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第241話 ウェポン・スイッチ

 人は歩くとき、道のアリを気にするだろうか。気にする人もいるだろう。虫を愛し慈しむ者、或いは逆に虫を毛嫌いし近くに存在することを決して容認しない者。ともかく意識や注意が向くにはそうなるだけの理由がある。

 でも多くの場合、知らず知らず我々は踏んづけてしまっているのだろう。一寸の虫にも五分の魂と理解しながら。


 秀秋はベティを侮っていた。というより眼中になかった。彼の頭の中は高宮薫とその剣技によって埋め尽くされ、この戦いは自分をアピールする場くらいにしか考えていなかった。そして現に彼からすればベティは弱かった。

 だから、気が付かなかった。



「どんなに視力が良い人でも路傍の虫を踏みつける……。見える見えないじゃない。見ようという気があるかどうかの差。あなたが私を侮ってくれて助かりました」



 秀秋は能力によって強化された眼を凝らす。コロシアムの壁の両側には透明な糸がピンと張ってある。決して見えないわけではないのだ。光がわずかに屈折しているので、普通の人間は百人のうち百人が見えなくても秀秋なら見える。


 時折、日本でもピアノ線を用いた事件がある。道路に張られたピアノ線に気が付かずバイクに乗っている人の身体が切断されるというものだ。動きが速ければ速いほどその切れ味は増す。秀秋の戦闘能力の高さがむしろ仇となり、足首は切断されたのだ。



「なるほど、そういうことですか。。ちょっとベタつく糸を出す程度の能力で三等級なのは妙だと思ったんですよ。糸の性質は形状はある程度あなたの融通が利くというわけですね。粘着質な糸もあれば、透明な糸や強度が非常に高い糸も」



 腕と左足の力だけで立ち上がる。右のふくらはぎの先から血をだらだらと垂らしながら秀秋は分析し、眼鏡のブリッジをクイと押し上げる。

 糸はベティの手から出ているので、上空にいる間にコロシアムの両端に設置していたのだろう。そのベティはハンドガンを両手できっちり構えている。銃口が狙うのは秀秋の眉間。今の彼の足では俊敏な動きは叶わない。


 勝負あったか。スクリーンで観戦していた者たちもテレビを視聴する一般の人たちも誰もがそう思っていた。ナツキを除いて。



(いいや、あいつの狂気はそんなものでは止まらないぞ)



 かつて刃を交わしたことのあるナツキだけは、秀秋に嫌な信頼を置いている。そしてそれはすぐに他の者たちも知ることとなる。


 パンッ! と乾いた銃声が弾ける。リコイルを完全にコントロールした一撃は真っすぐに秀秋の脳漿を目指す。


 ぐしゃり。

 誰もが秀秋の脳が爆ぜる音だと思った。違う。その肉音は、秀秋が右足の断面を床につけた音だ。



「足がない? 激痛が走る? そんなの、高宮薫の剣を二度と見られないと知ったあの時に比べたら屁でもないッ!!! ハハハハハハハハハハ!!!!」



 秀秋は健常は左の足裏と切られた右足の断面という長さの違う左右の足で器用に地を駆け、大きく広げた腕で抜き身の刀を掲げベティに襲い掛かった。銃弾は秀秋の当たらずコロシアムの反対側の壁にぶつかって埋もれた。



「そんな、麻酔なしじゃ失神してもおかしくない激痛のはずなのに……」



 秀秋は口の端からよだれを垂らしながらジャンプする。刀を固く両手で握り、あらん限りの力を込めて刀を振り下ろした。

 下唇を噛んだベティは両掌を真上に向けて糸を生成。糸の性質は硬く。それを薄く広げる意識で円状に形成する。頑強な白い盾となった糸がガキンッ! と秀秋の剣撃を受け止めた。


 弾かれた秀秋は潰れてぐちゃぐちゃに変形した右足断面で着地するとそのままその足で踏み込んでベティの懐へと肉薄した。しかしベティも無策ではない。盾を放棄し、今度は両手で糸を編む。

 タテの糸とヨコの糸を組み合わせて編まれたネットがベティの目の前に展開された。隙間だらけなので突き攻撃は防げないが、斬撃には滅法強い。刀は糸のネットを引き延ばして目前まで迫ってくるが、弾性に受け止められて勢いを失った。


 さらにベティは腕を交差させて糸のネットで刀を巻き取り、粘着力で強く固着させ、回転をかけた。

 秀秋の握力を超える回転力がかけられ思わず手放す。唯一の相手の武器を奪ったベティは半ば勝利を確信した。だが。



「剣士が剣でしか戦えないというのは大いなる勘違いですよ?」



 秀秋はあっさりと刀を諦めると手刀をベティの首めがけて放った。頸椎をへし折ることは空気を切る音が聞こえるほどの速度なのでベティでも容易に想像がつく。このまま秀秋の刀を糸で巻き取り奪ったままにしていると自分は負ける。次善策として刀は遠くに放り、両手の糸は手刀を受け止めるのに使う。


 糸の盾を再び作ろうとしたが大きさが間に合わない。形成し切る前に秀秋の手刀が届いてしまい、わずかに後ずさる。


 その隙に秀秋は投げ飛ばされた刀を拾いに行った。秀秋からすればここで追い討ちをかけてベティを殺すよりもスクリーンで観戦している薫に自身の剣術を見てもらう方が重要。ゆえに刀を拾うことを優先したのだ。

 首からわずかに出血したベティは指を傷に当てる。するとシュルシュルと糸が剥がれた皮膚に穴を開け縫い合わせ裂傷を塞いだ。


 秀秋に刀を拾われるのはまずい。なんとか彼よりも早く走って刀を使われないようにしなければ。優先目標を整理したベティは両手を左右に広げる。それぞれの掌から編まれて太くなった糸が射出される。それぞれの糸の両端は壁に付着し、さらに掌から切り離して連結。

 全長数十メートルの糸を背にしてベティは後ろへ下がる。さながら巨大な弓だ。弾力のある太い糸が弦で、ベティ自身が矢。


 ダァンッ! と糸の弦が撓る。空気が震える。弾丸のように射出されたベティは空中で回転し姿勢を変え、仰向けになる。そのまま秀秋を追い抜き、宙を飛びながら秀秋の刀を拾いあげる。そして水泳のクイックターンのように空中で半回転して壁を蹴る。メイド服のスカートがバサリと舞った。


 右手には日本刀。左手にはハンドガン。メイドとは思えないほどヴァイオレンスな格好のベティは壁を蹴った勢いで秀秋に反攻の一撃を見舞った。



「自分の剣で、死ねぇぇぇぇ!!!!」



 今の秀秋は無手。確実に殺せる。

 さっきまで秀秋が握っていた刀が今は自分の手元に。銃で撃ってもよかったが、意趣返しがしたかった。眼中にないとばかりに侮った相手に屈辱的な敗北を喫すればさぞや悔しいことだろう。

 不格好だがベティはシアンのメイド兼護衛として戦闘技術は一通り修めている。その中に剣術も当然含まれていた。


 振り下ろされる日本刀。秀秋は迫り来る自身の愛剣を。


 ──二本の短剣でいなした。



「なっ……」


 

 ベティが驚いたのは確実に仕留められなかったからではない。まして秀秋が武器を隠し持っていたからでもない。



(その短剣は、()()()()()()()()()()()()……!)



 秀秋は能力によってベティが隠し持っていた武器を全て言い当てた。その中のひとつが短剣。メイド服の白いエプロン部分の裏側に潜ませていたのだ。



(そうだ、彼が手刀を私に見舞おうと接近したとき……私は糸のネットで刀を巻き取ることばかりに気を取られて彼の動きをきちんと見ていなかった)



 おそらくあのときに掠め取られたのだろう。ベティは刀を握りしめたまま着地するとハンドガンを乱発する。しかし秀秋は両手に構えた二本の短刀でそれらを一弾一弾全て弾き落とした。

 彼の超人的な聴力によって指の関節や銃内部のマグナムの作動音を聞き発射のタイミングを測れるし、超人的な視力によって弾道がどのようになっているかは目視できる。


 弾倉が空になったハンドガンを放り捨てたベティは背中からアサルトライフルを取り出す。そして入れ替わりに、糸で細長い包みを生成し鞘の代わりとして背中にくっつけて刀をしまった。

 床に膝をつきアサルトライフルを全弾フルオートで発射する。火薬の香ばしい匂いと耳をつんざく破裂音がこだまする。しかし狙いの定まっていない乱射は秀秋のジグザグな動きによって簡単に避けられた。


 弾切れになった隙を突こうと吶喊をかけようとした秀秋は、しかしその直前で足を止める。

 目の前はもちろん、いたるところに糸が張り巡らせられている。秀秋の視力だから気が付いたが、さきほど足首を切断したピアノ線のような透明な糸よりはるかに細い。

 前も後も右も左も。ジャングルジムや網のアスレチックにでも迷い込んだみたいに様々な向きで糸が張られている。



(乱雑な撃ち方はわざと……。ライフルの銃弾ひとつひとつに糸をつけていた、ということですか)



 それを理解した次の瞬間、ベティはアサルトライフルを釣り上げるような動作を行った。銃口が上を向く。途端に張り巡らされていた糸たちは引き絞られ、中心にいる秀秋を細切れにしようと四方八方から糸がカッターのように迫り来るのだった。

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