第244話 戦闘狂の子作り理論
エカチェリーナは待機室で開始を待つスピカに尋ねた。
「調子はどうだ?」
「ばっちりよ」
「当たり前でしょ! 私とエカチェリーナが部屋譲ってあげてアイツ独占させてあげたんだから! でも変なことしてないわよね……?」
威勢よく胸を張ってそう言った美咲。だが途中から万が一があったのではないかと不安そうにか細い声になる。スピカは昨晩の自分がシャワーを浴びるナツキに突撃したことを思い出し、自分は何と大胆な真似をしてしまったのだと急に恥ずかしくなった。あのときは少し冷静じゃなかった。
そんな顔を赤くし俯いて黙りこくったスピカの姿を見て邪推した美咲はスピカの肩を掴んでぶんぶん前後に振り『何したのよーーーーー』と血涙を流しながら叫んでいる。
ニヤニヤ笑っている秀秋が遠いまなざしで三人娘の姦しい様子を眺めているナツキに尋ねた。
「本当に何もなかったんですかぁ?」
「ククッ、あまりふざけたことをぬかすと煉獄の焔でまた全身大火傷にするぞ」
「おー怖い怖い。冗談ですよ。その節はありがとうございました」
昨日のベティとの戦いで一酸化炭素中毒になって倒れ、身体は皮膚が爛れて骨まで黒く炭になっていたところを秀秋はナツキに救われた。一方のベティはシアンによってすぐさま医療施設に担ぎ込まれた。ナツキとしては別に能力で治してもよかったのだがシアンがその隙すら与えず迅速に搬送したのだ。
結果的に傷ひとつなくピンピンしている秀秋はナツキを揶揄うくらいの余裕がある。それどころか今日は高宮薫が戦うところを見られるということで頭は冴え目はギンギンに開いていた。
ナツキは『現金なやつだ』と苦笑いした。スピカたち三人がわちゃわちゃと絡み合っている様は非常に目の保養になるので、こうして少し離れたところで秀秋と雑談しながら眺めている。
秀秋との蟠りがないわけではないが、やはり狂ったように剣を振るってきた点で人生は似通っている。秀秋は事件を起こした父親を高宮薫に殺されて以降、能力に覚醒するまでの間は京都にはおらず全国を放浪していたという。その間、幼少時に見た高宮薫の剣を目指してずっと修練を続けていた。
自分はアニメのキャラに。秀秋は高宮薫に。円のときと同じで、優れた剣士は得てして憧憬や目標があるものだ。
これまでの四戦を振り返りあの敵を自分だったらどう攻略するかと想像しながら二人で話していると、スクリーンから耳障りな声量の実況がけたたましく鳴り響いた。
『さぁぁぁぁぁぁいしゅぅぅぅぅぅぅびぃぃぃぃぃぃいいいい!!! イギリス全土の紳士淑女の皆さまいかがお過ごしですか!? 決着がどうなるかをチェダーチーズが発酵するより長く待っていたような、でもずっと終わってほしくないと思ってしまうような、これぞアン! ビバ! レント!』
残っているのはスピカと高宮薫なのでいつものランダム抽選はない。スピカはすっと立ち上がり、いってきますとだけ堂々とした表情で伝えて待機室を出た。ナツキは何も言わない。出て行く寸前に目が合ったのだ。力強いスピカのまなざしを一身に受け、信じて見ていてほしいという意思をしっかりと受け取った。
他方、同じ頃、シアン陣営の待機室でも高宮薫が部屋を出ようとしていた。
「いってきまーす」
遊びに行くみたいな、随分と軽いノリで。
こちらの待機室は一人少ない。ベティはネバードーン財団の叡智と資金を結集して造った集中治療装置で昨日からずっと寝かされている。シアンの指示だ。腕の欠損などは不可逆なのでどうしようもないが、爛れた皮膚はネバードーンの再生医療技術でなんとかなる。
シアンたちも特に何も言わない。高宮薫が【漆黒の近衛兵団】であることを知っているので、実力は充分に折り紙つきだ。シアン以外は対等に戦うこともできまい。
黙って見送られていることも別に気にせずスキップするように軽やかな足取りで薫は部屋を出た。
〇△〇△〇
高宮薫はにこにこと笑って真正面のスピカを見つめている。紅白色の縁起が良さそうな巫女服に、長い黒髪。それを先のあたりで軽く結っている。
対してスピカは固い表情を崩さない。高宮薫という人間については秀秋やナツキからある程度は聞き及んでいた。曰く、二等級の能力者ですら倒してしまうと。本人の能力が六等級であることは橙色の眼を見れば一目でわかる。無能力者すれすれの等級だ。それなのに強い。
(ということは、警戒すべきは腰にある刀ね。……ていうか、ニホンジンって刀が大好きよね。アカツキだってわざわざ能力で武器を生み出すとき黒い刀だし。やっぱりサムライの血なのかしら)
武士は江戸時代の総人口の七パーセントと言われているので実際はほとんどが農民なのだが、ナツキをはじめ日本人はやはり日本刀に対して拘りや憧れがあるのだ。
「そういえばあなた、娘がいるそうね。それなのに巫女の格好なんてしていいの?」
「うん。いるよ。ボクの娘はキミと同い年くらいだったかなぁ。それに巫女が処女じゃないといけないなんてことはないでしょ? ボクは強い。だからそんなボクが認めるくらい強いオスがいると子供を作りたくなっちゃうんだ。十七年前に円を産んだのもそういう理由。今は、黄昏暁の遺伝子が欲しいなって思ってるよ。彼はボクよりずっと強いから。少なくともキミよりはボクの方が彼の相手に相応しい」
「は?」
薫の理屈は戦闘狂の思考だ。強い自分と自分より強い異性が交わればもっと強い子を成すことができる。強者は強者と惹かれ合う。いや、正確には強者は強者としか結ばれ得ない。薫の自信であり価値観である。
同時に、黄昏暁という圧倒的強者に相応しい女は同じく強者である自分であると。そうも言っている。
しかしそれはスピカの逆鱗に触れた。別に弱いと言われることはなんてことない。実力で黙らせればいいだけだからだ。それよりもナツキの相手に誰が相応しいかを勝手に決めたこと。自分本位に押し付けたこと。
スピカ以外にも多くの女性がナツキの恋慕の情を抱いている。彼の一番になりたいと皆思っている。でも自分だけが彼に相応しく他の女性は相応しくないだなんて横暴なことは思っていない。それはナツキ本人が決めることだ。だから彼にアピールする。選ばれたいから頑張る。
それを高宮薫は真っ向から否定してきた。ナツキの性格も何も知らずただ強さだけに目をつけて。
彼の優しさに触れ、真摯さに触れ、強さ以外の部分にも惹かれて恋をしたスピカたちにとってそれはナツキにもナツキを好きになった者たちにも最大級の侮辱である。
スピカは一度大きく深呼吸し怒りを鎮める。
「いいわ。だったら証明するだけよ。その考えが間違いであることをね」
「結構。ボクも全力でお相手させていただこう」
『さぁさぁさぁお二方とも立ち位置につきましたね!? それでは始めますよ、最終戦! 問答無用の最終日! ……え? 高宮薫氏が勝ったら二勝二敗一分けだから延長? マジ? その分の追加のギャラは出す? イヤッホォォォォウ!!! みなさん朗報ですよ! スピカ氏が勝てば黄昏暁陣営の勝ち! 高宮薫氏が勝てば明日から延長戦です! うーんどちらを応援すればいいかわかりませんね! それではスピカVS高宮薫、開始!』




