第188話 新しい仲間と会えたなら
外は暗い。天窓から黒い空が覗いている。六人の楽しい夕食はまだまだ続く。今はデザートの時間だ。ガラス製のゴブレットに飾り付けられた真ん丸な白いバニラアイス。さくらんぼと細長いウエハースも添えられている。
カナタによると、私たちが使っているスプーンは熱伝導スプーンというもので、体温が手からアイスへと伝わりやすくなっているらしい。それによって出したてのカチカチに凍ったアイスもいきなり掬い取ることができる。溶けるのを待つ必要はない。
一口食べれば、バニラの爽やかな風味が鼻を抜けアイスクリームの濃厚でミルキーな舌ざわりがしっとりと転がる。遅れて、ひんやりと冷たさが口いっぱいに広がって頭がほんの少しだけキーンとする。
「美味しいのう」
私の呟きにヒイロ以外の四人は静かに頷いた。ちなみにヒイロは一心不乱にばくばく食べている。やはりこのあたりは子供というか、甘くて美味しいアイスクリームは大好きらしい。普段とのギャップが微笑ましく私も皆もつい笑みがこぼれる。
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アイスを食べ終えた私はふと天窓の外を見上げていた。地球にいる限り、空は同じだ。同じ空の下にいる。空、というより宙。
さっき食べたアイスみたいに真ん丸な天球に包まれて私は生きてきた。その外側から敵が襲来するなんて夢にも思わなかったな。
今はどの海にいるのだろう。大きな宇宙の広さに想いを馳せると海すらも小さく感じてしまう。ふわふわと漂うのは船ではなく私の心だ。
「どうかした?」
隣のセレスが覗き込んできた。金髪のツーサイドアップがふぁさっと揺れて可愛い。まつ毛は長く上を向いていて、大きな眼に美しい青色の瞳。でも、心配そうな顔だ。
そんな顔をさせてしまったのは私の心が不安定だから。この間みたいことがあったから。そう思うと心配させてしまって非常に申し訳ない。
「いいや、大したことではない。今はどのあたりを航海しておるのかと思った次第じゃ」
「バカ兄貴、わかる?」
「今はベンガル湾で停留しているよ。ミャンマーの近くにはメイオールを乗せたポッドは落ちていないからね」
「今後はどういうルートを進むんじゃ。たしかアラビア半島に行くという話を聞いておったが」
「そうだね。スリランカとインドの間を通ってアラビア海に行き、ペルシャ湾に向かう。メイオールはエネルギーを探知することで高エネルギー地域に落下してきているから、アラビア最大の都市、アラブ首長国連邦のドバイ到達が私たちの第一目標となるだろう。その後、アラビア半島のメイオールを挟撃にして殲滅。油田の奪還による人類のエネルギー資源保護が第二目標だ」
「なるほどのう。そういえば新たな仲間と合流すると言っておらんかったか?」
「ああ。彼には元々アフリカを担当してもらっている。アフリカ最大都市といばナイジェリアのラゴスだろう。メイオールを乗せたポッドはそこに落下しているはずだ。彼が現地で仲間にした能力者とともにラゴスでのメイオールの殲滅に成功していれば、その後私たちとドバイで落ち合うことになっている」
「だから妾とセレスが模擬戦をするにあたって日程に余裕があると言っておったのか。中央アフリカのナイジェリアからドバイまで陸路で行くとなると、それなりの日数がかかる」
それにしてもアラビアか。上海も行ったことなくて、もちろんアラビアも行ったことない。やはり暑いのだろうか。
ドバイと聞くとバカみたいに高いビルとか高級そうな施設がたくさんあるというイメージがある。セレブの都市だ。映画でしか見たことがない。美しい海や派手なリゾート施設、ピカピカの高層ビルやホテル、などなど。まあメイオールのせいでぐちゃぐちゃになっているんだろうけど。東京や上海の惨状のせいでそう思わざるを得ない。
「ところで、その仲間とはどういう者なのじゃ。やはりカナタみたく性格に難があるのかのう」
「ちょっ、聖ちゃん、性格に難ありってどういうこと!?」
「冗談じゃ」
そう、冗談。カナタは軽薄だが意外と優しいところがある。ティアがくすくす笑いながら答えてくれた。
「フフッ、聖ちゃん、心配しないでも彼は優しくて穏やかな人ですよ。名前はアルコルくんって言って私たちの同類ですけど、私たちと違って常識があります」
私たちと違ってとはどういう意味だ、とでも言いたげに、ティアの両隣のカナタとヒイロがじっと不満げな視線を送っている。ティアもそれに気が付いているだろうにどこ吹く風だ。私にはとても優しく繊細なところがあるティアだが、意外と豪胆で図太いところもあるみたいだ。
その光景に苦笑いを浮かべるシリウスが付け加えた。
「彼は能力者になる候補の人物に会いに行ったんだ。カナタが聖に会いに行き、能力者にしたようにね」
「あの注射か……」
「そう。私も愚妹も聖も打ったあの赤い注射。あれはバラフライ・エフェクトによって疑似的に四次元的な視点を得たティアたちがメイオールの体組成を基に作ったものだ。メイオールの襲来を伝えてくれた高次元からのメッセンジャー。私たちも正体を掴み切れていないその何者かが送ってくれたデータを利用したんだ」
以前ティアが話してくれていた内容だ。優れた知能故に論理の積み重ねが極まり、時間という第四の軸から物事を見つめ干渉できるようになったティアたち。だからこそ、その四次元的視点の中で生じるエラーはより高次元からの干渉でありメイオール襲来の情報もそこから得た、と。
重力子云々といった話も聞いた気がするが専門用語が多すぎて覚えられなかった。それにあの後の私は能力者となった注射の成分がメイオールだと聞かされて錯乱してしまったから。
「アルコルはあの赤い注射を作った中心メンバーでね。非常に優秀な科学者だよ」
シリウスの言葉にヒイロも無言で頷く。あのヒイロが反応を示すくらいなので余程の才なのだろう。
「しかし注射を打てば誰でも能力者になれるわけじゃない。二重螺旋のDNAを三重螺旋構造に置換するには遺伝子レベルでの適性が必要だ。世界各地の病院のデータベースにハッキングして血液情報を抜き取ることで適性のある人物を探し出すことはできる。でも、医療が充実していない国も多くある。つまり血液データを採取できない人口が多くいるということだね。だから彼にはアフリカで現地調査を任せたんだ。能力者という戦力になり得る人材を見つけてほしい、とね」
遺伝子レベルでの適性、という話も以前聞いた記憶がある。だとするとシリウスとセレスが兄妹揃って能力者適性があるのも納得だ。遺伝子の距離が非常に近いのだろう。片方に適性があるのならもう片方にも適性がある。
アフリカはたしかに貧しい地域が多く血液検査をする余裕はないかもしれない。現地で怪しまれることなく血液を採取するにはもちろん医療活動としてカモフラージュするにしても時間がかかる。
推測するに、だからこの船がセレスを乗せてイギリスを出発する前から船には乗らずに現地で活動する必要があったのだろう。
「ふむ。また新たな仲間が増えるのか。それは楽しみじゃ。より一層にぎやかなになるのう」
「アフリカにいるアルコルだけじゃない。南米、ロシア、スペイン、アラスカ……。私たちが万が一のために世界各地に配置したアステリズムメンバーはまだまだいる。きっとメイオール殲滅の旅がうまくいけば全員と合流できるだろう。聖にも彼らを知ってほしいし、彼らにも聖を知ってほしい。私はそう思っているよ」
シリウスの言葉に合わせてみんなも頷いた。
私はつい『新たな仲間』という言葉を使った。つまり、今いるメンバーは全て私にとってもう既に仲間だということ。
そんなことわざわざ口にはしない。でもきっと伝わっている。それはこの場の皆の温かい空気感や柔らかい視線でしっかりと理解できた。
学校で作っていた偽りの友人関係とは違う。人類存亡の危機だからこそ、もっと深いところで繋がれた。互いの醜いところやコンプレックスも晒し合い、認め合っている。そんな本物の関係が私にとってとても居心地が良く、幸せな時間であり空間だった。