所では気温が低いので水蒸気にならず雲に近い状態を保つ。


 スピカは湯気、つまり白く細かい粒となった水を操り、相手のドラゴンの視界をふさぐ。突然目の前が見えなくなったドラゴンは嘶き声を上げながら空をのた打ち回る。その隙に水竜はドラゴンの真上まで接近し、ナツキは水竜から飛び降りる形でラピスのいるドラゴンの背へと乗り移ったのだった。

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