第239話 スカートで膝枕はかなり際どい
「どうもお疲れみたいですね」
「ああ、いや、うん、まあそうだな……」
秀秋の指摘に対してナツキはげっそりと疲れた顔で答えた。結局、昨晩はラピスの名を聞いてから急いで会話を切り上げてその場を立ち去った。だが案の定と言うべきか再び森で迷ってしまい、結果的に徹夜で四日目の朝を迎えてしまったのだ。
ラピスからは『また会える?』と尋ねられたが、その返事も曖昧にしたままだ。申し訳なくもあり、同時に困惑もしており。ファミリーネームからしてネバードーン財団の血縁者なのは間違いなく、ここから程近い場所であることと彼女の年齢を鑑みるにシアンの妹か娘であるということは想像に難くない。
待機室では黄昏暁陣営の男性陣二人が先に到着している。秀秋はどこから用意したのか急須で淹れた緑茶を湯呑に注いですすっている。一息ついた秀秋は唐突に言った。
「五〇パーセント」
「は?」
「私が高宮薫と当たる確率ですよ。今日を入れてあと二戦。今日か明日かはともかく、私と高宮薫の対戦カードになるのは五〇パーセントです」
「ああ。そうだな」
「私は彼女の剣をもう一度見たくて、それだけのために生きてきました。彼女の娘の高宮円に近づいたのも、あなたが聖皇に招かれたのを利用したのも、全ては畢竟そこに行き着きます」
「じゃあなんだ、お前は高宮薫と剣を交えることができて人生に満足したら円に頭を下げられるのか?」
「ええ」
秀秋の表情はサッパリとしたものだ。曇りのない眼は据わっていてむしろ一色に染まり切っている。一見すると誠実そうに見える男だがその実サイコパスじみたところがある。共感性が低く、自己愛があり、目的のためなら手段も犠牲も問わない。
ナツキは秀秋の外道で教師失格な性質を知っている分、そのサッパリとした表情には爽やかさはなく不気味さだけが見えているのだ。
「おはよう!」
「おはー」
「おはよう」
待機室の扉が開き、順にエカチェリーナ、美咲、スピカの三人が入って来た。しかしどこか雰囲気は暗い。不思議そうに首を傾げるナツキに対して、秀秋は『最強の能力者でもまだまだ人間関係は不得手なのだなぁ』などとしみじみ感じている。
「ど、どうかしたのか?」
「どうしたもこうしたもないわよ! せっかく暁と同じベッドで寝られると思ったのに起きたらいないし! 代わりにエカチェリーナがなぜかいるし! 暁かと思って寝返り打ちながら跨って抱き着いのにぷよんぷよんのおっぱいに受け止められた私の虚しさわかる!?」
「ミサキと同意見ね。まさかエカチェリーナまで私たちと同じ……というか、ライバル……というか、ともかく、恋敵になるなんて思ってなかったわ。盲点ね」
「私が目を覚ましたときには両サイドからスピカと美咲に身体を押し付けられていて驚いたぞ。暁、まさか初日や二日目の晩もあんなふしだらな夜を過ごしたのか? 私は妃として愛人の一人や二人認めるが、それにしても私を優先してもらいたいものだな。ほら、私は妃だろう? 妃。うむ。妃だからな」
やたらと妃という言葉を強調しナツキとの親密さをアピールするエカチェリーナに、スピカと美咲はジト目を向けた。エカチェリーナはなぜか腰に手を当て胸を張ってドヤ顔だ。
「そうは言われても……。三人の気持ちは嬉しいが、俺には夕華さんという心に誓った人がいてだな……」
「高宮円さんもあなたのこと、好いてましたよね」
「そういえば北斗ナナもアカツキのこと大好きって言ってたっけ」
秀秋とスピカが思い出したように呟き、ナツキは『五人じゃん!』と心の中で叫び贅沢な血の涙を流す。
すると秀秋は他人事なのを良いことに愉快に笑いながらナツキに言った。
「でも想像してみてくださいよ。あなたのことを愛している女性たちが、服をはだけさせ色っぽい下着をまとい乳を押し付けながらベッドで迫って来るんですよ?」
「なっ……」
言われてみれば全員巨乳だ。そして美人。美少女。ナツキはよからぬ妄想をリアルに脳内に描く。思春期の男子中学生にはあまりに過激。顔が赤くなり、当然とばかりに鼻からは二筋の真っ赤な血が垂れる。
ばたり。急な貧血で倒れて顔から床にぶつかった。最近は性的に興奮しても鼻血を出さなくはなってきていたのだが、徹夜をしたせいで体調不良と睡眠不足になっており意識は容易くシャットダウンされてしまった。
「初心ですねぇ」
秀秋はしてやったりとばかりにクククと笑う。ナツキに一度は敗北したがその仕返しは意外にも簡単だ。大人で教師な秀秋にとって男子中学生の心理を操るなど児戯。能力ではなくただの年の功だ。
半分ほどになった湯呑に茶を継ぎ足し、姦しい三人の少女が倒れたナツキに駆け寄ってくんずほぐれつの看病をしている様を肴にずずずと緑茶を飲み続けるのだった。
〇△〇△〇
『さぁみなさん、残すところ二日、二試合となりましたよぉぉぉ! 先に二勝されてしまい崖っぷちに立たされたシアン陣営でしたが、昨日はシアン・ネバードーンの圧倒的な力によってエカチェリーナ・ロマノフに勝利。しかし依然として一戦も落とせないのは間違いない! つまりクライマックスッ! 最終日を待たずしたクライマックスッッなのです!』
実況がうるさくてナツキは目を覚ました。ベンチに寝かされているのだろうか。真上を見上げても暗くて何も見えない。ぼやけた視界がはっきりとし、徐々に頭も明瞭になると眼前の光景をやっと正しく理解した。
真下から見ると、肌色。そして曲線。視界が球体に覆われている。そして燃える炎のような鮮やかな赤い髪が見える。
(美咲に膝枕されているのか……。いやちょっと待て、下乳で俺の視界を塞ぐということは胸の球体は俺の頭より大きいということになるんだが。俺より年上とはいえまだ中学生だよな?)
もんもんとしているナツキをよそに、例のごとく十人分の顔写真が表示された。そのうち既に六名はグレーに影がかかっている。残るところ二戦、四人だ。
まだナツキが寝ていると思っているのか、スクリーンを眺めながら美咲は膝の上でナツキの頭を撫でている。そういえばショッピングモールでもこんなことあったな、と思い出し、あの頃から美咲は自分を好いていてくれたのかと思うと照れくさい。
太ももは柔らかくどんな枕よりも気持ち良い。少し寝返りを打てばへそ出しのお腹が見え、さらに角度をつけて寝返りを打つとスカートの中にまで顔が入ってしまいそうだ。一応ライブ衣装なのでスパッツか何かは下に穿いているのだろうが。
へそをじっと見つめる。スクリーンには背を向けているので、今日の第四戦の対戦カードがどうなるか見えない。
ピピピ……と機械音が聞こえる。音の感覚は短い。両陣営それぞれ二人から一人選ぶだけなのできっと交互に明滅しているのだろう。そして一分と経たないうちに機械音は止まった。続いて実況アナウンサーの耳障りな大声が鳴り響く。
『さぁぁぁぁぁ決まったぁぁぁぁ!!!!! 第四戦は黄昏暁陣営から虚宿……え? 違う? 改名? ええと……木下秀秋、そしてシアン・ネバードーン陣営からはベティが選ばれましたぁぁぁ!! 必然的に明日の最終日はスピカ対高宮薫ということになりますね。それでは選ばれた二名はコロシアムにお越しください!』
秀秋の名前の由来について。四章にて、主人公らを裏切らせようとは思っていたので、小早川秀秋にちなんで『秀秋』としました。
本名の姓が『木下』なのは小早川秀秋が豊臣秀吉の甥だからです。秀吉が木下藤吉郎と名乗っていた頃に養子になっていて、小早川秀秋の幼名の姓は木下となっていました。