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第178話 上海ハニー

 ここは上海の中心地。東アジア有数の経済圏だった場所。八車線のだだっ広いこの道路は街の大動脈だったに違いない。


 眼を緑色に光らせたメイオールは四つん這いになり、歯をカタカタ鳴らす口をがばりと開けた。下顎が数十センチメートル落ちてアスファルトの地面につく。人間であれば顎関節が外れるためできない挙動だ。そして敵の喉奥から巨大な火球が自動車ほどのスピードで放たれる。


 とはいえ、今の私はその程度の速度なら充分に反応できる。五メートルほどジャンプして上半分がなくなっている高層ビルの鏡のようにピカピカな窓ガラスのに張り付くように着地した。火球は私がさっきまでいた地点に着弾し火柱を上げている。


 重力に従って落下するしかない私を見て好機と捉えたのか、別のメイオールが眼を橙色に光らせながら爆速で接近してきた。そいつの両方の足裏からは飛行機のジェットエンジンのように炎と煙が噴射されている。高速移動を可能にする能力なのだろう。


 私は手に持つ日本刀に手をかけ、脚に力を込めて加速する。ビルの窓ガラスはクレーター形に全て割れ散る。そして足でジェット噴射しているメイオールとのすれ違いざまに首を日本刀で叩き斬った。

 私は剣術など知らないので、鈍器を叩きつけるような力任せな剣筋だ。とても綺麗とは言えない断面になったメイオールの首が落下していく。


 今度こそ空中に飛び出たため身動きが取れない。地上にいる緑色の眼のメイオールが再び口をかっ開き自然落下する私にエイミングしている。そして発射。巨大な火球が空気を熱しながら私に襲い掛かった。



「妾を誰と心得る。時よ、止まれ」



 念じるや否や、時速一〇〇キロメートルで飛んで来た火球は空中で静止した。私に届くはるか手前。

 難なく着地した私は敵に肉薄し、時間停止を解除した。



「──ッァッ!?」



 まばたきをするより短い時間で、遠くにいた私が目の前にいる。それを知覚したメイオールは言葉にならない呻き声のような音を吐きながら咄嗟に鋭い爪を振り抜く。


 だが遅い。私は時の止まった世界で既に抜刀モーションを開始していた。

 日本刀の刃がメイオールの首を吹き飛ばす。遅れて空気を切る音が聞こえた。瞬間的に私の斬撃速度は音を置き去りにしたらしい。そして天高く飛んで行った首は二、三秒して落下してきた。それを片足でぐしゃりと踏みつけながら刀についた汚らわしいメイオールの血を払い取り納刀。



「これで四一七人目」



 少し疲れた。あたりにはもうメイオールの姿はない。馬鹿みたいに広い道路を横断するように倒れている東方明珠塔の先端に腰をかけて周囲を見渡す。東方明珠塔ってたしか電波塔か何かだったか。中国の観光地の一つだとテレビで紹介されているのを見た気がする。街のランドマークが無残なものだ。まあ東京タワーも似たようなものだったが。



 人影はない。東京でもそうだった。逃げきれたのか、はたまた母のように殺されたのか。

 エネルギーの大きさを基準に東京やニューヨークや上海といった都会にメイオールはやってきた、とカナタは説明していたが、その他の都市はどうなっているのだろう。山奥にでも逃げれば生きながらえることくらいはできる気がする。


 ……これは楽観的なものの見方かもしれない。偶然私はこうして異能の力を手に入れた。だから異星の侵略者のメイオールから地球を奪い返す抵抗作戦が可能になっている。

 でも、もしもカナタが私を能力者にしてくれていなかったら。シリウスやセレスといった他の能力者もいなかったら。


 とっくに人類はメイオールによって滅ぼされ、地球の文明は壊滅する。他の生物も何億何十億もの時が経てば人間のように知能をもつ可能性があるので、おそらく人類に限らずあらゆる生態系を破壊するのだろう。そうなったらいよいよメイオールへ反逆する術はない。


 捕食者と獲物という覆しがたい絶対的な上下関係だ。



「クックックッ、仮定の話になど意味はないか。妾には反逆できるだけの力を持っておる。それが現実の全てじゃ」

 


 眩しい太陽を見上げる。メイオールの住まう星は太陽よりも大きいのだろうか。いつか全部を覆しひっくり返してやる。

 セレスとシリウスも今頃戦っているだろう。私が任されたエリアはもう一向に敵の現れる気配がないので、一足早く船に戻ることにする。



〇△〇△〇



 アスファルトの地面が(ひび)割れて樹木がツタのように伸びる。太い幹も細長い茎もヘビのようにシリウスの右腕に巻きついた。指先から肩まで緑と茶色で覆われる。

 眼を黄色く光らせたメイオールは捕らわれたシリウスを見て嘲笑うようにカタカタカタカタカタと歯を鳴らしている。



「植物を異常なほどに生育させる能力……或いは生命力を急増させる能力か? メイオールたちの星に似た植物があってそれを操る能力という線もなくはないが」



 腕を締め付けられているというのにシリウスは涼しい顔で敵の能力を分析する。

 詳しいことは自分よりも優れた頭脳を持っているカナタやティアやヒイロに聞けばいいか、と結論付けたところで、さらに植物の圧力が増した。そしてシリウスの右腕は風船が爆発するような音とともに破裂し周囲に血の海ができる。



「──ッァ───ァァァッ!!!」



 大喜びしているメイオールは呻き声をあげながらその場で手を叩いた。鋭い爪がぶつかり合いカチカチと耳障りな音が鳴る。


 シリウスの右腕は根本からなくなった。胸部から持っていかれたため右側の胸筋もズタズタに裂かれているようだ。

 足元の血の海にひき肉のようなものが散らばっている。あれが自分の腕だったものだろうとシリウスは冷めた眼で見つめる。

 その眼が、淡く赤い光を宿す。



「右腕は右腕の位置に。それがあるべき姿だ」



 まるで時が巻き戻ったかのように血も肉も筋繊維もシリウスの身体に返った。右腕は何事もなかったかのようにたしかにそこに存在している。



「──ッァ!?」



 メイオールも手を叩くのをやめ、カタカタと歯を鳴らす音も止まった。わずかな意識の困惑の間。

 次にそのメイオールが視覚情報をキャッチしたとき。既にシリウスが目の前にいた。彼の右手がそっとメイオールの腹に触れられる。



「お前ごときが私のあるべき形を歪められると思うなよ」



 ただ、触れただけ。それだけ。

 電池切れの機械のようにそのメイオールはぱたりと動かなくなり、複眼からは光が消えてばたんと道路に倒れた。



「お前のあるべき姿は死。それはこの私が決めることだ」



 都合三五二人。シリウスもあらかた担当エリアの殲滅を終えたと判断し、踵を返して船へと向かった。

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