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第215話 エンジン全開シンデレラ

「私らの祖国のコメディアンがテレビでこんなことを言っていたよね。『右足出して、左足を出せば、歩ける。当たり前』って。黄昏暁くんも知ってるでしょ?」


「あいにくあまりバラエティは観ないもんでな」


「あらま残念。でもこれってあらゆる動作に応用できる基本的な考えだから覚えておくといいよ。お笑い芸人の視点から周知されるとは思ってなかったけど。つまりですね、人間の動きは因果関係の連続体なわけです。私を斬りたいという思いが原因。剣を持った右腕を高く上げるのが結果。次に、剣を持った右腕を高く上げるというのが今度は原因になって、それを振り下ろすという動作が結果になる。こんな感じです」


「……それが! どうした!」



 ナツキは息を切らしながら言い返した。なぜ息を切らしているのか。それはナツキの剣技が延々と火織に回避されているからだ。もう十五分近くその調子である。

 デンプシーロールのような黒刀のつるべ打ちに対して火織はバックステップを連続で踏むだけで切っ先が彼女の鼻先スレスレを通りすぐていく。横薙ぎに斬ろうとしたら、火織はトランクバッグを床に置きその場でジャンプ。刀はトランクバッグと火織の足裏の間を通り過ぎていく。


 視野の死角であろう下からの斬り上げに対しても火織はひょいと仰け反るだけで刀は空を斬る。火織は常に最小限の動きだけでナツキの攻撃を避けていく。



『当たらなぁぁぁぁい! 何もない空間にいきなりジャパニーズソードが召喚されたときは驚きましたが、しかしその攻撃は一切当たらない! サムライの命運やいかに!?』



 スクリーン横のスピーカーから流れる実況の騒がしい声を聞きながら、待機室にて秀秋も瞠目していた。ナツキの剣技の鋭さはつい最近斬り結んだばかりの秀秋が最もよく理解している。

 視力と聴力を強化する能力よってナツキの身体構造や呼吸、()を完全に掌握してやっと自分が対応できたナツキの剣術。それを、避けているだけとはいえ剣士でも能力者でもない若い女が軽くあしらっているのだ。表向きはいつも落ち着き払っている秀秋を驚かすにはそれは充分だった。



(未来予知の能力でも使っていると言われた方がまだ信じられますよ。黄昏暁の剣は高宮円……元を辿れば高宮薫の剣にすら届くほど高度で洗練されたものだというのに。それを息も切らさずに避け続けるなんて)


「ちょっと暁なーーにやってのよ! そんなザコさっさと蹴散らしなさいよ!」



 美咲はベンチに座り映像を観ながら足をばたばたと動かしている。ただ、残りの二人。スピカとエカチェリーナは火織の不気味さに覚えがあった。



(ハダルに似てるわね)


(姉上によく似ているな)



 奇しくも身近に『天才』と分類される種類の人間がいたために、火織が放つ異常性の気配を敏感に感じ取っていた。しかし待機室からでは応援もアドバイスもできない。スピカは祈ることしかできない自分を歯がゆく思いながらも今は想い人を信じることこそが唯一できることだと言い聞かせ、下唇を噛んだ。



〇△〇△〇



 何度目か、何十度目か。あるいは百を数えたかもしれない。ナツキは己の剣がここまで当たらなかったのは生まれて初めてだった。こちらの動きを先読みするように、なおかつまるで曲芸師のように軽やかで器用な身のこなしで火織はナツキの猛攻をしのぎ続けた。


 このまま手をこまねいていては自分が一方的に疲労するだけ。そんなことを考えながらナツキは右手に持つ黒刀を右斜め上から袈裟に斬り下ろした。それを火織が涼しい顔で避けたとき。



「……玉屑(ぎょくせつ)風花(かざはな)よ、気高き猩々緋(しょうじょうひ)(かたち)を示せ」



 黒刀を持つ右手とは逆の左手。そこに赤い氷が形成されていく。氷柱(つらら)の形をした赤氷は先端が鋭く尖り刃のように砥がれている。切れ味も全てはナツキの想像力次第。鋼鉄の刃とは遜色ないばかりかそれ以上の性能を秘めている。


 右手の黒刀は空振りになったが、避けた直後で火織の体勢は悪い。まして左右真反対。ナツキは左手に握った赤い氷柱を思い切り振り上げた。

 火織もこれは予想外だったようで、さっきまでの軽快な動きに鈍りが生じた。彼女はレザートランクバッグを咄嗟に持ち上げ顔の前に突き出し盾代わりにする。赤い氷柱はトランクバッグを一刀両断した。



「おっとっと、容赦ないねぇ。そんな物騒なものを持ち上げるなんてメッですよ」


「レーザーをぶっ放したヤツがよく言う」



 真っ二つになったトランクバッグを火織は放り捨てた。やれやれ、と首を振っている。ナツキと火織の間にはトランクバッグの中身が散らばっていた。てっきりイギリスに来るにあたって衣服や食料、或いは本でも入っているのだろうと思っていたが……。



(なんだあれ、ドライアイス……ではないな。プラスチックみたいな人工物でもなさそうだが。まさかあのバッグは盾にするためだけに意味もなく中身を詰めていたのか?)



 白い固形物だった。掌に乗るくらいの大きさで、雪合戦をするときに作る球みたいに綺麗な丸というほどでもないが角ばってもいない、そんな中途半端な形をしている。それが何十個もあたりに散らばった。


 火織は白衣の下に着ているレディーススーツのシャツのボタンを上二つ、ぷちっぷちっと開いた。紫色のブラジャーがちらりと顔を覗かせ、谷間が現れた。



「いまのは私も冷や汗だらだらだった。じゃあそろそろ、こちらも反撃といこうと思うのですが。最強の黄昏暁くん、準備はオーケー?」



 口角を三日月のように吊り上げた火織は、タップダンスのように地面をカンッ! と一度強く叩きつけた。その直後。


 ゴゴゴ、ブォンブォンブォンブォンッッッ!!!!!


 あまりにうるさくナツキは顔を歪ませた。黒刀と赤氷柱で両手が塞がっているせいで耳を塞ぐことが出来ない。断続的な爆発音のようなものが耳を劈く。



(なんだこの音は。飛行機に乗っているときの音をもっと酷くしたような……ロケットの発射を見ているときのような……)



 その思考は、火織の膝蹴りを顎にモロでくらい脳を揺さぶられたことで途切れた。



「正解は、パルスジェットエンジンでしたぁ」



 火織の靴の踵から青い炎が噴き出している。ナツキは膝で蹴り上げられ一メートルほど浮いた。軽い脳震盪のせいで視界がチカチカする。火織はさらに仰け反ったまま浮いたナツキの脇腹につま先を蹴り込んだ。

 通常の人間の脚力ではない。エンジンによって爆発的な速度とエネルギーを獲得している。ナツキの肋骨は数本がまとめて折れ、内臓も破けた。蹴り飛ばされたナツキは遠くコロシアムの壁に衝突してようやく止まる。



『碓氷火織の足から青い炎が噴射されているぅぅぅ!? 音の正体は何なのか!? そして黄昏暁の運命はッ!?』


「パルスエンジン……なるほどな」


「私、これでもプライベートジェット持ってるけどそんなエンジン見たことも聞いたこともないわよ」



 待機室でエカチェリーナが呟くと、食い入るようにスクリーンを見つめていたスピカは腕組みをしながら尋ねた。美咲や秀秋も同じく聞きなじみがなかったので耳を欹てている。



「無理もない。パルスエンジン自体は古代の遺物だからな。大体百年くらい前か。戦争において戦闘機、すなわち軍用の飛行機が用いられるようになった黎明期の話だ。空気とアルコールがあれば作れる簡素なエンジンで、まあ自転車がバイク並になるくらいの馬力は出せるだろう」


「……パルスフライヤーと同じ原理ですか」



 秀秋は思い当たるものがあったようでポンと手を叩いた。逆にエカチェリーナはパルスフライヤーというものを知らなかったようで、きょとんとしている。察した秀秋が説明を始めた。



「能力に覚醒して平安京に連れて行かれる前はファストフード店でアルバイトしていたんですよ。その厨房にありました。バーナーがパルス式で、揚げ物を作るんです。まあうるさくてうるさくて。そう、たしかにまさにあの碓氷火織の足元から鳴っているのと似た騒音でしたよ」


「なるほど……。軍事の産物がそんなところで使われているとはな。パルスエンジンがすぐに使われなくなったのは燃費の悪さや耐久性の問題だが、死ぬほどうるさかったことも軍部省の資料で残っている。仕組み自体はシンプルなんだ。子供でも作れる。おそらく、カオリというあの女の靴は足裏の部分に隙間があるんだろう。耐熱ガラスで覆われたな。あとは事前にそこにアルコールを少量入れておく。こぼれないように弁でもついているはずだ。そして、床に叩きつける動作は空気を取り込むため、且つ摩擦での着火のため」



 ターボ式を始め、世界には様々なエンジンがある。日夜技術の開発と研究が進み自動車や航空機の分野では熾烈な競争が行われている。しかしそれらはあくまで乗り物のため。断じて人間が身体能力を補うためのものではない。

 だから火織はあえて前時代の技術を引っ張り出した。構造さえ理解していれば人間用にダウングレードし実戦に使うことができる。ただし、靴を耐熱ガラス製にしたせいでナツキとの戦闘中あまり激しく走り回ることはできなかったのだが。紙一重で黒刀の連撃を避け続けたのもそれが理由だ。


 火織は瞬間的にナツキを上回った。しかし壁に寄り掛かってぐったり座り込んでいるナツキに追い討ちはかけられない。噴射は徐々に弱まり、騒音も収まってエンジンは完全に機能を停止した。内側の熱気と冷たい外気の差によって耐熱ガラスの靴はバリンと砕け散った。



「うわー燃費悪。まあこんなものか。ねえねえ黄昏暁くん。ガラスの靴って素敵じゃありませんでした? 女の子はみんな憧れるんです。シンデレラ」


「青い炎をジェット噴射させてるシンデレラがいてたまるか……。アルクレピオスの杖。アポロンの子は死者すらも治療する」



 ナツキの赤い右眼が淡い光を宿す。彼の肩のあたりから腕に巻き付くように青白く発光したヘビが現れ、首から胸、そして脇腹へと這って進む。火織のトーキックは深く肋骨から内臓まで傷つけたというのに、その傷は一瞬にして消え去った。



「やはり能力者は人間をやめている」



 火織はにっこりと笑ってそう言った。目の奥はまったく笑っていないことを、直視されていた当のナツキはよく理解していた。

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