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第228話 オーロラ・レボリューション

 互いに睨み合い相対する。レグルスとセバスの間にあるのは達人の間合いだ。能力のタネは二人とも割れている。武器も手札もバレている。あとはそれをいつ出すか。どう出すか。拳のぶつけ合いではない。読み合い。思考を、動作を、心理を、読む。


 セバスは特にレグルスの周囲で散乱しているものに気を配っていた。口にしたものの特性を得る能力は応用が利く。ちょっとした小物や何かの破片、そして事前に持ち込んでいる物。何を食べるかを注視しておけばどんな特性を得た状態に変化したか予測をすることができる。


 レグルスは特にセバスの手の動きに気を配っていた。底なしの謎空間を作る能力は応用が利く。短時間ではあるが戦ってみてわかったのはワープに使えることとどこにでも出現することだ。ただし最初に円を描く動作を要している。発動したら三六〇度を三次元的に警戒しなければならないが、それまでは手の動きだけ見ていればいい。


 互いに相手の能力を応用が利くと思っている。何をしてくるか、いつ仕掛けるか、手数が多い相手と戦うときほどそれらを把握する価値は大きい。


 じりじりとにじり寄る。視線は外さない。

 今にもぶつかる。緊張感が風船のように膨れ上がっていく。


 ドォォォォォンッッッ!!!!!



「レグルスさぁぁん、大丈夫ですか?」



 二人を遮るように天井から巨大な手が振り下ろされた。ただのチョップ。されど巨人のチョップ。レグルスもセバスも全力で後退し一度距離を取った。

 巨人の掌の上に座っているミモザが顔を覗かせた。大部屋からこの真白の広い空間まで力ずくでぶった切ってきたのだろう。



「ウオォォォイッ! バカガキ! 今いいとこだったんだぞ!?」


「あれは……。なるほど、外の連中は全滅しましたか。ふむ、さすがの私も二十一天(ウラノメトリア)を二人も同時に相手にするには無傷とはいきますまい。ブラッケスト様をお守りできなくなるのは困りますからな。勝負は預けておきましょう」



 セバスの青い両眼が淡く光る。すると、ゴゴゴゴ……という音とともに建物全体が下がり始めた。まるで沈むみたいに。

 地盤沈下? あり得ない。ここは南極大陸。そもそも『地盤』自体が存在しない。セバスはタイルが砕けてボロボロになっている床を力いっぱい踏み抜いた。コンクリートが貫通する。本来は冷たい南極の海が存在するはずのその場所は、黒く渦巻く底なしの空間になっていた。セバスはそこに飛び込み、姿が消えた。


 彼の能力を知っているレグルスだけは最悪の状況を想定した。想定できてしまった。



「ガキィ! オレに掴まれ!」


「は、はい!」



 壁を瓦礫を蹴りながら軽々と天井付近から顔を出す巨人の上半身までたどり着いたレグルスはミモザの襟を引っ張った。ミモザは自身の能力を解除し、レグルスのジャケットの裾にしがみついている。

 レグルスは空いている方の手でポケットから掌サイズの小さな缶を取り出した。そのキャップを口で咥えて強引に外し、さらに缶の中のガスを吸引する。



「舌噛むんじゃねェぞッ!」



 レグルスとミモザの二人はふわふわと空中に浮いた。浮いただけではない。上昇していく。天井は巨人が壊したので(ひら)けている。オーロラの美しい南極の夜空に引っ張られるように上へ上へと進む。

 汚染された都市部と違い澄んだ綺麗な空気が肺を満たす。あたりの氷の大陸や氷山が見下ろせる。夜空に近づくほどにそれらは小さくなっていく。



「あ、あれはなんですか!?」



 ミモザは下を見て叫んだ。ブラッケストの南極拠点は非常に大きい。タテに大きいビルやタワーと違い、ヨコに拡大している倉庫や工場のようなタイプの建造物だった。ざっと幅は数百メートルはあっただろうか。

 その建物の全体が、黒い巨大な円形の穴に吸い込まれていく。落ちていく。白い南極の氷に描かれた黒い円。それはレグルスが散々目にしたセバスの能力だ。



「あのクソジジィ、事前に施設の周囲を円形に刻んでやがったか」



 まるで自爆スイッチだ。あの黒い空間がどこに続くのかは知る由もないが、ミモザが殺した敵の傭兵たちの遺体も一緒に落ちていっている。

 苦々しく氷の大地を見下ろすレグルス。だが、ミモザはポカンと彼を見上げていた。



「あの、レグルスさん。……なんでそんな変な声なんですか?」



 そう、しみじみとこの場にいないセバスへ悪態をついたレグルスの声は奇妙だった。高いのだ。それも宇宙人みたいなキンキン声。



「うっせぇぇ!! 空気より比重の軽いヘリウムガスを食って咄嗟にテメェが落ちねェようにしてやったんだぞッ! アアンッ!?」



 怒るレグルス。ウルフカットの茶髪もどこか逆立っているように見える。彼が先ほど吸引したのはヘリウムガスだ。変声で遊ぶパーティグッズではなくて風船を浮かせるのに使う業務用である。普通の人間は死亡してしまうので絶対に吸引してはならないのだが、レグルスは並々ならぬ身体の持ち主なのでこうしてピンピンしている。


 はぁぁ、と深く溜息をついたレグルスは上へと引っ張られながら近づく星空を見上げた。デパートや遊園地で注意散漫な子供に手放された赤い風船はきっとこんな景色を見るのだろう。いいや、それよりもずっと綺麗な空かもしれない。尤もレグルスは風船を買ってもらえるような幼少時代は送っていないのだが。



「貧しい国の片田舎で死にかけの戦争孤児だったオレは残飯やら動物の死骸やら食って辛うじて生き延びて、そんで餓死する寸前で食ったもんの特性を得る能力に覚醒したってのよォ。まさかあんときのオレは将来ガキンチョにヘリウムガス吸ったダセェ声を笑われながら星空を飛んでるなんて夢にも思わねェだろうなァ」


「レグルスさん、わたし笑ってないですよ。だってわたしを助けるためだったんですよね? だったら笑いません。むしろありがとう、です。きっとパパもママもこういうときはお礼をしなさいって言うと思うんです」


「ケッ、別にお前を助けるためじゃねぇ。どっちにしたってあの黒い穴に落ちたらオレだってヤバかったからな」


「でもありがとうはありがとうなのです。レグルスさんって本当は親切ですよね?」


「なっ……違ェェ!!!!」


「ふふ、そうですね。そういうことにしておきます。……あっ、見てくださいあれ! すごい綺麗なオーロラですよ。わたし初めて見ました」


「ん? ああ」


「赤に紫、それに緑や青。ばらばらな色なのに一つの場所にある……。オーロラってなんだかわたしたちみたいですね。生い立ちも違います。性格も価値観も、能力だって違います。でも二十一天(ウラノメトリア)のみんなわたしの大切な仲間なのです」


「……ガキンチョが悟ったこと言ってんじゃねェ」



 この後に会話はなかった。レグルスはミモザを抱え、ミモザはレグルスにしがみつき。澄んだ星空を背景にしたオーロラを無言で眺める。能力が解除されて落下するまでそれは続いた。


 ブラッケストの南極拠点は跡形もなくなっていた。資料も人も何もない。あるのはレグルスが建物内で見た目撃情報だけ。二人は報告のため星詠機関(アステリズム)本部へと帰投するのだった。

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