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第185話 まごころフォーユー

 なるほど、制限時間いっぱいまで時間停止をせず、早めに解除すればインターバルも少なくて済むらしい。

 現状の制限時間は体感で三十秒だ。その一方でセレスの物質変換による多種多様な攻撃に逐一対処するため、最小限の回避行動をするとなると一秒や二秒程度の時間停止が要求される。すると、次に発動するまでのインターバルも短い時間で済む。


 三十秒フルで時間停止したらおおよそ三十秒のインターバルが。一秒の時間停止なら、一秒くらいのインターバルがいる。たとえば一分間を一つのパッケージと見たときに、内訳が時間停止合計三十秒とインターバル合計三十秒であることには変わりはない。


 模擬戦という実験の中で得たこの知識。それを利用してから有利に戦いを進めることができるようになった。セレスからしたら私が転移を繰り返しているようにも見えているだろう。どれだけ物質変換で武器を作ったり地形を変えたりしても私には当たらない。



「聖、やるね!」


「クックックッ、妾も調子が上がってきたようじゃ!」



 大理石のリングが形を変えて尖って私に迫るが、一秒だけ時間停止をして紙一重で回避。すぐさまセレスは海水を鉄に変えてボウガンのような鉄弓を作り上げる。鋭い鏃がきらりと光り猛スピードで放たれた矢を刀で弾き飛ばす。

 その隙にセレスは私に肉薄し短刀を突き立てたが時間停止を発動。今回は三秒だ。ただ避けるだけでなく、セレスの背後を取る。



「まずっ……」



 セレスは大理石に手を触れた。半球型に壁を展開し、全方向を防御する。且つ物質変換。大理石をダイヤモンドに変えた。それはセレスが考える最も硬い物質。ダイヤモンドの壁。

 たしかにダイヤモンドは硬い。硬度は一〇であり宝石界でもトップ。しかし、靭性は弱い。単一元素でできているからだ。

つまり硬いけれど割れやすい。


 真正面、真上から、真っすぐに叩き斬る。ダイヤモンドの壁が罅割れて砕け散った。キラキラとダイヤモンドの破片が舞い落ちる。そして中にいるセレスの首に刀の峰を添える。



「妾の勝ちじゃな」


「……うん、アタシの負けだね」



〇△〇△〇



「あ、おかえり。はい聖ちゃんどうぞ」


「……僕からも」



 いつものパーティールームに戻って来た私とセレスを迎えたのは、カナタとヒイロだった。二人ともバーカウンターにいる。初めて私が乗船した昨日の朝、ティアが隠れていたところだ。

 

 私もセレスもぽかんとしてしまった。二人が飲み物を私たちに用意してくれていたのは嬉しいのだが、何故かコップではなくビーカーに入っている。

 カナタのビーカーには茶色の液体が。ヒイロのビーカーにはピンク色の液体が。



「ええっと……なにコレ」


「同感じゃ……」


「二人とも運動して疲れたでしょう? だから飲み物をどうぞってわけ」



 カナタがニコニコ笑いながら答え、ヒイロも無表情だがこくりと頷く。ヒイロはどう見ても美少女なのだが、一応男の子だ。

 正直、白衣の二人がビーカーを持っていると科学実験の現場にしか見ない。



「そ、そうじゃな。気遣いを無碍にするわけにもいかん」


「そりゃたしかにそうだけど……」



 カナタから受け取ったものを口にしてみる。腰に手を当て呷るように一気飲み。これが日本式である。

……うん、普通にコーヒー牛乳だ。美味しい。


 一方のヒイロはビーカーを持ってとことこ歩いてセレスに手渡した。



「……僕なんかにいちごミルクは作らないでいい。戦ってくれているのはセレスなんだから、セレスが飲むべき」


「アタシが昨日あげたのを飲まなかったのって、いちごミルクを嫌いだったからとか、なんならアタシのこと嫌いだったからとかじゃないの?」


「……なぜ? 僕はセレスほど頑張ってないんだから、より頑張っているセレスから施しを受けるのは論理的に不自然。貢献度を代数的に置換した場合、勾配が正しく機能するには僕の方がセレスに差し入れをするのが正しい」



 こてんと首を傾げたヒイロ。どうやら冗談ではなく本気でそう言っているらしい。

 思わず呆れてしまった。私もてっきりヒイロは人と関わるが嫌いなのかと思っていた。単に、とても合理的なだけだったらしい。


 セレスは嬉し涙を堪えて変な顔になっている。美少女が台無しだ。



「もう……アンタってやつは!」



 がばっ! とセレスはヒイロを抱き締めた。ヒイロはまだ幼いので背が低くセレスの腹のあたりに顔が埋まってしまっている。



「むぐっ……危ないからやめて。いちごミルクは飲料なのだからこぼれたら飲めなくなる。僕に抱き着くのはラショナルじゃない」



 ヒイロの頭を撫でているセレスはとても嬉しそうな笑顔だ。友人の幸せそうな顔を見ているとこちらまで嬉しくなる。

 バーカウンターから出たカナタが私の隣に座り、教えてくれた。



「セレスティンちゃんに能力者化の注射を打ったのはヒイロくんなんだ」


「そなたが妾に与えた、あの赤い液の注射器か」


「そうそう、それ。セレスティンちゃんは元々姉御肌なところがあるんだけど、そういう事情もあってヒイロくんのことはかなり気遣ってるみたいなんだよね」


「詳しいんじゃな」


「地球がこんな事態になるって知ったのが一年くらい前で、アステリズムも同じ時期に設立された。そこでちょくちょく会ってたんだよね。ほら、彼女って設立者のシリウスくんの妹でしょ。だから僕も付き合いとしてはそこそこの期間になるかな」


「妾もなれるのかのう。そんな気心の知れた仲に。……カナタ、コーヒー牛乳美味しかった。さすがは日本人の舌じゃな。感謝する」


「うん。どういたしまして」



 つい羨望の眼差しを送ってしまう。カナタに礼も言えたことだし自室に戻ろう。そう思って席を立ち三人に背を向けパーティールームを出ようとしたときだった。

 突然後ろから抱き着かれる。



「……聖、アンタはもう仲間だよ」


「なんじゃ突然」



 セレスの温度を背中に感じる。息遣いまで聞こえる距離だ。



「お母さんが亡くなって聖が感じた哀しいっていう気持ち。アタシも、もし聖が死んじゃったら同じ気持ちになると思う。アタシは兄貴やカナタたちみたいに頭良くないからわかんないけど……たぶんこんな気持ちになるのは聖を仲間だと思ってるからじゃないかな」


「セレス……」


「聖は孤独じゃない。一人で追い詰められる必要なんてないの。辛いならアタシたちに話しなよ。メイオールと戦う理由は復讐心でも使命感でもなんでもいいけどさ、苦しさをずっと抱え込むことなんてないよ」


「……そう。多くの人間と思考を共有した方が解決策の出てくる蓋然性は高くなる。一人で抱え込むのは合理的じゃない」



 ヒイロも私の服の裾を掴みながらそう言ってくれた。二人の想いを受け取った私は隠すように下を向く。床にぽたぽたと小さな小さな水溜まりができていく。

 セレスに抱き着かれたのが後ろからでよかった、と改めて思う。泣きじゃくるこんな酷い顔を見られたくはない。私だってセレスに負けないくらい美少女なのだから。


 ありがとう、と一言を絞り出すのが精いっぱいだった。



〇△〇△〇



「さぁて今日もお洗濯がんばりますよ!」



 壁に寄り掛かるように体育座りしている私は洗濯室で張り切るように腕まくりをしたティアを見上げる。あの後、私は自室に戻り衣類をまとめ、洗濯室に持ち込んでいた。吐いたり血を流したり、昨日は色々あったから……。


 柔軟剤の爽やかな花の香りがする。これでも花屋の娘なので鼻は利く方だ。


 ティアは両腕いっぱいに洗濯物を抱え、洗濯機に詰め込んでボタンを押す。ゴゴゴゴブーーーンと洗濯機が回り始めた。それを確認したティアは私のすぐ隣にしゃがんで座った。



「聖ちゃん、カナタくんの作ったコーヒー牛乳って飲みました?」


「ああ。美味しかったのう。それがどうかしたのか?」



「私、見かけたんです。カナタくんとヒイロくんがビーカーと試験管を用意して、牛乳をミリリットル単位で調整しながら作ってるところ。手伝いましょうか? って声をかけたら、今は真心を調整しているところだから集中させてくれって怒られちゃいました。真心を試験管で測ろうするなんてあの二人らしいですよね」


「そんなことがあったのか……」


「私も、カナタくんも、ヒイロくんも。自分で言うのは恥ずかしいですが卓越した頭脳を持っています。他の人が及ぶ思考の範囲の何億倍も広い世界を見ています。物理法則下における現象の連鎖を掌握していると言っていいでしょう。でも、だからこそ、人の気持ちがわからなくなるんです。だってそこには法則なんてないから……」



 そう言って俯いてしまうティア。私はそんなティアをそっと抱き締める。さっき私がセレスにしてもらったように。



「妾はティアからたくさんの真心を感じておる。妾には想像もつかないものを見ておるそなたにこんなことを言うのは無責任かもしれんが……ティア、そなたはそなたらしく生きればよい。ティアらしさの結果の隣には、きっと妾がおる。もちろんセレスたちもな」


「聖ちゃん……」



 ありがとうございます、とティアに抱き締め返された。ありがとうという感謝の言葉。私がさっきセレスに言った言葉。今度は私がティアに言われてしまった。逆の立場になってしまったな、とつい笑ってしまう。


 最初は世界のあらゆる理不尽への反逆と復讐でこの船にやって来た。でも今は……短い時間の中でたくさんの心に触れて、ここにいる皆のことが大好きだ。

 この気持ちを大切にしたい。この仲間たちを大切にしたい。そんな温かい想いが私の中で大きくなっているのを感じた。

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