第24話 病院にはフルーツを、白銀の少女は花束を
月曜日。夕華が言っていた通りナツキたちの通う中学校は全校生徒が自宅待機ということになった。この休校という施策にどれだけの効果があるかはわからないが、在校生に失踪事件の被害者が出た以上は何かしら対策をしなければ保護者たちから苦情が入ってしまう。
二十件以上も誘拐事件を引き起こしておきながら犯人が逮捕されていないのだから今日明日で都合よく犯人が捕まるとも考えづらく、そんな状況で学校閉鎖など無期限にできるものでもなかろうに、と夕華はじめ教職員は半ば呆れ気味ではあったが、同時にそうすることくらいしか生徒たちの身の安全を守る術がないこともまた事実であった。
さて、そのナツキはというと自宅で待機するわけもなく。彼の姿は地元の小さな病院にあった。
受付で面会の許可を得て向かったのはある少年の病室。そう、先日ナツキが倒したフード男が入院している部屋だ。三一五と書かれた扉を二回ノックすると、中から「どうぞ」という声が聞こえてきた。
「邪魔するぞ。ククッ、思ったより元気そうだな。ほれ、差し入れだ」
リンゴ、バナナ、オレンジ、パイン、梨、桃。彩り豊かなフルーツバスケットをベッド横の机に置いた。事情が事情とはいえ殴り倒したのはナツキだ。それ故の、彼なりの見舞いの形である。
ベッドにいるのは入院服を着たナツキと同年代くらいの男子だ。たった一晩で随分と血色がよくなっている。昨日ナツキがめくれたフードから覗いたときはまるで死人のような容貌だっただけに、一瞬フード男と同一人物であることに気が付かないほどだ。
「ああ、ありがとう。えっと、きみがたしか……」
「そうだ。俺がお前をぶん殴り、警察と救急に連絡した」
「……本当にすまない。ぼんやりとだが、覚えているんだ。俺はきみにひどいことをした。その、ほら、殴ったり蹴ったりさ」
「そうだな」
「信じてもらえないかもしれないけど、あれは俺の意思じゃないんだ! ……まるで暗い部屋で体育座りをしながらテレビを観ているような、そんな風に何が起きているのかは理解してもこっちからは何も干渉できなくて……自分の身体が自分のものじゃないみたいな……」
苦しそうに昨日のことを思い出す姿を見て、ナツキは心底どうでもいいと感じた。彼がわざわざここまで足を運んだのは別の理由だ。
「ああ、大丈夫だ。俺は何も気にしちゃいない。それよりも、ひとつ聞かせてくれ。お前は市内で起きている連続中学生失踪事件の被害者ってことでいいんだな?」
「あ、ああ、たぶんそうなんだと思う。昨日の今日だから警察の人も詰問してこないが……明日か明後日か、軽い取り調べを受けることになるだろうよ」
「やはりそうか……。俺が今日お前に会いに来たのは他でもない。犯人は誰で、お前はどこに連れていかれた?」
「それがわからないから、たぶんって言ったんだ。俺自身、失踪してからの記憶は靄がかかったみたいにあやふやなんだよ。辛うじて覚えてるのは……あれは工場か何かか? そんでその地下室みたいな広いところがあって……たしか俺は頭を握られて……すまん、やっぱりこれ以上は思い出せない」
「いいや、充分だ。助かった。なるほどな。工場、か……」
ナツキは顎に手をやり考え込む。元フード男が言う工場というのがどこのことか。英雄もそこに一度連れていかれた可能性が高い。ならば調べてみる価値があるが、いかんせん市内だけでも工場などたくさんある。
ナツキの思考を遮るように元フード男はナツキに話しかけた。
「な、なあ。これだけはきみに言おうと思ってたんだ」
「なんだ?」
「俺を取り戻してくれて、本当にありがとう」
ナツキは驚いたような顔して元フード男を見つめた。顔にナツキがつけた拳の痣こそあるが、晴れ渡った笑顔だ。
「ああ。どういたしまして」
それだけ言い残してナツキは病室を出たのだった。
〇△〇△〇
病室を出てフロアの廊下を歩いていた。大病院ならば設備・規模ともに一流なのだろうが、ここの病院は築年数も経っておりあまり綺麗ではない。清潔感の象徴である白い壁や天井はところどころ茶色ばんでいる。病床数も多くなく、屋上を除けば彼が今いる三階が最上階だ。
院内は全体的にどこか閑散としていて、人の生き死にと関係ない部分で陰鬱さを醸し出している。ナツキがいるフロアに並ぶ十数室の病室は名札がなくどこも空き室なのだ見て取れた。
(こんな状態で経営は成り立ってるのか……?)
そもそもフロアの廊下を歩いているのだって、エレベーターがないからだ。一か所だけある階段までわざわざ歩いて向かわねばならない。
窓から見える景色もとても緑豊かな季節だとは思えない。明らかに養分が足らず葉がボロボロになっている木々など縁起が悪いのだからいっそ処分してしまった方がいいのではないか。とはいえそう伝えようにも病室が埋まっていない以上は医師や看護師が見回りに来る機会も少なくこのフロアで一度も目にしていないのだが。
だから、階段を下りようと廊下の角を曲がったところで見知った顔を見つけたときの驚きはナツキ自身が想像していたよりも大きかった。
「スピカ?」
「あら。アカツキ・タソガレじゃない。どうしてこんなところに?」
「それはこっちのセリフだ。知り合いの見舞いか?」
白銀の長髪に黒で統一したファッション、何より老若男女問わず視線を集める芸術品のようなプロポーションや顔立ち。世界広しと言えどこれほど特徴的な人物をナツキは他に知らない。
スピカが花束を持っていたので見舞いなのだろうと判断することに疑問はないだろう。
高貴さが漂っているようにすら感じられるスピカ。そんな気高いオーラの彼女の知り合いがこのようなオンボロ病院に入院しているとも思えないのだが、しかし病院に花束という組み合わせはそうとしか思えなかった。
「え、ええ。そんなところよ」
スピカもスピカで驚くような困惑するような素振りなのでナツキも妙に思ったが、公共の施設では前回のような中二ノリをフルスロットルにできず、平常状態で自分と会話するのがこっぱずかしいのだろうと解釈した。
(いいや、ちょっと待て。この階段は俺がついさっきいた奥の病室とは真反対にある。フロアの端と端だ。で、そこまでの間、患者が入院しているのは俺が行った一室のみ。ということは……)
あまりに人気のない病院という違和感、そしてそんなところにスピカのような人間がいる違和感、二つが一つになって大きな違和感となりナツキを襲う。
そしてあるひとつの結論にたどり着いた。
(まさか、俺が殴り飛ばしたあいつはスピカの知り合いだったのか……?)
だったら申し訳ないことした。見舞いに来るほどなのだ。浅い仲ではないだろう。仮にも相手は同じ中二病という同志だ。不義理をはたらくような真似はしたくない。
「スピカ、お前に謝らないといけないことがある」
「私に?」
「スピカが見舞いに行こうとしている男なんだが……俺が殴ったせいで入院することになったんだ」
決心して話したナツキは、スピカにぶたれるくらいの覚悟はあった。しかし当のスピカはというとその表情は驚愕と畏怖に包まれている。
(財団の能力者を殴るだけで倒すなんて、やっぱり一等級の能力者は格が違う!)
本作に関して謝罪すべきことがありますので、お時間がある方は一度活動報告をご覧になっていただければ幸いです。