第209話 第三者のまなざし
三人は待機室のベンチに座って待っていた。そこには共通した疑問があり、膨らみ続ける。あと二人は誰だろうか。第一戦は誰と誰か。そもそも敵はどのような相手なのか。
身分も出身も異なる若い三人だが、むしろそれが互いの興味を惹く。時間を潰すための雑談のタネには困らなかった。
特にエカチェリーナはナツキの恋愛模様に興味をもっているようだ。短い期間だが夕華とは歳も近く友誼を結んだし、ナツキが王城で告白するところを目の前で見ていた。その後の同棲生活はどのようなものかと興味津々である。
エカチェリーナは王族だ。婚姻に自由恋愛が割り込む隙はない。決められた相手と愛を育まねばならない。現にアンナはクリムゾンのことを心から愛していたわけではないが、結ばれた。だからこそエカチェリーナは二十歳を過ぎてもなお中学生のような恋バナをドキドキしながら聞いてしまう。軍事や武力にばかりかまけていたので色恋沙汰もなく、その意味では夕華に負けないくらい恋愛初心である。
そんな状況でさらにスピカはナツキのことを愛していると臆面もなく言ってのけた。『好き』ではなく『愛している』。スピカなりに自分の気持ちへの解像度が高くなるのを感じている。飛行機で告げられたスピカの想いを再度伝えられナツキは相変わらず照れて顔を赤くし、エカチェリーナは『これが世に聞く三角関係というやつか……』とわなわな興奮している。
「ふむ……略奪愛というのも良いな。愛とは力! 力ずくで想い人を奪い去るのは力強く男らしくて私は好ましく思うぞ!」
「ちょっとエカチェリーナ、女の私が男らしいって誉め言葉じゃないわよ」
「た、たしかに。すまん」
少々エカチェリーナはポンコツなところがある。軍人としてはいたく優秀なのだが、それ以外のこととなると天然が発揮されてしまう。そもそも略奪愛に背徳感ではなく力強さを感じてしまうあたりは脳みそが筋肉と思われてしまっても仕方がない。容姿も身分も可憐な姫だというのに。
「それにしても待たせ過ぎよねえ」
ナツキの膝にスピカが頭を乗せた。ベンチの上でごろーんと横になるのはお行儀が悪い、と注意しようとしたが、スピカの太ももを半分くらいしか隠していない黒いフレアスカートがめくれているのを見てしまってつい口ごもってしまう。
「ちょ、スピカ、ミニスカートで横になるとパンツが……」
「エカチェリーナは同性だから私は気にしないわ」
「そうだな。私も気にならない」
「異性の俺がいるだろう!」
「アカツキが見たいならスカートの中のさらにその中だって……」
ガチャリ。スピカがセンシティブな発言をしたまさにそのタイミングで、待機室のドアノブが捻られる音がした。四人目か五人目が来たのだろうか。スピカはただちにはだけたスカートを直し何事もなかったかのように背筋を伸ばして座り直す。
「いやぁどうもどうも。番組プロデューサーのジェイコブです。出演者の皆さんにはきちんと先んじてご挨拶をと思いましてね」
小太りの中年の男性が気の良い笑顔を浮かべ、金髪がちろちろと生えたハゲ頭を掻いてガハハと笑いながら入ってきた。ディレクターやカメラマン、マイクなどと思われる数人の若者も後ろに引き連れている。
「ば、番組?」
さしものスピカも困惑して聞き返したが、ジェイコブは『それじゃあ今日はよろしくお願いしますね。お互い良い番組を作れるように頑張りましょう』と軽く会釈をし、やはりガハハと笑いながらすぐに出ていってしまった。本当に挨拶をしに来ただけみたいだ。
残された三人はわけがわからず沈黙した。どうして明らかに異能力の世界とは無関係そうな人たちが多くいるのか。そもそも番組とは何の話なのか。疑問符が浮かんでは消え浮かんでは消えを繰り返す。
ジェイコブは悪い人間には見えなかった。こちらを騙そうとしているとか、陥れてやろうとしているとか、そういう気配はない。優れた直感をもつナツキも大勢の部下を抱えるスピカも王族として様々な敬意と悪意を同時に浴びてきたエカチェリーナも、その認識は共通である。
すると、待機室の壁に設置されていた大型モニターがいきなり電源をつけベティを映し出した。
『皆さま、準備が整いました。コロシアムにお越しください』
「ちょっとベティ、さっきジェイコブっていうテレビマンが来たわ。番組ってどういうことよ」
『ああ、そのことですが。今回の五対五の決闘はイギリス全土にテレビ放送されます。もちろん異能力のことは明かされません。プロジェクションマッピングとホログラムを組み合わせたテクノロジーとショーの融合という設定のコンセプトです』
「信頼の担保に第三者の視点を使うのか」
ナツキのこの発言に対してエカチェリーナは『どういうことだ?』と首を傾げる。ナツキはモニターのベティにもちらりと目を向け、答え合わせの意味も込めてさらに続けた。
「つまりだな、テレビカメラを通してイギリス中の人がこの戦いを見届ける。卑怯な真似はもちろん一方的な虐殺もできない。俺たちサイドができないのはもちろんだが、シアンサイドも俺たちに対して正々堂々と戦わざるを得ない。国民が見ているわけだからな。ましてシアン・ネバードーンは国のトップであると同時にネバードーン財団という世界的複合企業群の家名を背負ってるんだ。公の場で批判されるような行動はできない」
『正解でございます』
星詠機関としては万が一を警戒していた。シアン・ネバードーンは罠を仕掛けていて、五対五と言っておきながら実は大勢で袋叩きにするのではないか、と。決闘とは名ばかりの残虐な殺しが行われるかもしれない、と。
それらを否定する最も簡単な方法は、両者にとって重要な立ち位置にありなおかつ中立なまなざしを利用することだ。イギリス国民の眼が星詠機関もシアン・ネバードーンも縛っている。もはや正々堂々と戦う以外の道はない。
「だけどこっちはまだ四人目と五人目が来てないわよ」
『そのお二方は遅れて到着するそうです。それでもまもなくということはわかっておりますので、先にお三方にはコロシアム内へとお越し下さるようにお願いをさせていただいた次第です』
画面越しにぺこりとお辞儀をしたベティを見届け、ナツキたち三人は頷き合う。そしてベンチから立ち上がり待機室を後にした。