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第218話 浮気の基準

「いやいやいやぁ。やっぱり能力者は強いですなぁ。完敗も完敗。持ってきた物は全部は通用しませんでしたわ! 頭でっかちで弱っちい私をどうか笑ってやってくださいな」



 たはは~と笑って頭をかきながら火織はシアンサイドの待機室に帰投した。強がって笑ってはいる。でもその裏で悔しがっていることは誰の目にも明らかだった。シアンをはじめ他の面々は能力者なのでナツキの異様な強さをよく理解している。たとえ自分が火織と同じ立場でも勝てはしなかっただろう、と。だから決して笑わない。馬鹿にしない。



「嬢ちゃん、学者の割には大した肝っ玉してたじゃねぇか。よく戦えてたと思うぜ」


「そうです。何よりあなたに協力するよう依頼したのはこの私。感謝こそすれ笑うなど絶対にありえません」



 犬塚とシアンがフォローする。シアンは顔が隠れているので見えないが本気であることは声音で伝わった。薫やベティも同意を示すように頷いている。



「みんな……」



 火織の目の端に涙が浮かぶ。大の大人がこんなことで泣くなんてみっとっもない、と自分に言い聞かせ、皆に背を向けて腕でごしごしと擦った。



「……世界の過去未来すら視えていても、自分の心って全然見えないんだなぁ」



 聞こえないように小さな声で呟いたつもりだったのに。震える彼女の声は四人に届いていた。ぽたぽたと床に落ちる雫。悔しさが胸を焼き締め付ける。でもその悔しさは何のため? 

 火織は自問する。無能力者でも天才的な頭脳があれば能力者を倒せると信じていたのに、負けてしまったからだろうか。それは違う。だって清々しいほどの負けっぷりだったから。気持ちの整理はついていないが後悔はない。

 

 ボロ負けした自分を責めないばかりか慰めてくれた皆に報いることができなかったから。天才は孤独だ。誰かに受け入れられる経験はほとんどしてこなかった。翻弄することは得意でも翻弄されることに慣れない。優しさに触れることもあまりない。

 そんな歪んだ精神がこじれにこじれて犯罪心理学者などというものになってはみたのだが、肝心の自分の心理のことは子供みたいにわかっていなかった。



「奥様、黄昏暁一行をホテルへと案内してまいります」


「ええ。お願いね」



 ベティは待機室を出るときすれ違いざま火織の耳元で言った。



「……最後まで諦めずに戦う姿は大変格好良かったと思います。尊敬いたします」



 シアンもベティも火織にとっては初対面で縁もゆかりもない人たちだ。今回の騒動では金で雇われただけ。だが、この人たちのために生きてみたいと思った。人目も憚らず泣きじゃくる火織をシアンが迎えた。軽く抱きしめてぽんぽんと背中を叩く。

 一種のカリスマ性や人徳。長男であるクリムゾン・ネバードーンとは異質だが、それでもたしかに長女のシアン・ネバードーンも備える性質だった。



〇△〇△〇



 ナツキたちはベティに案内され、ホテルのエントランスにいた。コロシアムから歩いて十五分ほどのところにある。

 見上げると首が痛くなるほど高層タワーなホテルだ。自費宿泊でいくらかかるか想像するたけで恐ろしい。入口の時点であちらこちらにプールやらジャグジーやらが奥にあるのが目についた。

 エントランスもパーティー会場かとツッコミたくなるほど広く、二階まで吹き抜けになっていて天井が高い。



「今日は皆さまの貸し切りになっております。外のスポーツ設備やレジャー設備、屋内のビュッフェレストランや遊戯室等は通常通り使用できますのでどうぞお使いください。コンシェルジュをはじめコックから清掃員に至るまで一流の人材をご用意しております。なんなりとお申し付けていただいて結構です。それでは、明日の朝八時にまたお迎えに上がりますので」



 深く頭を下げて立ち去るベティ。それを見送ったナツキは、こんなに巨大な高級ホテルをたった五人で使うのかぁとしみじみ感動していた。せっかくなら夕華と来たかった、とも。

 早速美咲が受付の女性に話しかけ、チェックインしようとしている。



「ごきげんよう! ええと、そうね。鍵を四つ用意してちょうだい。一つは最上階がいいわね。残りの三つは適当に良い部屋を見繕って」


「四つ? 五人だから五部屋必要だろう」



 ナツキが横から口を出すと美咲がクスクス笑って言った。



「私と暁は同じ部屋だから四部屋で充分でしょう? ベッドはキングサイズね。クスクス、もしかしてシングルベッドの方が狭いから密着できるなんて思っちゃった? ……べ、別にシングルベッドがダメってわけでもなくもなくもなくもないというか……」


「な、なにバカなこと言ってるの!」



 途中から顔を赤らめてごにょごにょ喋っていた美咲を遮るようにスピカが声を荒げた。ナツキもスピカに同調する。



「そうだな。歌手業がメインとはいえ美咲はアイドルだろう。男と同じ部屋なんてダメだ。俺はお前の夢を壊すようなことはしたくない」


「そうよ。アカツキの言う通りだわ。私としてもミサキのような素晴らしいアーティストが恋愛スキャンダルで失脚するのは見たくないわ。というわけで、アカツキは私と同じ部屋でいいわね!」


「ちょっと!! 結局それが狙いだったんでしょう!!??」


「私はこれでもアカツキと一緒のホテルに泊まったことがあるわ。だったら今回だって別に問題ないでしょう?」


「あ、暁、まさかスピカと……」



 赤い美少女と白銀の美少女の喧嘩はそれはそれで見ごたえがあるが、誤解は避けたかったのでナツキは訂正しておいた。あれはまだスピカが日本に来たばかりの頃。たしかグリーナーの足取りを追っているときた鼻血を出して倒れた自分を介抱してもらったのだ。


 エントランスで騒いでいる三人をエカチェリーナと秀秋は呆れ顔で眺めていた。普段は常識人ヅラしている秀秋がそそくさと受付に申し出た。



「鍵は三つ。うち二つは普通の広さでいいですが、残り一部屋はできるだけ大部屋でお願いします」



〇△〇△〇



「で、俺たちは全員同室にぶちこまれたと」



 ナツキは溜息をもらした。なんとも間抜けな話だ。ちなみにスピカと美咲は互いに抜け駆けを許さない痛み分けの結果に一応納得しているようである。ナツキとしても二人が大切な存在であることに間違いはないので同室であることは問題ないし、それどころかこれほどかわいい異性と、それも三人で泊まることに思春期中二男子として思うところがないわけじゃない。


 ただ、気がかりなのは夕華のことだった。恋人を日本に置いてきてまでイギリスにやって来たのに、そこで別の異性とベッドを共にするのは浮気ではないか。


 部屋にはでかでかとキングサイズのベッドが一つ。ナツキはソファで寝ることに決めた。しかしそれを見越したスピカが先んじて声をかける。



「アカツキ、ちゃんどベッドで寝ないとだめよ。今日戦ったのはアカツキなんだから。身体に疲労が溜まっている張本人でしょう」


「いや、だが……」


 

 スピカと美咲の二人は少し間を開けてベッドに腰をかけ、その隙間をぽんぽんと叩いた。

 ホテルについたときは夕方だったが、今はもう夜。窓からはイギリスの街が一望できるようだが、暗くてぽつぽつと街の明かりがあることしかわからない。日本とイギリスの時差は八時間。こちらが夜ということは、プラス八時間すると日本は早朝ということになる。

 観念したナツキはスマートフォンを取り出して愛しい恋人の番号にかけた。



「も、もしもし」


『おはようナツキ。いいえ、時差があるからこんばんはかしら。どうしたの?』


「夕華さんの声を聞きたかった。第一試合がいきなり俺でな。勝ちはしたが、心身ともに疲れたというか……」


『そう。でも無事なら良かったわ。私もナツキの声、聞きたかったもの』



 ふふ、と笑う声が聞こえてナツキは胸が温かくなった。何の生産性もないつまらない会話でも相手が恋人というだけでドキドキする。遠く離れたところにいるというのがスパイスとなり、電話越しでの会話は余計に興奮する。

 ナツキは機を計り切り出した。



「実は、ホテルの同室にスピカと美咲がいるんだが……」


『……』



 夕華はナツキや美咲にとっては学校の先生でもある。不純な異性交遊の危険性を許すわけにはいかない。それに、一人の女性として恋人の男性が別の女性たちと一緒に寝るなど許せるはずもない。

 ナツキはもし夕華が悲しむようなら、受付に行ってもう一部屋取るつもりでいた。



『……わかってるのよ。ナツキは昔から優しくて勇敢で、思いやりのある子だった。それは私が一番よく知っている。きっとこれから出会うたくさんの女の子がナツキを好きになるわ。私よりもずっと若くてナツキと年齢も境遇も近い、魅力的な子たちが。……それでも、ナツキは私が好き? 十も年上で、担任の教師で、こうやって人並みに嫉妬だってする。そんな私をずっと好きでいてくれる?』


「当たり前だろう。俺は昔から、そして今も、未来も、永遠に夕華さんのことを愛している。ずっとだ。……なんせ、俺がキスしたことがある相手は夕華さんだけだしな……」



 電話越しなので顔は見えないが互いに顔が赤くなるのを感じた。日本を発つ前にリビングのソファで経験した二人の愛の繋がりは、もちろん普通のカップルからすれば大したことないのかもしれない。しかし長年家族のように一緒に過ごしてきた二人にとっては初めての恋人らしいスキンシップ、身体のコミュニケーションだった。


 ずるい。夕華は心の中で呟いた。それを言われてしまっては、ナツキを信じてしまう。信じることしかできなくなる。信じたくなってしまう。惚れた弱みというものなのか。どんな状況にあっても相手が自分を一番に想ってくれるという確信ができてしまう。



『……わ、わかったわ。でも絶対にそういうことはしちゃダメよ。その……信じて待っているから』


「ありがとう。夕華さん、愛している」


『私も。愛してるわ。おやすみなさいナツキ。今日も一日頑張ったわね』



 電話を切ったナツキは、これでベッドが一つでも問題ないとスピカたちに伝えようと二人の方を見た。だが、二人の様子はトゲトゲしくどこか不機嫌そうだ。



「私と会話しているときより幸せそうに見えたのだけれど」


「教師との恋愛がオーケーなら、アイドルとの恋愛だってアリだと思うわ」


「ええと……何か怒らせるようなことしたか?」


「あんたねぇ……。はぁ、どうして私こんなヤツのこと好きになっちゃったんだろ。どうしよう、もう恋愛ソングを歌える気がしないんだけど」


「同感よ。でも、こんなヤツだからこそ好きになったんだと思うわ。アカツキはいつだってまっすぐなのよ。自分が欲しいもの。自分がなりたいもの。自分が守りたいもの。そして、自分が愛したもの。全部に全力でまっすぐだから、私も恋をした」


「クスクス、ほんとね。その通り。暁ってバカみたいに私のために一生懸命になってくれてさ……。やば、やっぱ好きだ……」



 ベッドに置いてあった羽毛のクッションを抱きかかえ、そこに顔をうずめた美咲はベッドにこてんと転がった。その隣にスピカもごろんと横になった。



「その気持ちわかるわ。私もやっぱりアカツキのことが好き。あんな風に恋人と幸せそうに話してるところを見て、余計にそう思っちゃった。私もああなれたらどんなに幸せだろうって」


(あれ……部屋決めであんなにケンカしてたのになんで仲良くなってるんだ……?)



 コイバナに花を咲かす二人を眺めながら、やはり女子の気持ちはよくわからんと結論付けたナツキは先にシャワーを浴びに行くのだった。

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