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第243話 裸の付き合い

「また来てくれたのね黄昏暁。待ちくたびれたわ。悠久なんて何の腹の足しにもなりはしないものね」


「あー……うん。まあそうだな」



 その日の夕方。ナツキは再び森を抜けてラピスに会いに来ていた。気配を察知することで近くに人がいないのは確認済み。もしかしたら自分が会いに来やすいように事前に人払いをしてくれていたのかもしれないな、とすら考える。



「俺が来なかったらどうしてたんだ」


「いいえ。あなたは絶対に来るわ。だって、今は()()時だもの」



 まったくロジカルではない。でもナツキはそんな笑顔でそんなことを言い放つラピスの考えを好ましいと思っていた。

 中二病は自分勝手なものだ。周りから見ればカッコ悪かったり意味が分からなかったり、全然合理的ではなかったり。そんなことばかり。それでも自分の心の正直に生きる。心の発露をそのまま言葉にする。だからラピスの言い分は理屈を超えたところにあるのだ。


 昨晩と同じようにナツキはガラス張りのバルコニーに寄り掛かって座る。すると合わせるようにラピスも椅子から降りて地面に尻をつけ寄り掛かった。身長は随分と差があるが、ガラス越しに背中合わせだ。



「今日あなたの陣営のお侍さんと戦っていた人はね、私のメイドなの。お母さまと同じくらい好きな人」


「お、お母さまってのいうのは……」


「シアン・ネバードーンよ。ベティは私とお母さまに仕えているの」



 やっぱりか、とナツキは内心頭を抱える。そんなことだろうとは思っていた。きっとこのまま聞けば色々と内部事情を話してくれるだろう。だがそれは幼いラピスを騙しているようでできればやりたくはなかった。



「……ベティは最後まで一生懸命だったな。俺は敵だが、きっとベティはどうしても勝ちたかったんだろう。それだけシアンやお前のことを心から想っていた」


「そうね。私もそう思う。でも、だからこそあんなやり方は嫌だったわ。ベティも無事じゃないと意味がないわ。いくら()()()()()()()だからって……」


「ちょ、ちょっと待て。ラピスのための戦い……?」


「そうでしょう? 影の国のお姫様の母親は、国の力自慢を集めて森に住む魔女を倒しに行く。そこで五体のトレントが邪魔をする。そして最後には全部倒して、お姫様の呪いは解けるの」


「呪いなんて……」



 ない、そう言えるのか? ラピスはいたって本気だ。冗談を言っている様子はない。それに中二病がいつでも本気だというのはナツキが一番よくわかっている。

 夕陽が半分ほど沈み空は紺色になりつつある。



「いや、そうか、だから五人なのか……。多くても少なくてもダメだ。なぜなら物語のトレントが五体、だから俺たちも五人である必要があった」



 元々違和感があった。シアン・ネバードンは父親であるブラッケスト・ネバードーンを裏切りその情報を星詠機関アステリズムに流してまでちょうど五人を送り込ませた。別に罠を張ってもいいし、こちら側が大勢送り込んでくることを警戒してもいい。

 そうしたあらゆる要素を排除しシアンは五人であることに拘った。その違和感の理由、五人であることの意味がラピスの発言によってつながった。



「なあラピス。もしも影の国のお姫様を助ける戦いにそいつらが負けたら……」


「皆が帰って来たわ! 黄昏暁、今日はここまでよ。また明日。太陽が一巡りしたらまた会いましょう」


「あ、ああ……」



 最も大切な質問を投げかけたそのとき、たしかにナツキも五人分の気配が屋敷に近づくのを察知した。ラピスはずっと屋敷に住んでいるので気配などではなく音や様子で経験的にわかったのだろう。

 ナツキは転がるように急いで立ち上がって庭を横切り茂みの中へと飛び込む。同じようにラピスも立ち上がり部屋のドアの方へ向き直っていた。


 立ち去る直前にナツキがもう一度ラピスの方を見るとベティがガラス張りのバルコニーにいるのが見える。ラピスに何か注意をしているようだ。

 そしてもう一つ。ラピスは顔も体もベティの方へ向けているが、身体の後ろで組んだ手はナツキへ向けてふりふりと振られている。彼女なりの別れの挨拶だ。


 ナツキは目を伏せると歯ぎしりをして、茂みの奥へ奥へと進みホテルへと帰るのだった。



〇△〇△〇



「ん?」


「どうかしたんかね、高宮薫」


「いいや。犬塚牟田くん。なんでもないよ。ボクの気のせいさ」


「シアンさん、私としては今日の夕飯は肉より魚だと思うのです!」


「そうね、火織にはイギリスの食事が美味しいのだということを叩き込んであげるわ。うちの屋敷のコックたちにはいつも以上に腕によりをかけるように言い聞かせておきます」



 コロシアムから屋敷までの道すがら、四つの人影があった。シアンは夕陽を遮るように日傘を傾けている。ベティはラピスが心配だからと先に急いで帰ってしまっていた。文字通り命懸けで戦った張本人が他の誰より元気よく走り去ったのだから、他の面々も苦笑いだ。


 ナツキたちにはホテルを取ってやったが、シアンたちの陣営は皆シアンの屋敷に寝泊まりしている。部屋は来客用にいくつも余っているのだ。


 四人の先頭に立って歩いているのは碓氷火織だ。コロシアムから屋敷までの道順は彼女に従った方が早い。どの信号がどのタイミングでどの色になるのか、車通りや渋滞はどうなっているか、そうした論理の積み重ねによって生じる事象を彼女は立体的に認識している。地図的には遠回りでも、彼女の言う通りの道に進むと結局最短ルートよりも早く帰宅できる。


 最後尾で高宮薫は目を閉じて微笑んでいる。犬塚牟田は彼女の不思議な様子を訝しんでいたが、そもそも彼女は元が変な人間なのですぐに犬塚も興味を夕食の話題に移す。



(黄昏暁。うん、良い男だね)



 遠く屋敷の気配すら察知する超人的な感覚を有した高宮薫は、少しだけ娘の想い人への横恋慕を抱き、そして彼の気配が去ると彼女もまた夕食の相談へと加わるのだった。



〇△〇△〇



「あれ? 美咲とカチューシャはどこに行ったんだ」



 ナツキがホテルの自室に戻るとベッドではスピカが足を伸ばして座っていた。ここは元々美咲も含めた三人部屋だし、エカチェリーナは昨日からナツキにべったりで部屋に来ていた。それなのに二人がいない。



「ミサキはエカチェリーナの部屋に行ってるわ」


「それはなんでまた」


「気を遣ってくれたんでしょ。まだ戦ってないのは私だけ。だから明日に備えて、その……アカツキを独り占めさせてあげよう、みたいな……」



 恥ずかしいのか顔を赤くしてもにょもにょ言っている。いつも堂々としているスピカにしては珍しい。



「そ、そうか。じゃあ今日はさっさと寝かせてもらおう。寝不足で大変だったからな。シャワーを浴びてくる」



 バスタオルと着替えを用意してバスルームに行き、衣服を脱ぐ。ナツキはぼんやりと考え事をしていた。ラピスのことだ。もしシアンたちが絵本の物語をラピスのためになぞっているのだとしたら、ラピスはどうなってしまうのだろう。

 ネバードーン財団は敵。当主ブラッケストの子供たちも敵。じゃあ孫は? ラピスだってシアンの下にいるのだから、敵。


 だからってラピスの事情を無視して自分たちが勝ってそれでおしまい、とはいかない。いかせたくない。


 シャワーの栓を開く。冷水の粒が肩や首を叩き、思考をクリアにしてくれる。徐々に水は湯になってきた。包み込むような温かさについ『ふぅ』と声が漏れる。


 そして、がちゃりとドアの開く音がした。



(ん? なんで……)



 ドアを開けたのは自分じゃない。だって自分はシャワーを浴びている最中だから。じゃあ誰がバスルームの扉を開けたのか。



「ア、アカツキ! 背中を流しに来たわよ」


「は、はぁぁぁ!!?? なんでスピカがここに!? というよりどうして裸なんだッ!」


「服を着てシャワーを浴びるバカがどこにいるのよ」



 女神のような白銀の髪がシャワールームの湿度で肌に張り付いている。胸の先端は髪で覆われているものの、その形までは隠せていない。立ち込める湯気で下半身は(もや)がかかったように見えなくなっているが晴れるのも時間の問題だ。


 ナツキの頭は見たいという本能と見てはならないという理性のせめぎ合いで焼き切れそうになっていた。


 昂る興奮の中でナツキは赤い右眼を淡く光らせる。



「ミーミルの泉! 二回分!」



 またの名を知識の泉。北欧神話において主神オーディンは知識を得る代償として片目を捧げたという。それ以来オーディンは眼帯をつけるようになった。

 ナツキは『夢を現に変える能力』でこの逸話を再現した。それも二回。おかげで黒い眼帯が二つ現れ、ナツキの両眼を覆い隠した。



「なんで隠すの……? 私の裸、変だった……?」


「そ、そそそそんなことないぞ! うん。とても綺麗で美しかった。だが、ほら、俺が我慢できる保証はないからな……」


「よかった……。プロポーションには気を付けて生きてきたけど、男の人に見せるのは初めてだから。でも我慢なんてしなくていいのに。アカツキの故郷には裸の付き合いっていう言葉があるんでしょう?」


「裸の付き合いってそういう過激な意味じゃないんだが……」



 と言ったそばから背中にもにゅんと二つの柔らかい感触が襲い掛かる。スピカはナツキの背中にタオルを当て、ボディーソープを垂らし、上下に擦り始めた。



「ん……ん……どう、かゆいところはない?」


「あ、ああ! 気持ち良いぞ」



 耳元で囁くように尋ねられ、上ずった声を出してしまった。視界を塞いでいるので感覚がいつもより鋭敏だ。柔らかさ、香り、ぬくもり、それらが一挙にナツキを刺激する。

 スピカに見られないように、事前に自分で用意していたタオルで下は隠している。



「スピカ、明日戦うのは俺じゃない。普通こういうのは逆じゃないか?」


「そうね。そうかもしれない。でもね、私が一番力を発揮できるのは……アカツキを感じられるとき。私は生き方も価値観も常に美しくあれと自分に言い聞かせてきたわ。それは誰のためでもなく自分のため。でも今は、好きな人にそう思ってもらいたい。私にとってアカツキは過去の私を全部捧げたい相手で、これからの私を見ていてもらいたい相手でもあるの」



 ナツキの背中に両手を当て、そして顔をそっと寄せる。スピカは頬を通し真裏から想い人の心臓の音を聞く。そして抱擁するように後ろから手を回した。スピカはナツキの腹筋や胸筋に触れて、年下でも男の子なのだと実感した。



「初めてアカツキと出会ったときはこんな気持ちになるなんて思わなかった」


「そうだったな。たしか銃口を突き付けられたっけ」


「そうそう。事件の関係者かと思って疑っちゃったのよね」


「ククッ、ほんの数か月前のことなのにな。もうずっと前から一緒にいるみたいな気分だ」



 ナツキを抱き締める力がぐっと強くなる。



「好き。大好きよアカツキ。愛してるわ」



 ダイヤのように透き通った美しい声がナツキの耳朶を揺らした。



「……ありがとう。でもゴメン。やっぱり、俺には恋人がいるから。スピカのことは大切に想ってるが、その……スピカの気持ちには今は応えられない」


「そう……。ええ、わかっていたわ。わかってるの。でも言っておきたいなって。その方が私、明日も頑張れるから。明日だけじゃない。これから一生ね」



 スピカはタオルを湯ですすぎ絞って水気を取ると、ナツキの背に手をついて立ちあがった。また扉の開く音がする。シャワールームを出るのだろう。



「あ、あとアカツキ。最後に一個だけいい?」


「なんだ?」


「比較対象を知らないからなんとも言えないけれど……大きいのね」



 何も見えていないナツキは、それでも急に恥ずかしくなって顔を赤くしタオルの上から股をぐっと抑えた。



「冗談よ冗談。何も見てないわ。…………でもいつか、ちゃんと見せあう関係になりたい、かな……」


「何か言ったか?」


「いいえ。なんでもない。それじゃあ私は先に出てるから」



 不思議がるナツキをよそにスピカはシャワールームを後にする。ナツキは何も見えていないので照れているのは自分だけだと思っている。しかし実はスピカもナツキの身体に触れ、頬を赤らめているのだった。

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