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第206話 甘えさせて

「面白いことが起きる未来が見えていたから久しぶりにペンタゴンから出て来たよ。シリウスくん、その人選さ、私にやらせてよー」



 アメリカから星詠機関(アステリズム)のジュネーブ本部のシリウスのもとまでわざわざ足を運んで来たのは二十一天(ウラノメトリア)の一人、ハダル。田中ナツキの実姉にして本名、田中ハルカである。


 小学生と見まごうほどの低身長に床につきそうなダブダブの白衣。それから黒髪ロング。女子小学生がコスプレしているようにしか見えない彼女はにへらと笑ってシリウスにそう提案した。

 そして意外なことにシリウスはそれを快諾した。シリウスは誰よりも理解している自負がある。『天才』と称される人種がどれほど優れていて正しいかを。だからハダルの意見を聞くことにさほどの抵抗はなかった。



「相手はブラッケスト・ネバードーンの長女にして、クリムゾンに次ぐ【色付きの(カラー)子供たち(チルドレン)】のナンバーツーだ。並大抵の相手ではない。確実に仕留めるならば一等級の能力者が出向くべきだろうが、生憎私はトップとして忙しい身の上にある。ハダル、きみの弟くんに出張ってもらうことになりそうだが構わないかい?」


「もちろん! むしろ私からそれを言おうとしていたところだったよ」


「ふむ……。であれば心配もないか。多少の大惨事くらいだったら彼の能力でなんとかできる。残り四名の人選はきみに任せよう」



 そう言ってシアンから送られた五枚の招待状をハダルに渡した。うち一枚は、牛宿を通して結果的にナツキに手渡されることになる。ハダルはにこにこ満面の笑みを浮かべ、四名の候補を頭に浮かべるのだった。



〇△〇△〇



「というわけで、俺はイギリスに行かないといけなくなった。ギリギリ夏休みだからな。二学期の始業式までには帰ると思う」


「……それはどうしてもナツキが行かないといけないことなの?」



 その日の晩。リビングで寝る前の団欒をしていたナツキはタイミングを見計らって夕華に招待状の件を話した。五対五の決闘に参加するためイギリスのエディンバラへ向かうと。

 しかしソファで隣に座っている夕華の反応は芳しくない。それもそのはず、つい最近までナツキは京都に行っていた。夕華を自宅に残して。


 夕華は年上の威厳……というほどのことではないが、あまり甘えるような性格ではない。ナツキに対しても寂しがっている姿はできるだけ見せないようにしている。それでも心の底では寂しい。遠くに行ってしまうのではないかと怖くなる。折角年齢や教師と生徒という関係性を乗り越えて恋人になったというのに一緒にいられる時間があまりに少ない。



「俺じゃなきゃいけない理由はないのかもしれないな。だが、責任はある。俺がクリムゾンを倒してしまったことで世界の力の均衡は大きく針を振ってしまった。その余波で死人が出てもおかしくはない。だから俺には責任がある……と思う」



 それじゃあナツキがまた遠くへ行くのもそこで危険な目にあうかもしれないのも全部私のせいじゃない、という言葉が喉まで出かかった。でも夕華はそれをぐっとこらえる。ナツキがクリムゾンを倒したのは自分を助けるためだったのだから。


 しかし同時に夕華はナツキの気持ちも充分に理解していた。恋人になったあの日。ナツキは何に代えても自分を助けてくれた。自分を愛してくれた。そのためにどんな危険が襲い来るとしても構わないと覚悟を決めて自分を救うために遠くロシアまで来てくれた。

 リスク、代償は、その瞬間の危険度だけではない。クリムゾンと戦うリスク。そこには倒した後の世界がどうなっていくかという変化の荒波を受け止めることも含まれているのだ。



(でもきっとナツキは私が本気で行かないでって言ったら残ってくれる。ナツキは小さい頃から優しくて、思いやりがあって、それに……何よりも私を一番に考えてくれる子だったから)



 ぎゅっと拳を握る。夕華は悔しかった。まるで自分がナツキの足枷になっているみたいで。言葉にするのは簡単だ。自分が安心するためだけに、ナツキに一生戦わないでくれとお願いすることができる。そして十中八九ナツキは夕華の願いを聞き届ける。

 でもそれは愛じゃない。夕華の心でナツキの心を縛る呪いだ。今まで恋人がいたことのなかった彼女にははっきりとしたことはわからない。それでも、きっと愛というのは相手を縛ることではなく相手と繋がっていることだと思う。押し付けるんじゃない。気が付き、気持ちを交わし、尊重し合う。


 俯き、目を閉じ、考え、目を開け、そして決心して言葉を紡ぐ。



「……わかったわ。ナツキ、絶対に無事に帰って来て。怪我をしないで。心をすり減らさないで。私はいつでもナツキが安心していられるように待ってるから。必ず笑顔で出迎えるわ。でも今晩だけは……」



 夕華はソファにナツキを押し倒した。彼の胸に身体を預け、唇を合わせる。大きく豊かな双丘を無意識に押し付けてしまう。ナツキと恋人になって以来、夕華が初めて見せた本能的な『甘え』だった。

 ナツキもそれを受け入れる。背中の後ろに腕を通して抱擁し、互いに舌を絡ませ合う。互いの首筋に内出血の跡ができるほど強くキスしあう。


 これが夕華なりの心の整理だった。この『甘え』があれば寂しさも許容できる。それどころか、彼が彼らしくいられるのは家で自分が待っているからだと理解した。自分だけが彼の安らげる居場所でいないといけない。そのためには独りで待ち続け、笑顔で迎えてやらねばならない、と。

 もはやただの恋人の覚悟ではない。夕華は教師という職業上、深く考えすぎていた。ナツキもまた中学生とは思えぬほど成熟し深く物事を考えられる人間だった。彼らの待つ待たせるの関係は恋人というより夫婦のそれに近かった。

いつも読んでくださりありがとうございます。本章は最初の10話くらいはバトルなしですが、逆に後半はバトルだらけになります。どうか飽きずにお付き合いいただけると嬉しいです。

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