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第184話 海上トレーニングマッチ

 マラッカ海峡、クアラルンプール沖。

 一晩かけて南シナ海を抜けた私たちはマレーシアとインドネシアに挟まれた海域を航行している。


 シリウスの話ではこのまま沿岸を通りながらインド洋に入り、中東、アラビア海へ向かうという。石油や天然ガスをはじめとする化石燃料の拠点を奪還しないことには、どれだけメイオールを押し返しても人類の文明復興は難しい。ゆえに最優先事項の一つになるという。


 さらに、乗船していないアステリズムのメンバーとももしかしたら合流できる可能性があるらしい。この豪華客船はイギリスでセレスだけを乗せて出発し、アメリカでシリウスたちが乗り、東京で私とカナタが乗り、現在六名。だが実際にはアステリズムのメンバーは世界各地におり、メイオール襲来に際して現地での対処をしているという。


 東京で私とカナタが乗船したみたいに、世界各地のアステリズムメンバーや能力者を合流させながら規模を大きくし地球のメイオールを殲滅、および撃退する。それがアステリズムの現状の指針だ。

 ちなみに豪華客船だけあって私室はめちゃくちゃ余っている。あと一〇〇人仲間が増えても部屋は足りるだろう。そんなにたくさんのアステリズムメンバーがいるかはわからないけれど。


 そして、現在。照り付ける太陽の下、船は海上で停泊している。



「お手柔らかに頼むよ、聖」


「クックックッ、妾は本気のセレスを所望しよう」



 海上に作られた白い大理石の正方形のリング。だだっ広い海のど真ん中なので大きさの感覚が狂いそうになるが、たぶん母校の体育館より一回り広いくらいだろうか。セレスに頼んで海水を大理石に物質変換し作ってもらったものだ。


 リングの上には日本刀を構えた私と、物質変換で作り出した青い槍を握ったセレス。私はセレスがデザインした和服風ワンピースを着ていて、セレスは黒のTシャツに赤のフレアスカート、黒のニーハイソックスに黒のローファーだ。


 私の提案で模擬戦をしたいと言ったところ、シリウスからは日程に余裕があるため船を停めて訓練の時間に充てても問題ないとのことだった。

 私は、もっと強くならないといけない。



「はーいじゃあはじめ」



 眠たそうにしているカナタが甲板から気の抜けた合図をしスタート。

 初手、私は走ってセレスとの距離を詰める。これに対してセレスは槍投げ選手のように腕を引き絞り、風切る速度で槍を私に放ってきた。互いに加速する私と槍。相対速度によって槍の速度感は尋常じゃない。


 すぐさま時間停止を発動する。体感三十秒の中で一気にセレスの目の前まで駆け抜ける。

 そして制限時間に達し、時間停止解除。セレスからすれば槍の投擲が避けられたどころか、突然至近距離に私が現れたことになる。


 私が刀の峰でセレスに斬りかかろうと上から振り下ろしたところを、大理石の地面から生えた壁に遮られる。私の常人離れしてしまっている腕力と日本刀の刀身の鋼鉄の硬さによって壁は罅割れて崩れ落ちたが、既に壁の向こうにセレスはいない。


 脇腹に鈍痛が走る。目で追ったときには既に私の右側の死角からセレスの蹴りが放たれていた。つま先が肋骨に刺さり、成す術なく私はリングを転がっていった。



「ボン!」



 セレスがリングに手をつけながら叫ぶ。彼女の能力は触れている物質にしか作用しない。ということはこのリングそのものが何かしらに変換される。すぐさま立ち上がって体勢を整えた私は咄嗟に時間を止めてその場から離脱。


 旋回するようにリングの端を進み、時間停止を解除。するとさっきまで私が立っていたところは轟音とともに爆発し爆炎を生んだ。大理石のリングがその部分だけ二メートル四方ほどくり抜かれ消失している。あの分の大理石を火薬か何かに変換したのだろう。


 そもそも、私がシリウスではなくセレスに模擬戦の相手を頼んだのはその方が訓練になると考えたからだ。メイオールはバケモノじみた膂力だけでなく、その特殊な異能力も脅威。今のところは時間停止の能力と腕力に任せた剣術で対処できているが、より強大な能力、より多様な能力と戦うことになる可能性もゼロではない。囲まれて複数の能力を同時に相手取ることだってあり得る。


 その点、セレスの物質変換は一個の固有の能力でありながら様々な現象を引き起こすことができる。たしかに私の時間停止やシリウスの状態強制は非常に強い能力なのだろうが、あまり応用は効かない。多種多様な戦況を想定する上でセレスは非常にベストな相手だというわけだ。


 ……それに、私たち能力者は身体能力や運動機能もメイオール並だし。



〇△〇△〇



「いやぁお二人さん激しくやってるね。……っていうか、ヒイロくん見に来るなんて珍しいじゃん。どういう風の吹き回し?」


「別に。ただ相手が相手だから」


「ふぅん。でも昨日メイオールと戦っているときは見に来なかったよね。セレスティンちゃんにも誘われたでしょう」


「……絶対に勝つとわかっているのにどうして見に行く必要がある?」



 少女のようなつぶらな瞳でカナタを見上げるヒイロ。色素の薄い茶色の前髪がさっと靡く。見下ろすカナタと目があう。

 ヒイロの純粋な目を見て思わずカナタは苦笑いする。なんとも不器用な性格だと。


 要は、昨日の対メイオールでは絶対にセレスが勝つとわかっていたから見に来なかった。でも聖との模擬戦ではさすがのセレスも負ける可能性があるので、心配になって見に来た。


 カナタはヒイロの同じ『才能』を持つ者として共感すると同時に尊敬もした。自分たちは、先のことまでわかるし未来をある程度は任意のものに選択できる。だからこそ、他者よりも未知を恐怖する。

 他人よりも莫大な情報を知るということは、そのレバレッジとして未知への恐怖の度合いも増すということだ。メイオールの存在がそうであったように。


 バタフライ・エフェクトという彼らの『才能』は自由自在な想像の具現化ではなく、起こしたい出来事からの逆算という演算機能でもある。セレスと聖の模擬戦でセレスが確実に勝つようにするには、もっと前からその準備をしなければならない。


 たとえばの話。今日の朝食でパンを食べるかご飯を食べるかで十年後の未来が大きく変わるとしても、言い換えれば十年前から慎重かつ適切な選択をしなければならないということだ。そのため今ここでヒイロが願っても結果には何も関係がない。


 そうした大局観に身を置くカナタだからこそ、同じ性質を持ちながら局所的な展開に真剣に向き合うヒイロを尊敬するのだ。


 すると、大きな破壊音が二人の注意を引いた。



「聖ちゃんの勝ちみたいだね」



 セレスは大理石の壁をさらにダイヤモンドにまで変換したようだが、聖の刀の一振りによって砕かれた。

 何度も壁を作ったり近接武器で抵抗したり、あるいは自爆覚悟で大量の火薬を使ったりしたが、小刻みに居場所を変える聖に追い詰められ最終的には刀の峰を首に添えられていた。


 ヒイロは見届けると踵を返し船内へと戻っていった。『セレスティンちゃんを迎えてあげなくていいの?』というカナタの問いかけに、振り向かずに答える。



「セレスはいちごミルクが好きみたいだから、ティアに作ってもらう」



 昨日は素っ気ない態度を取り、セレスがくれたいちごミルクを飲まなかった。あれはセレスが嫌いだからではない。自分は何かを貰うほど大した人間ではないという自己肯定感の欠如。ヒイロなりに思うところがあったようだった。



「自分で作ってあげたら? レシピはわかるでしょ、僕たちなら」


「知識があることと慣れていることは違う」


「ヒイロくん、人生の先輩として一つ良いことを教えてあげよう」



 立ち止まったヒイロは『何?』と呟きながらわずかに振り返る。そんなヒイロの頭にポンと手を乗せたカナタは笑いながら答えた。



「一番の調味料はね、真心なんだ」

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