表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
190/377

第190話 友達の友達は友達

 逃げろシリウス。

 激情の籠った悲痛の叫びがトランシーバーからこだまする。シリウスに通信が届くまでずっと叫んでいたのだろう。私たちのもとに届いたとき、アルコルの声は既にしゃがれていた。

 ほんの一瞬。私たち六人の空気が硬直する。それは理解が追い付かないからだ。どうして逃げなければならないのか。一体彼のもとで何が起こっているのか。複数の疑問が駆け巡る。



「おい! アルコル! 一体何が起きている!?」



 シリウスの問いかけに対してアルコルの返事はない。ザザッ──ザザザ──とノイズ音が走るだけ。そうして、アルコルの連絡は完全に途絶えてしまった。

 沈黙が降りる。全員が同じような疑問を共有している。だからこそ誰がそれを口にすべきかわからない。



「……アルコルはアフリカで能力者となる人材を見つけ、ナイジェリアのラゴスでメイオールと戦闘し、そしてドバイへ向かったという話じゃったな。であれば、なぜ逃げろなどと口にする」



 沈黙の水面に放り投げられた私の問いかけは波紋を作り、それが徐々に大きくなる。五人の視線が私に集まる。シリウスが答えた。



「まだメイオールが襲来する前。こんな前時代的な通信機器に頼らずに基地局が生きていて携帯電話が使えていた十二月の下旬。その時点でアルコルは既に能力者のパートナーを見つけたと言っていた。つまり彼の傍には私や聖のような能力者が一緒にいるということだ。メイオール相手に窮地に陥ることは考えにくい」


「それにおかしいんですよ。悲しい想像ですが、仮にその能力者の方がメイオールを倒せず戦死してしまったとしましょう……。なぜアルコルくんは私たちに救援を要請するのではなく、逃げろだなんて告げたんでしょうか」



 ティアの言う通りだ。様々な状況が考えられるが、どのような場合でもアルコルの逃げろという言葉が腑に落ちない。何らかのアクシデントが生じているならば逆に助けを呼ぶべきだ。既にメイオールを数多く屠っている私たちなら絶対に力になれる。



「妾たちを逃がさねばならないほどの状況、つまり能力者程度では勝てない相手がドバイにはいる、と考えるのが自然ではないか?」



 となるとドバイ上陸は悪手かもしれない。たしかにエネルギー資源の確保は最重要課題だが、そのために私たちが全滅してしまっては元も子もない。

 シリウスはまだ世界各地にアステリズムの仲間がいると言っていた。カナタのような『天才』もいれば、私のような能力者もいるだろう。だが現実にアステリズムのリーダーはここにいるし、能力者が三名と戦力も大きく、船という大規模な足も持っている。ということはアステリズムの中心はやはりこの船であり、私たちが地球をメイオールの侵略から救う希望なのだ。

 

 今ここで無理にドバイに上陸してアルコルが逃げろというほどの相手と交戦して、私たちがやられてしまったらそれは人類の敗北を意味してしまう。情報収集をし、アルコルを追い詰めた敵の正体を暴き、対策を練り、勝てる確信を得るべきだ。

 謎の敵はメイオールと同じなのか違うのか。なぜアルコルは私たちに交戦を許さず逃げろなどと言ったのか。これらのことを最低限知らねばならない。でなければあまりにリスクが高すぎる。

でも……。


 仲間が、窮地にいる。



「して、シリウスよ。他の者が言いづらそうにしている故、妾が問おう。こたびの作戦にいかなる指揮を下す?」



 考えるように目を瞑ったシリウスがしばらくそのままでいた。私はアルコルを知らない。でもシリウスたちにとっては仲間なのだ。他の四人もそう。顔見知りの仲間が窮地にいる。でも私たちの安全を鑑みれば見捨てるべき。人類の未来のためにも、一旦見捨てるべき。これが自然で合理的な考えだ。

 今、シリウスはリーダーとして岐路に立っている。

 数十秒だったか、数分だったか。沈黙の中では時間経過の感覚が鈍る。目を開けたシリウスが宣言した。



「……撤退だ。闇雲に突っ込んだら今度は私たちがアルコルの二の舞になる。何か情報収集を可能にする方策を安全地帯で考えるべきだ。ドローンカメラでの探索か、ティアたちのバタフライ・エフェクトによる干渉か、或いは能力のおかげで多少は丈夫な私が単身乗り込むか……。いずれにしろ時間がいる」


「その間にアルコルが殺されてもか? トランシーバーで通信ができたということは、現時点で死んではおらんはずじゃ」


「ああ」


「そうか。それがおぬしの判断か」



 セレスたちもからも反対の意見や提案はない。シリウスの合理的な判断に納得しているのだろう。それほどにアルコルのメッセージは不穏であり、メイオールに勝てるからといって不明の敵に勝てる保証はない。

 ああ、まったく正しい。皆もそう思っている。私もそう思う。


 本当に? セレスは唇を噛んでいる。ヒイロは俯いている。カナタは激しく髪を掻きむしっている。ティアは拳を握り手を震わせている。

 

 私はアルコルという男を知らない。情もなければ愛着もない。親交はおろか、顔すらわからない。

 でも、私の仲間たちにこんな辛そうな顔をさせるほど大切な人物なのだろう。


 大事な私の仲間の、大事な仲間。



「クックックッ、シリウス、日ノ本にはこのような言葉がある。友達の友達は友達、とな」


「……何が言いたい?」


「妾はアルコルなど知らん。顔も知らん赤の他人じゃ。それでも……妾の大事な仲間であるおぬしたちにとってアルコルは仲間なんじゃろう? ならば話は単純明快じゃ。妾にとってもアルコルは仲間。シリウスの判断には反対し、今すぐドバイにて上陸することを提案する。第一目標はアルコルの救出じゃ」



 ハッとしたようにセレスたちは顔を上げ、大きなまなざしを私に向ける。

 大丈夫。今の私なら皆の気持ちを受け止め、背負うだけの覚悟がある。



「だめだ! アルコルは間違いなくアフリカで仲間にした能力者と一緒にいた。それでいて窮地に陥っているんだぞ! 私、聖、セレス。この三人で歯が立たない可能性だってゼロじゃない!」


「ではアルコルはどうなるッ!!?」



 自分でも驚くほど大きな声が出た。腹から声が出た。シリウスの言葉を遮るほどの大きな声。ぴしゃりと再び静寂が訪れる。


 シリウスは正しい。私たちは人類最後の抵抗の灯だ。私たち能力者がいなければもうメイオールに勝つ可能性は消失し、地球はヤツらの手によって終わりを迎えるだろう。だから大きすぎるリスクを私たち自身から背負う判断は間違っている。アラビアのエネルギー資源と天秤にかけたとしても私たちの安全の方がはるかに重要。

 正しい。あまりに正しい。人類のためにも、地球のためにも、まったく正しい。


 それでも私は胸につっかかる感覚がある。不思議な感情だ。そしてこの感情の正体に、今、気が付いた。


 苛立ち。腹立たしさ。悔しさ。


 正しければ従うのか? 正しさに私たちは屈服せねばならないのか?


 自然。摂理。常識。迎合。同調。


 時が経てば花は枯れ、雪が降れば椿は落ちる。そんな当たり前の事象。世界が我々に課す当然の運命(さだめ)。不条理も不合理も関係ない。ただ正しくそこに在る純然たる事実。変えがたき絶対の法則。間違いのない真実。


 ──認めない。私は私の前に立ちふさがる運命(さだめ)を認めない。


 私は反逆する。今の私には反逆できる能力(チカラ)がある。



「妾は助けるぞ。なんとしてもアルコルを助ける。見捨てるのが正しい? クックックッ、そんなことわかっておるわ。……ああ、まったくもって不愉快じゃ。妾は正しき運命(さだめ)に反逆する。ここでアルコルを見捨てるのが正しき運命(さだめ)だというなら妾はその運命(さだめ)を破壊し、超克し、アルコルを助けてみせる」



 もう誰も喪いたくない。

 殺される母に背を向けて逃げ出した私は、もういない。

すいません。軽い熱中症で起き上がれず、投稿が滞りました。皆さんもきちんとエアコンつけましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ