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第197話 月下、喪失感と孤独感と無力感と

「万物は流転する!」



 青い両眼に淡い光を灯しセレスが地面に手をつく。芝生の大地は土だ。それらの土が物質変換され、鈍く輝く銀色の金属となって隆起した。私もセレスも空を飛べない。宙に浮いているメセキエザと戦うためには、大地ごと盛り上げてこちらの高度を上昇させればいい。


 まるで高層ビルが生えるみたいに地面が高速で膨れ上がる。さっきまでモスクがあった土地も、周辺の建物がある土地も、この街全体の地面が土から金属になった。

 その上に立つ私たちも空気抵抗を全身に感じながら全速力で上に行っている。その最中セレスに尋ねた。



「これは何の物質に変換したんじゃ!?」


「固体リチウム! 密度が土の五分の一なの!」



 急上昇する大地で強烈な風を浴びながら互いに声を張り上げた。密度が五分の一ということは、同じ質量で体積が五倍になるということだ。つまりセレスが地面に触れたことで、ここら一帯の大地は五倍に膨れ上がったことになる。


 宙に浮いていたメセキエザ。しかし今では銀色の大地に足をつけている。見晴らしの良い銀色の高台で私たちは改めて向き合った。



「メイオールってね、元はあなたたちと似た姿だったのよ。でも強さを求めて加工や進化や交配を繰り返すうちに合理化が進んで、あんな姿になっちゃったの。逆に、私みたいな不合理の強さを持つ者には挑まない。逆らわない。だからこの辺には黒いメイオールっていなかったでしょう? 合理的に強い黒のメイオールと、不合理にもっと強い白のメイオール(わたし)。そしてあなたたちは……合理的に弱い」



 メセキエザが掌をこちらに向けると修正液のように暴力的な白さを持つ純白の光線が放たれた。熱エネルギーがあまりに大きいので光線の周囲は空間が歪み、そして速度ゆえか鳥の鳴き声のように甲高い音が耳をつんざく。シリウスの心臓を貫いたのと同じ光線だ。


 私はすぐさま時間停止。光線が静止している隙にセレスをお姫様抱っこして線上より数歩移動した。



「うーんなるほど。私は強いから時間が止まっても動けるけど、私から離れていってしまう攻撃は影響下に入ってしまう、ってことかぁ」



 時間停止の世界だと言うのにメセキエザはケラケラと笑っている。時間停止を解除。空中で止まっている光線が再び動き始め、さっきまで私たちが立っていた場所を貫通する。リチウムの床が熱でオレンジ色になりジュワァと音を立てながら溶けて穴が開いた。



「ごめん聖。助かった」


「クックックッ、気にするでない」


「でも次は大丈夫。目、慣れたから」



 そう言ってセレスは青い槍を両手に持って走り始めた。メセキエザが白い光線を放ったが、(すんで)の所で顔をひょいと傾けて難なく躱した。私もすぐに追いかけ、二人でメセキエザに接近する。遠距離攻撃をもっていないのが私たちの弱点だと改めて気づかされて少し複雑だけれど。


 リチウムでできた銀盤のフィールドを私とセレスの二人が駆ける。光線をジャンプで避け、屈んで避け、時に二人で場所をスイッチしながら的を絞らせないように立ち回る。


 そしてやっとのことで私の日本刀が、セレスの槍が、メセキエザに届く。メセキエザの頭をかち割ってやろうと強く踏み込んだ。

 そのとき。



「あるべき姿に戻れ」



 メセキエザがリチウムの地面に触れてそう呟いた。一瞬の浮遊感。物質変換されたリチウムは土に戻された。ビルの屋上から飛び降りたみたいに空中に放り出される。



「あの女ッ! バカ兄貴の能力を使うな!」



 二人してスカイダイビングのように落下しているとセレスが悪態をついた。私たちは能力者になった際に身体機能や運動能力は向上しているのでこの高さから落ちても死にはしないが、怪我を負う可能性はある。そのような状態でメセキエザという格上との戦闘を継続するのは困難。


 顔を上に向けると宙に浮いているメセキエザがニヤニヤ笑いながら見下ろしているのが確認できる。その醜悪な笑みを見るとやはり彼女もメイオールなのだと痛感させられる。


 セレスは手にもっている青い槍に物質変換を使った。さっきまで金属の槍だったものがナイロン布に変換させられる。空気抵抗を受けやすくするためふんわりと横長で丸みを帯びた形状。すなわちパラシュートだ。セレスは右手でパラシュートから垂れる紐を掴み、左手で私の手を強く握る。見上げると黒いパンツが見えてしまう。


 減速に成功したのも束の間、メセキエザが再び私たちに掌を向ける。機動力のないこの状態で光線を放たれるのはマズい。


 エネルギーがメセキエザの掌に集中し、光線が撃たれた。咄嗟に時間停止発動。だがセレスに掴まっているこの状況、対処ができない。空中でぷかぷか浮いていたメセキエザはその様子を見て楽しそうに笑い、そして空中を蹴って私たちに突撃してきた。



「私だけが停止しないなら、直々に出向いてあげればいいってわけよねッッ!!!!」



 白い流星のように夜空を横切って私たちに追いついたメセキエザは、パラシュートごと私とセレスを叩き落さんとして拳を振りかぶった。私は思い切りセレスを引っ張って位置を逆転させる。

 ドンッ! と隕石のような一撃だった。私は辛うじてメセキエザのシンプルなパンチを刀で受け止めたが、鋼鉄の日本刀はくの字にひしゃげて粉砕され、拳はそのまま私の鳩尾に突き刺さった。


 爆発のごとき衝撃音とともに地面に叩きつけられる。大地にクレーターができた。いいや、深すぎてクレーターというより穴みたいだ。

 時間停止は強制解除された。痛い。内臓をかなりやられた。これでも私たち能力者は強化されているのだが、それでもたぶん胃か何かがダメになったと思う。

 衝突の直前にセレスを抱きかかえて私は背中で受け身を取ったので、体の表と裏の両方からダメージを受けてしまったようだ。



「聖……聖ぃぃぃぃ!!」


「ク、クックックッ、セレスよ、そんな泣きそうな顔をするでない。少し重いのを一発食らっただけじゃ。こんな痛み、東京で逃げ惑う人々に踏みつけられたときに比べればどうというものでない」



 そう、母を探しに東京の火の海に突っ込んで、あのときは能力者になる前だったから腕が折れるわ内臓ずたずたになるわ、大変だったっけ。私の中でしっかり生きているセレスを見るとむしろ嬉しくなる。母のときとは違う。今回はちゃんと大切な人を守れている。


 起き上がって口の端から垂れる血を手の甲で拭う。立ち上がると激痛で叫びそうになった。ぐっとこらえる。フラついたところをセレスが支えてくれた。肩を貸してもらわねば立つのもままならない。



「妾なら大丈夫じゃ。それよりセレスよ、日本刀をやられてしまった。作ってもらえんか」


「でも……」


「大丈夫じゃ。妾はこれくらいでは倒れん」



 セレスは私の肩を離した。意識が飛びそうになるが、セレスの綺麗な金髪を見てなんとか持ちこたえた。彼女は芝生の土を両手で大量に掬うと、青い両眼に淡い光を灯す。すると土が変換され日本刀になった。



「さながら錬金術師じゃな」



 セレスから受け取った日本刀はなんだか温かい。そんな錯覚がある。



「聖、アタシは兄貴の復讐を果たしたい。あの白女を殴んないと気が済まない。でも聖まで死んじゃうのは嫌。そんなの絶対に嫌。だったら復讐なんてできなくていい。一旦撤退しても……」


「百も承知じゃ。それでいてなお妾はそんな当たり前の正しさに反逆する。それにしてもおぬしは少々優しすぎる。自分の気持ちよりも妾の安否を心配しておるな。クックックッ、そんなものは余計だ。妾はおぬしの心にとことんまで付き合ってやろう。……それが、友であろう?」


「聖……」



 まだまだこれからだ。私は日本刀を強く握り直す。それにどうせメセキエザに勝てないようでは、私たち地球人類に勝利はない。

 彼女の言葉通りならメセキエザクラスの白いメイオールを続々投入されることだって充分にあり得るのだから。遅いか早いかの違いでしかない。これはシリウスの弔い合戦であると同時に、人類の希望を守るための戦いでもあるのだ。



「あなたたちの星って(おう)(おう)でも交わるものなのかしら? 普通は(おう)(とつ)だと思うんだけど。ええと……つまりメスとメスで交われるの?」



 静かに降り立ったメセキエザはゆっくりと、それでいて堂々かつ大仰に歩いてくる。思わず私もセレスも彼女の発言に赤面した。断じてそういう関係ではない。



「お、おぬしたちのような残酷で醜悪な生物には友愛という概念など理解できないに決まっておろう!」


「あらそうなの。うん、メイオールがっていうより私個人の問題かもね。ごめんなさい」



 メセキエザには悪意がない。私には理解できない論理でシリウスを殺した。アルコルたちを殺したのもそんな風だったのだろう。私たち人類を根絶やしにしたいわけでもなく、甚振りたいわけでもない。


 ただ楽しんでいるのだ。私が彼女を理解できないように、彼女も私たちを理解できていない。絶対に勝てない相手に挑もうとしている。一と一〇〇ではどう考えても一〇〇の方が大きい数字なのに、私たちは一の方が大きいのだと言い張ろうとしているわけだ。それがきっと彼女には不思議で、興味深く写っている。


 だから彼女からしたらお遊び感覚なのだろう。見ただけで私たちの能力を真似できるメセキエザはものは試しだとばかりにそれを再現して使ってみせた。最初からリチウムの地面をなくすことはできたのに、私たちがメセキエザに肉薄できるかを試した。

 研究者が動物で実験をするみたく、私たちがどんな反応を示しどんな行動をするのか観察している。(たち)が悪いのはそれを楽しんでいるところだろうか。



「でもね、あなたたちが面白いのは本当よ。私よりずっと弱いのに、ちっぽけな能力を必死に駆使してくらいつくんだもの。不自然で面白いわ。メイオールという合理的生命体の中でしか生きてこなかった私にとってそれはとても稀有で未知な不可思議なロジックなの。あなたたちという変数のせいで未来をハッキリと描けなくなるくらいには私にとって貴重なの。だから……」



 ──今はここまでにしてあげる。


 離れたところにいたはずのメセキエザが私とセレスの間にやって来た。そして私たちと肩を組み、耳元でそう囁いた。

 そしてメセキエザは再び空中へ浮かび上がり夜空で煌めく月に向かって吸い込まれるみたいに遠く遠く昇っていく。彼女の純な白さも相まってどこかかぐや姫を連想させるような、そんな幻想的な光景だった。


 去り際、メセキエザは私を見下ろして言った。



「ああ、それからそこのあなた」



 メセキエザがバチンと指を鳴らす。



「時間っていうのはこうやって操るのよ」



 戦闘で穴ぼこだらけになった地面が元の綺麗な芝生に戻った。シリウスの能力を真似して消したジュメイラ・モスクが姿を取り戻し目の前に出現した。時間が巻き戻ったみたいに。



「覚えておきなさい。時間は点じゃなくて線」



 ティアも似たようなことを言っていたか。次元という場における四本目の線であると。私たち三次元の住人がテーブルの上のクッキーを見下ろすみたいに、その時間という線を俯瞰するのが自分たちであると。



「そこで寝てる男は死んだままにしておくわね。だってその方があなたたち面白いことになりそうだから。きっとこの後、私ほどじゃないけどそこそこ強い白いメイオールがやって来るわ。負けちゃダメよ。ううん、正確には別にあなたたちが負けることは問題じゃないだけど。つまりね、言いたいことは一つ。全て識ってしまう私をもっともっと楽しませてほしいってこと。それだけよ」



 言うだけ言って、メセキエザは空の彼方に溶けるように消えてしまった。

 私とセレスは呆然とする。最大の敵が自分から去ってしまった。私たちは傷ひとつつけることは叶わず自らの弱さを痛感しただけだった。何もない。何も得ていない。何も成していない。虚無感という空っぽの器に悔しさが注がれる。


 月光がシリウスの遺体を照らす。私とセレスは自然と手をつないでいた。指を深く絡ませる。そうしないとシリウスみたいに遠くへ行ったしまうのではないか、そんな根拠のない不安にお互い駆られたから。


 言葉はない。ただ涙が流れる。私にとっては心から仲間だと言える相手だった。ほんの短い時間だったが船に乗って一緒にいる時間は楽しいものだった。

 セレスにとっては兄だ。唯一の肉親と言っていた。詳しく尋ねたことはないが、親戚はもういないのだろう。私と同じだ。父はとっくの昔に死んでいて、母をつい最近亡くした。肉親はいない。


 喪失感と孤独感。無力感。涙がこぼれないように上を向く。月の白い明かりが今日だけは心底憎たらしくてしかたなかった。

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