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第183話 船上の男たち、或いは夢寐を分け合う少女たち

 暗い海を進む船の甲板にカナタの姿があった。デッキの柵に寄り掛かり星空を見上げている。

夜風が灰色の髪をなびかせる。不健康そうな顔はいつにも増して青白い。そこにもう一つの人影が訪れ、背後から声をかけた。



「眠れないのか?」


「そういうシリウスくんも眠れないんでしょ?」


「まあな」



 シリウスも同じようにデッキの柵に身を預けた。もう夜は更けている。二人以外は全員もう眠りについている。

 聖の錯乱する声を聞いたカナタはすぐに駆け付け、追ってセレスとティアもやって来たわけだが、その時点でもう夜は遅くヒイロなどはとっくに寝ていた。しかし一度起きたカナタとシリウスはどうも寝付けずこうして外に出てきていた。



「白衣、どうする?」



 漠然とした問いにカナタは首を傾げる。



「血だよ。私の能力なら新品同然に戻せるが」


「ああ、これ。いいよこのままで。……これは僕が一生背負わないといけない十字架だ。地球の命運を彼女に背負わせた分、僕にも背負うべきものがある」



 聖を抱き止めたときにカナタの白衣は彼女の血で真っ赤に染まっていた。鏡の破片は手首の動脈を切ってしまっていたようで、出血量も尋常ではなかった。カナタの見立てでは、自分があと数分遅れていたら命の危機もあったほどだ。



「まだ十四歳の子供なんだよね、聖ちゃんは。それを忘れていたわけじゃない。でも、たとえ目の前で母親が殺されたとしても僕は地球のためにああするしかなかった。聖ちゃんに力を与えてメイオールとの戦いに……殺戮の現場へと送り込むしかなかった」


「いっそ自分が戦えたら、とでも思っているのか?」


「当たり前でしょ。メイオールが持つDNAの三重螺旋構造を地球の人間に適応させようと思ったらそれなりの適性がいる。『才能』に恵まれた僕でも、いいや『才能』があるからこそ、僕が能力者になるのは絶対的に不可能だとわかってしまう。もどかしいし歯がゆいよ、正直ね」



 月明かりが二人を照らす。ふと、冷たい感覚が頬にもたらされた。舞い落ちた淡雪が体温で水になり頬を伝う。

 今日はクリスマス。十二月末だ。特に夜は冷えるし雪も降る。昨晩、つまりカナタが聖と出会ったのも雪の晩だった。



「聖ちゃんは僕を恨むかな」


「どうしてそう思う」


「今まで普通に暮らしていた女の子が、親の仇で異星の住人とはいえ人殺しをさせられたんだ。一人二人じゃない。何百人もね。それも、その殺した相手と起源を同じくする能力で。そりゃ錯乱もするよ。あれは僕の責任だ。僕はあの娘に斬られたって文句を言える立場じゃない」



 目を瞑ったシリウスはしばらく考える。景色が代わり映えのしない夜の海では時間の感覚が狂う。数秒、数十秒。もしかしたら数分が経過した。目を開けたシリウスは言葉を選びながら言った。



「……私は、私を能力者にしたティアのことを恨んじゃいない」


「へえ。それはまたどうしてさ」


「アステリズムを組織したのが私だから……というのは建前だな。実のところ、指を咥えて見ている方がはるかに辛いからだ。力を持つことは、それを振るうことは、たしかに痛みや苦しみを伴うだろう。だが力すらなく圧倒的な差によって蹂躙されるよりもはるかにマシな痛みだ」



 二人の間に沈黙が降りる。柵にはうっすらと雪が積もり始めた。月にぼんやりと雲がかかる。



「ちゃんと睡眠は取れよ。身体壊したら……まあ治してやる」



 それだけ言い残してシリウスは船内へと戻っていった。また一人になったカナタは再び空を見上げる。宝石箱をひっくり返したかのように星々が散らばっている。

 あの中に、アンドロメダ銀河はない。それでも今のカナタには宇宙の全てが憎たらしくすら思えた。


 ふと今朝のことを思い返す。聖は自分の身も顧みずにセレスの救助に向かった。ためらいもなく海に飛び込んだ。聖は友達思いの心優しい女の子なのだ。そんな子を、あれだけ追い詰め苦しめたのは他ならない自分。


 カナタは自分の掌を見つめる。聖の血が乾き赤茶色になっている。これは戒めだ。同時に、決意でもある。メイオールから地球を、人類を守る。それが聖の人生を狂わせた自分の義務である、と。



〇△〇△〇



 顔を黒く塗りつぶされた父親が私を見つめている。

 お父さん。手を伸ばすのに、父はすーっと遠のいていく。



『聖』



 今度は母の声がする。

 お母さん。手を伸ばすと、目の前で母の上半身が斜めに切断され奈落の底へと落ちて行った。



『聖』



 乗船して仲良くなった歳の近い女の子の声がする。

 セレス。手を伸ばしても、セレスは溺れて海流にさらわれ深淵に溶けてしまった。


 ああ、みんな死んでしまった。私に力がないからだ。宇宙が地上に落ちてきた。大地は割れて砕け散り破片が星々の隙間を縫うように暗闇を漂う。

 カタカタカタカタと歯を鳴らす音がする。メイオールだ。冷たい金属質の黒い筋肉が私に触れる。四方八方をメイオールに囲まれている。カタカタカタカタカタカタとうるさい。


 殺さなきゃ。メイオールは殺さなきゃ。

 日本刀を抜こうとするのに、抜けない。三六〇度から迫る骸骨のバケモノに押しつぶされる。圧迫。そのまま私の手足が潰れ、腹が潰れ、最期には……


 頭が潰れた。



〇△〇△〇



「──っ」



 目が覚めた。見慣れない天井。びっしょりと汗をかいている。窓からは陽の光が差してきて、ウミネコの声もうっすらと聞こえる。

 

 でも腕が動かないのは事実だ。本当にメイオールに潰された!?

 焦って左右交互に目を向ける。黄金の美少女と、白銀の美女の寝顔があった。二人とも瑞々しい唇に長いまつ毛、透明感のある素肌、それに甘い香りがする。


 リズミカルに静かな寝息を立てている二人が、左右から私の両腕を抱いている。二人の大きな胸の柔らかい感触をパジャマ越しに感じ、私もまだまだ幼いのだと自覚させられ少しだけムッとしてしまう。

 いやいやまだ十四歳。三年後にはセレスのように、そして五年後にはティアのようになっているはずだ。


 文字通りに両手に花。花屋の娘としては嬉しい限りだ。

 この温もりを失いたくない。そのためにはメイオールを鏖殺しなければならない。


 私らしさって何だろう。そこには私一人しかいないのだろうか。

 そうではない気がする。お母さんとの思い出も、今この瞬間の大切な人たちへの想いも、丸ごと一つの大きな『私』だ。それを守る。私らしくあること、つまり私の一部である大切な人たちを漏れなく守り通すこと。


 殺そう。メイオールをもっとたくさん殺そう。かけ布団がいらないほど温かい二人の体温を両腕いっぱいに感じながら私は幸せを噛みしめ二度寝をした。

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