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第240話 暗器は損気

 ベティは秀秋の佇まいを静かに観察する。コロシアムで二人は向かい合っている。あとは実況アナウンサーによる開始の合図を待つだけだ。

 真剣なまなざしを向けるベティに対して秀秋は非常に落ち着いている。



(相手は日本の剣士。同郷の高宮薫さんからは軽く特徴を聞いてはきたけれど、それを私が対処できるかどうかは別問題……。そして、昨日奥様が繋いでくれた一勝を無駄にしないためにもこの勝負は絶対に負けられない!)


「随分と熱い視線を向けられると照れますね。ところでベティさん、薫さんは私について何か話していましたか?」


「……いいえ。特には」


「そうですか。……まあ私のことも忘れている様子でしたしね。というか会ったのは約二十年前、私が子供の頃ですし。いいでしょう。ここで私の剣術を見せ、そして彼女の脳裏に刻み込む。そうすれば少なからず彼女自身の剣にも影響が出るでしょう。私が、私の剣が、高宮薫の洗練された崇高な剣術を穢し、犯し、踏み荒らす……。ふふ、ふふははははははぁぁぁ!!!」



 ベティはぎょっとした。驚きたじろぎやや身を引く。さっきまで理知的な表情で柔和な微笑みを浮かべていたのに、高宮薫の話になった途端それが消え去った。いいや、表面上は笑顔なのだ。それなのに眼鏡の奥の眼はドス黒く濁り狂気を孕んでいるのがわかる。

 こんな男の真正面になど立っていたくない。本能からベティはたじろいだのだ。


 それなのに秀秋は突然無表情になった。ぴたりと笑い声も収まる。まるで電源が切れたみたいに。気持ち悪い様子ではなくなったはずなのに、ベティにはむしろそれが不気味に思えてしかたがない。



「背中にアサルトライフルが一丁。スカートの下、ニーハイソックスに挟む形でハンドガンがそれぞれ二丁。胸元にサブマシンガンが一丁。あとは袖の中に左右それぞれ投げナイフが五本ずつ。脇腹には短剣が二本。ポケットに入れているのはスタンガンですか? それからメイド服の装飾の下の至るところにグレネード。うーん……おそらくスタングレネードとフラググレネードの二種」


「なっ……」



 ベティは息を呑む。まだ戦いは始まっていない。テレビコマーシャルでも流しているのか実況からの開始の合図はない。しかしこの時点で秀秋はベティの装備を一つの間違いもなく言い当てた。



(そんな……完全に隠していて見えるわけないのに……!)



 そう、秀秋が列挙したベティの装備は全て表からは見えないところに隠し持っているものだ。もちろん身体検査をして上から触れば簡単にバレるだろうが、少なくとも一太刀も交わしておらずましてやそれなりの距離を空けて立っているだけなのだから気が付くわけがない。


 絶対に負けられない。ゆえにベティは最大限の準備をしてきた。武器は隠し持てるだけ隠し持ち、少しでも相手を倒す確率を高める努力をした。

 最悪殺すことになっても構わない。向こうには黄昏暁がいるのだから死んでもなんとかなるだろう。そのように考えて、銃火器は実弾を全弾しっかり詰めてきた。

 それを、戦闘開始前の段階で全て……。



「いわゆる暗器ってやつですね。相手の意識の外から確実に殺すため武器を隠し持つ技術です。はぁ……。つまらないことしますね。それじゃあ薫さんに私の剣をきちんと見せられないじゃないですか」



 まずい。目を合わせてはならない。どこまでも引きずり込まれる。ベティはそんな錯覚に襲われた。秀秋の狂気を受け止めることは常人のベティにはできない。

 秀秋の行き過ぎた狂愛は、高宮薫生存の事実によってこれまでにないほど高まっている。高宮円が高宮薫の剣に到達した先日の比ではない。高宮薫の剣を娘に再現させるという彼の計画は、本物の高宮薫を前にすれば塵と化す。代替物などいらない。正真正銘、真作がそこにある。


 ナツキですら未だ見たことのない、秀秋の心の深淵、その最奥である。

 待機室ではそのナツキが並々ならぬ気配を漂わせている秀秋に戦慄していた。



「ククッ……さすが剣だけで俺を追い詰めただけのことはある。やっぱりこいつは尋常じゃない」


「アカツキ、なんであの男はベティが持っている武器を言い当てられたのよ」



 秀秋と交流のないスピカが尋ねた。美咲やエカチェリーナも同様の疑問を抱いている。しれっと黄昏暁陣営として今日までの四日間行動をともにしてきたが、授刀衛にいたという情報以外はない。



「あいつの能力は、そうだな、言うなれば千里眼だ。視力の超強化。それどころかあいつの場合は聴覚も強化できる。嗅覚や味覚については本人から聞かなかったが、もしかしたら五感全般を強化する能力なのかもしれないな」


「そ、それってつまり、あの秀秋ってヤツは能力を使って……」


「ああ。どんなに姿勢に気を付けて歩いたって、わずかに金属の擦れる音は鳴るだろう。被服の擦れ方や繊維の隙間から見える色の違和感から隠している物の形状や体積を推測し、弾倉の中で揺れる弾丸の音質や音階から銃のサイズまで言い当てたんだ。……気色悪いほどの観察眼だな、まったく」



 スクリーン越しでも見える。秀秋の紫色の両眼は既に淡く光を宿している。三等級の能力が発動している証拠だ。

 そしてついに実況アナウンサーのうるさい声が響く。



『おっと、お二人ともお早い到着で! コロシアムには二人の男女がおりまぁぁす! 片や伝統的なイギリスのヴィクトリアンスタイルなメイド、ベティ! 片や伝統的なジャパニーーズのラストなサムライ、木下秀秋! まさに皆さまが見たかってであろう日英対決となっております! 一体どんな戦いが繰り広げられるのでしょうか! ではいきますよーー! 木下秀秋VSベティ、開始!!』



〇△〇△〇



 秀秋の能力は常に相手を観察するときにこそ活かされる。脈拍や筋の収縮と弛緩、わずかな姿勢の変化、その他もろもろ。体系化されていなかった古い時代に武術の世界で()や呼吸と表現されていたものを医学的かつ運動生理学的な見地から完全に読み取る。

 そのため、秀秋は先に刀を抜く必要すらない。いわゆる『後の先』だ。後出しでありながら相手より先に攻撃を当てられる。相手が動き出すタイミングも、動かす身体の部位も、全て視覚と聴覚で判断できる。


 そんな余裕に満ちた表情がベティに焦りを生んだ。ただでさえ忍ばせていた暗器もバレてしまったというのに。

 ベティは秀秋と同じく三等級の能力者。彼女もまた紫色の両眼に淡い光を宿す。



「死ねぇぇぇぇ!!!」



 伸ばした掌から白い線状の物体が射出された。秀秋は汗ひとつかかず稲妻のような抜刀でそれを斬り落とす。しかし納刀の直前、刃に付着したそれを見て訝しんだ。



「これは……糸、ですか?」



 わずかではあるが刃に巻き付くように白く細いものが付着している。線状なので太さにして数ミリメートルのごく小さなものではあるし刀の切れ味という機能性はほとんど損なわれていないが、能力によって五感に優れている秀秋は即座にその違和感を見抜く。


 視線をベティに戻すも、そこにはもう彼女の姿はない。



「隙だらけ!!」



 天井の照明から白い糸が下がっていて、ベティは片手で吊るされる形だ。振り子のように速度があり、なおかつ空いているもう片方の手にはハンドガンがある。

 しかし上空からの攻撃にも秀秋は難なく対処する。ベティがそういう動きに出ていることは全部聞こえていた。



「授刀衛は我が国の文化と伝統に誇りを持っていますからね。銃のような異国の兵器への対処は基礎基本です」



 柳が揺れるように全身の力を抜いてひらひらと数歩ずつ動き回るだけで銃弾は全て床に当たり火花を散らす。

 糸を離して床に着地したベティは、再び掌を秀秋へ向ける。サッカーボールサイズの丸まった毛玉のような白い糸の塊が二個、三個、と連続して発射される。

 これ以上刃をベタつかせたくない秀秋はあえて斬らずに軽く身体を左右に揺らして避けた。



「え、まさかそれっぽっちで終わりですか?」



 拍子抜けした秀秋は驚いたようにそう言った。別に侮辱したり嘲ったりしたいわけではない。心の底から呆気に取られたのだ。同じ三等級なのにこんなにも貧弱な能力なのか、と。



「まあいいでしょう。時間をかけても仕方ありませんから。これで終わらせてもらいます」



 腰の刀に右手をかけた秀秋は左手の親指で鍔を持ち上げ、抜刀の姿勢に入る。

 そして腰を落とし片足を下げ、急加速。


 ぶちり。

 次の瞬間、秀秋の右足首は切断され、右足だけをその場に残して頭から転げるのだった。

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