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第216話 燃える氷

「意外とやるなぁ、学者さんの嬢ちゃんは」



 シアンサイドの待機室でも同様に、壁一面を使った大型スクリーンにてナツキと火織の戦いを観戦していた。犬塚自身は三等級の能力者だが、一等級や二等級の能力者たちの強さは痛いほど理解している。であればこそ一等級と二等級の二つの能力を持つオッドアイのナツキの異常さも強さもわかる。


 その上で、火織はよく戦えている。カメラで中継されているせいでナツキが本気を出せないことを抜きにしても無能力者なりに手札を増やして器用に立ち回っている。

 戦闘は各々が持つスペックのみで決まるのではない。無いなら無いなりに工夫すればいい。言動や服装、武器、事前準備、果ては視線の向きに至るまで。あらゆる武器を総動員し、自身のスペック以上の力を発揮する。或いは相手をスペック以下に押し込む。火織はその両方に成功していると犬塚は高く評価した。



「ええ。そうですわね。少々奇抜な方で不安もありましたが、正直なところ期待以上です」



 シアンはベンチに座って同じようにスクリーンを眺めている。脇にはベティが日傘を持って立っており主であるシアンに光が当たらないようにしている。

 ただ一人薫だけはこの戦いそのものには興味を示さないでいた。彼女の興味はナツキの剣技だ。見たことのない剣術なので我流だろう。しかし随分と洗練されていて、繊細でありながら力強い。そして自分の剣術にも通じる部分がある。足捌きや体捌きだ。火織のペースに乱されているせいで十全な剣ではないのかもしれないが、それでも光るものを見出していた。



(ブラッケストから聞いていた以上の逸材だ。ボク、あの子の剣が好きだなぁ。美しくて、華麗で、頑強。良い太刀筋だ。能力が強いのは間違いないのに鍛錬は怠ってない。ボク的には黄昏暁くんは心も体も、なんなら顔も好感度超たっっっかい。……でも(まどか)の彼氏? なんだよねぇ。今度ご飯屋さんに連れて行ってみよう。親子丼は好き? ってね)



 それじゃあ親子丼じゃなくて母娘丼か! などと、とても巫女の格好をしている女性がしていい思考ではない。脳内でセルフツッコミを入れながら独りニヤニヤとスクリーンに熱い視線を向ける薫。『この人は一体何を考えているんだ……』と近くにいるベティは横目でドン引きしている。

 ベティはシアンに気が付かれないようにこっそりと小さく溜息をついた。優れた人材。それはいい。だが、いかんせん皆クセが強い。良く言えば個性的。悪く言えば変人。まともなのは自分と主のシアンだけ。そんな有様だ。



(現に碓氷火織だって言動ちょっとオカシイしね。黄昏暁を見る目も全然笑ってないし)



 常識人は胃が痛む。シアンには一緒に座って観戦したらどうかと言われていたが、立たせてもらって助かった。その方が腹痛が紛れる。しかしだからこそこのメンバーならば勝てるだろうという予感もあった。



〇△〇△〇



「まあ、ぶっちゃけてしまうと黄昏暁に勝てる人材がいない以上、最もポテンシャルの低い私が当たったのはむしろラッキーなのでは? とも思うんですよ」



 傷一つなく立ち上がったナツキを不気味そうに見つめる火織の眼は暗い。コロシアムの照明が二人を鈍く照らす。『随分と買ってもらっているみたいで光栄だな』などと皮肉交じりの軽口を吐けるくらいには復活している。

 


「でも、ですよ。無能力者の私が一等級のあなたに勝つなんて。それはそれで面白いと思いません?」


「ククッ、さっきは白兵戦に専念していたが、さすがに分が悪そうだからな。ここからは本気を出させてもらうぞ。俺の夢と想像力の果てにある血塗れの(ブラッディ)黒闇(ブラック)燦焔(ブラスト)でお前を燃やし尽くし……」



 ナツキが今に反撃の狼煙を上げようと一等級の『夢を現に変える能力』を行使しようとしたまさにそのとき。ふらりと眩暈がした。視界が真白になり思考が停止する。頭が働かない。顔から床に叩きつけられるように倒れた。それなのに痛みの認識すらない。



「私は考えました。二等級『現を夢に変える能力』の方は私に効かないから無効化完了として。じゃあ一等級『夢を現に変える能力』はどう対処したものかとね。少年、きみの能力はどこまでいってもその脳ありきだ。きみが強く深く考え、想像し妄想し空想したことを具現化する能力。……じゃあ、脳の機能を奪ってしまえばいい!」



 うつぶせに倒れているナツキは重たい瞼を上げる。あたり一面にブルーとオレンジの炎が渦巻きナツキと火織を囲んでいる。

 ぼやける視界の中で目を凝らすと、先ほど火織のトランクバッグからこぼれた大量の白い固形物が火種となっていた。根本はブルーの炎、先に行くにつれオレンジの炎となっている。



「あ、あれは氷でもドライアイスでもない……メタンか……」


「うわ、すごいすごい。たしか中二だから十四歳くらいだよね。理科の時間では習わないと思うのですが。とはいえ大正解です! 私がトランクバッグいっぱいに詰め込み、他ならぬきみがバラ撒いた物体の正体。それはメタンハイドレート! 通称『燃える氷』!」



 両腕を広げた火織は愉快そうに高笑いしている。メタンハイドレートとはメタンという気体に水分子が水素結合してできあがる氷のような白い結晶。石油や天然ガスと同じ化石燃料で、エネルギー自給を可能にするかもしれないと日本でも注目されている。


 そのメタンハイドレートはコロシアム中に散らばり、そして引火した。きっかけは火織がパルスエンジンの仕掛けを施した靴でナツキを蹴り飛ばしたとき。ナツキも待機室のスピカたちやシアンたちも、あれは身体能力を補うためのものだと思っていた。もちろんそれは間違いではない。しかしただの一側面。火織は靴から噴射された青いジェットエンジンの炎で足元に撒かれたメタンハイドレートに着火したのだ。


 元を辿ればトランクバッグの中身がバラ撒かれたのはナツキの急な二刀流のためだ。黒い刀と赤い氷柱の二刀流。その咄嗟の対処として火織はトランクバッグを盾にし、切り裂かれ中身が散らばった。すなわち、ナツキの剣撃から現在に至るまで実際は全て火織の掌の上だったということに他ならない。



「メタンハイドレートを燃やすとメタンが発生します。知ってる? 地下工事現場には絶対にメタンガス濃度測定機が置いてあるし、なんならきちんとメタンガスの濃度を管理することが安全規則に明記されてることがほとんどなんだよね。可燃性ガスに引火したら爆発事故が起きるから……っていうのは理由としては二番目。最大の理由は何だと思います? ふふふ、意識が遠のく黄昏暁くんにはわからないかなぁ。それともむしろ自分の状況を顧みて答えに辿り着くかな? ……正解は()()。労働者が酸欠でばったばったと倒れるのを防ぐためにメタンガス濃度を二十四時間三六五日管理してるってわけですな」



 火織は得意げに話している。酸欠になり意識は朦朧とし命の危機にあるナツキの前で。酸素が脳に回らないと、あらゆる思考に支障をきたす。まして妄想や夢を具現化する能力など使う余裕はない。火織は満足そうに白衣のポケットから缶の酸素吸引機を出し口に当てている。



『なんと美しい!!! 幻想的な光景です! 二人を囲むようにブルーとオレンジの炎の柱が立ち昇り、まるで炎の神殿に足を踏み入れたかのようだぁぁぁぁぁ!!!』



 まさか本気で酸欠を起こし死にそうであるとは夢にも思っていない実況アナウンサーはハイテンションで叫んだ。その情景描写は正しく、またイギリス中の視聴者に綺麗だと見惚れさせた。プロデューサーも目を見張り、近年のプロジェクションマッピングの発展や炎を使った過激な演出などシアンは随分と手を込んだものを作っていると高く評価した。


 気が気でないのはスピカたちだ。スピカと美咲の二人は初恋の相手の命が奪われそうになっている映像を観させられ正気を保っていられるわけがない。


 スクリーンでは、うつぶせに倒れているナツキをつま先で蹴って一八〇度転がし仰向けにして心臓に耳を当てている火織が映し出されている。

 酸欠状態になってしばらく経過してしまった。酸素がなければ脳だけでなく心筋まで機能を停止し、心肺停止状態になる。つまり絶命。死。


 発狂しかけているスピカと美咲をエカチェリーナが後ろから二人まとめて抱き締めた。このままではコロシアムに突撃しかねない。まずは落ち着けるのが先決と考えたエカチェリーナは言った。



「落ち着け。二人とも忘れたのか? アカツキ・タソガレが死ぬのは今回が初めてじゃない。いいや、私たちとて同様だ。彼の偉大な能力は生死すらも超越する。そうだろう?」


「あ……」


「そういえばたしかに……」



 もう一度スクリーンを見る。嬉しさを抑えることなく顕わにする火織。足元には絶命したナツキ。火織はもはや遺体には興味もないとばかりに背を向け、コロシアムの出入り口に向かおうとした。

 スピカと美咲は火織のことなどどうでもよく、一切視線を向けていなかった。二人が見つめていたのはただ一点。大切なナツキだけだ。故に真っ先に気が付いた。


 ぴくり。ナツキの指先がたしかに動いたのを。



〇△〇△〇



(きみ)さぁ。クリムゾンみたいな一等級の能力者ならともかくただの無能力者に殺されるってどうなんだよ。ちょいとばかりダサくないかい?」


「お前、なんか会うの久しぶりだな」


「いやいや、自宅では夕華さんとイチャイチャして、イギリスではスピカや美咲とイチャイチャして。そこに(ぼく)が出てきたら(きみ)としても気まずいでしょ。気遣いと配慮だよ」



 何もない真白の空間。距離の概念はなく、白い無が果てなく続く世界。幼い姿をしたナツキがぷかぷか浮いたまま足を組み、立ちすくんでいる現在のナツキに文句を言う。ここに来たということはたしかに死んだのだろう。ナツキは無能力者ながらあれだけの仕込みをして立ち回った火織に敬意を表すと同時に、あえなく負けた自分を恥じた。



「まあ正確には負けてないけどね。(きみ)さ、そんなんじゃ大切な人たち守れないでしょ。うかうかしてると人格の主導権奪っちゃうよ?」



 溜息をついた幼いナツキ。それが彼なりの励ましであり背中を押しているのだとナツキにはわかった。なぜなら異なる人格とはいえ彼は自分なのだから。



「ククッ、みっともないところを見せてすまなかったな。もう一度戻って戦ってくる」


「うん。いってら~」



 随分と軽いノリで追い返された。真白の空間に極光が満ちる。眩しくて何も見えない。目を閉じる。ぎゅっと強く閉じる。そして目を開ける。



「シュレディンガーの猫。俺の死は確定しない」

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