第22話 私はあなたたちの先生なんだから
もちろんナツキとて被害者全員の顔を把握しているわけではないが、被害者の中学生の保護者が積極的な捜索と情報提供を期待しており彼らの顔写真は大々的に報道されていた。特に二十件目は英雄を除けば最も新しい。ナツキの頭の中にもその顔は間違いなく残っていた。
被害者であるこの男が、同じく被害者である英雄について何か情報を持っているだろうか。
その可能性は低いかもしれない。しかし英雄への手がかりがほんの少しでもほしいナツキにとっては関係者というだけで一縷の希望である。
半ば怒りに任せて胸倉を掴んで揺さぶる。前後に、強くに。
ぐったりと力なく倒れているフード男が目を覚ます様子はない。
ナツキは『クソっ』と悪態をついてフード男を離す。地面に転がるその姿を見やって、ひとつ深く溜息をつき、ポケットから携帯電話を取り出して警察にかけた。
〇△〇△〇
夕華が学校での緊急会議を終えて帰宅したときには陽が傾いていた。玄関にナツキの靴はあるので、あれからナツキも帰って来たのだろう。
会議は午後からで、家を出るまでの間ナツキはずっと外にいたので最低でも軽く数時間は英雄に関しての情報集めをしていたことが予想される。
夕華は二階に上がりナツキの部屋の前に行った。ノックをしようと手をドアにもっていったところで一瞬、戸惑ってしまう。もしかしたらそっとしておいた方がいいのではないか、と。しかし意を決して夕華は二度ノックした。
「ナツキ、帰ったわ。入ってもいいかしら?」
返事はない。もしかしたら寝ているのか。それならそれでもいい。夕華はドアを開いた。
ナツキは夕華に背を向け、身体を丸めてベッドで横になっていた。服装が外行のままなので帰ってきてからずっとこうしているのだろう。夕華はベッドの横で両膝をつき背中越にナツキに話しかける。
「さっき会議で休校が決まったわ。明日、月曜日から期間は未定よ」
「……」
「あまり自分を責めないで。悪いのは犯人であってナツキじゃないんだから」
「……友達って何なんだろうな」
「そうね……。私にとって友達と言ったら……やっぱりハルカよ。ハルカの弟であるナツキにこんなこと言うのも変だけど、ハルカっておっちょこちょいだし、ずぼらだし、昔から私はずっと助けてあげてきた自負があるわ。でもね、私はそれを好きでやっていたの。だって友達だから。見返りなんていらないし申し訳なく思ってもらう必要もない」
「……」
「そんな私たちが一回だけ大喧嘩したことがあったわ。そう、ちょうどナツキが産まれて間もない頃ね。今にして思えばハルカもお姉ちゃんになる不安があったんでしょうけど……。あの子、こう言ったのよ。『ダメダメな私でごめんね。いつも迷惑かけてごめんね』って」
「……それでなんで喧嘩になる?」
「だってハルカには私が迷惑な目にあっているように見えていたんでしょう? 私はハルカにそんな風に思われていたことがショックだったわ。だから言ってやったの。あなたがどんなにダメ人間でも、私はあなたの隣にいて幸せだった、私を勝手に不幸な人に仕立て上げないで、ってね」
「……」
「もし結城くんが本当にナツキのことを友達と思っているなら私と同じような気持ちのはずよ。ナツキが自分を責めて、自分のせいであいつは不幸な目にあっているんだ、なんて決めつけるのは友情じゃない」
「……だったら……だったらどうしろって言うんだよ! それじゃあ英雄は救われない! 今頃どこかに閉じ込められているかもしれない。誰かに痛い思いをさせられているかもしれない。それなのに、それなのに……俺は何の力にもなれやしないんだ……」
ナツキは起き上がり夕華の方を向いて涙ぐみながら言った。部屋の窓から夕焼けが二人を照らし影を延ばす。ナツキの赤と黒のオッドアイからツーと一筋の光が流れ落ちた。
夕華はナツキをあやすように抱きしめた。ナツキも夕華に身体を預けている。すぐ横からナツキのすすり泣く声が聞こえる。
「質問に答えるわね。私にとって友達っていうのは、一緒に背負うこと、かな、楽しいことも悲しいこともね。幸せなときはその幸せを一緒に分かち合う。ダメなところは一緒に乗り越える。それが友達よ。だから私はハルカのダメな部分も一緒に向き合っていけばいいって思ってた。今回のこともそうよ。結城くんに不幸なことが起きたとしても、それを一緒に分かち合うの。何もしないで結城くん一人に背負わせるだけでもいけないしナツキが勝手に一人で背負ってふさぎ込むのいけない。だからナツキが結城くんのために何かしようと思うのは間違ったことじゃない。ただ必要以上に自分を責めるのはやめてちょうだい」
一緒に背負う。幸福も不幸も二人で分かち合う。
そう聞いてナツキの脳裏をよぎったのは昨日のクレープだ。たしかにクレープを一個だめにするという不幸に見舞われた。だが、その後二人でベンチに座って半分こにしてクレープを食べた時間は間違いなく幸福を共有していた。
自分は今回のことで英雄に降りかかった不幸を全て自分のせいだと思っていた。だから手がかりが見つからない状況に焦って、苛ついて、悔しくて。
英雄は言っていた。自分たちは対等な友達だと。どちらかがどちらかの分まで背負うという関係ではいけないのだと。だったら、英雄に起きた不幸を自分だけの責任だと見做すのは彼に対して対等とは言い難いのではないか。
これは自分と英雄という二人に降りかかった不幸だ。だから、自分は責任者ではなく当事者として今回の件に向き合わないといけない。責任感によって圧し潰されそうになって生じた焦燥は、誤った焦燥だ。
(俺は英雄のために焦るんじゃない。俺と英雄のために焦らないといけなかったんだ)
間違えた感情の暴走が視野を狭くし思考を濁らせていた。ますます心を後ろ向きにし行動力を削いでいた。
そんな調子ではだめだ。見えるものも見えなくなる。
憑き物が落ちるように、自分にのしかかっていた負の感情が消え去った。そして入れ替わるように、前向きな意欲が全身をじんわりと満たしていく。
ナツキは夕華から離れて言った。
「ありがとう。夕華さんのおかげで目が覚めた」
「いいのよ。だって、私はあなたたちの先生なんだから」
そんな大切な二人の生徒に何もしてやれない自分の無力さを胸の奥に押し込んで、夕華は元気づけるようにナツキに微笑んだ。
休日なので昼過ぎの投稿です。
……嘘です。すいません。朝起きて投稿する予定だったのですが十一時間寝てしまっていました。これからは余裕をもって投稿できるよう気を付けます。
本当に申し訳ありません。そして読んでくださりいつも本当にありがとうございます。