第175話 ようこそ星詠みの組織へ
繊細な美しさを持つ偉丈夫というのが第一印象である。ダークブルーの髪や黒いロングコートも相まって、夜空のような存在感がある。
「知っての通り、私も特殊な異能力を持っている。色々と不安なこともあるだろうがどうか船内ではリラックスしてくれ」
ピアノを弾いているときの激しさが嘘かのように穏やかな大人の男性としての振舞を見せている。年齢は二十代前半ほどだろうか。それでも十四の私からすれば大人びて感じられる。
「バカ兄貴。聖はまだ中学生なんだよ? いきなり家族殺されてわけわかんないバケモノと戦わされて、それでリラックスなんてできるわけないじゃん」
ソファに戻っていたセレスがダーツを投げながらシリウスを非難するも、私の興味は『兄貴』という部分に向いていた。言われてみれば美形なところは兄妹で似ているかもしれない。
困った顔をしたシリウスが申し訳なさそうにこちらを見てくるので、別に構わないと返しておく。こういうナイーブで言葉足らずなところも兄妹らしい。
カナタが間に入り、場を仕切り出す。当面の目的を私にも知らせておくという。
「聖ちゃん、僕たちの最終目標はメイオールが地球から完全に撤退することだ。別に向こうの星へ攻めてやろうっていうんじゃない。あくまで防衛ね。でも現状、話し合いの余地はない。そういうわけで、当面の目標は地球に降り立ったメイオールたちの殲滅っていうわけだね」
「それがおぬしら、ええと……アステリズムの活動目的というわけか」
「おぬしら、じゃないでしょ。聖ちゃんももう一員なんだから。というか嫌だと言っても協力してもらうよ。能力者は貴重な戦力だ。それとアステリズムっていうのは英名ね。ほら、シリウスくんたちは外国の出身だから。和名は……ちょっと捻って『星詠機関』なんてのはどうだろう」
「うわあ、とっても素敵ですね! たしかに私たちは外の星から彼らが襲来することを察知しましたから。ぴったりだと思いますよ」
ティアが手を叩きながら賛同する。シリウスは静かに会話を見守っており、ヒイロは相変わらず読書。セレスはダーツだ。
「当面の目標とやらは理解した。現に妾は既に東京で複数のメイオールと交戦しておるからのう。言うなれば地球奪還作戦、といったところか。して、この船はどこへ向かっておる」
「それは私から説明しよう」
と言ってシリウスが立ち上がると、カナタは近くの椅子を引っ張ってきて逆向きに座る。背もたれに腕と顎を乗せており、とても白衣を着る人間がするような姿勢ではない。シリウスもどこか困惑している。
「ま、まず私たちネバードーン家の実家があるイギリスからセレスだけを乗せて出発した。これが一週間前の話だ。大西洋を渡ってアメリカに入り、ネバダ州のエリア五一で働いていた私、ホワイティア、ヒイロの三名が乗船。その後、しばらくアメリカに滞在した後に、聖も知っている通りメイオールが宇宙より飛来。ニューヨークにてこれを即座に撃退した。そこから急いで日本に向かい、カナタと聖の二人と合流したという経緯だ。そして、ここからどこへ向かうかというと」
「少し待たんか。シリウスよ、そなたは妾を馬鹿にしておるのか。大型船が数時間で太平洋を横断できるわけがあるまい」
「ああ、そのことか。この船は通常のクルーズ客船やタンカーの十倍以上の速度で航行している。大体、航空機と同等かそれ以上といったところか。もちろん私の能力使用ありきなので私がいない間は通常の船の速度に戻ってしまうがね」
船の速度を十倍にできるような能力、と言われてもピンとこない。そも、私自身まだ私の能力の全貌を把握していないのだから。他人様の能力についてもむべなるかな。
そして結局行先はどこなのか、と尋ねたときだった。
ヒイロが本から顔を上げ呟く。
「そろそろだよ」
ドォーーーンッッ!! という轟音とともに船内が大きく揺れる。立っていた私やシリウス、ティアはその場でよろめきセレスのダーツボードも壁から落ちた。
「きゃっ!」
「……やっぱり、船体がやられたね」
叫び声を上げるティアには目もくれず、動じずにヒイロが呟いた。
「ハハ、わかっていることと体験することとでは全然違うね。吐きそうだ」
不健康そうな見た目のカナタはさらに顔色を悪くする。突然の大きな揺れに酔ったのだろう。
「ここが本題だ。さっき聖は行先を尋ねたね。私たちは東シナ海を通って中国の華南沿いを通りインド洋に出る予定だった。しかしこのタイミングでメイオールの襲撃を受けるのも織り込み済みだ」
また奴らがいるのか。
醜悪な容姿と機械じみた殺戮の衝動。そのくせ、こちらを追い詰めたり能力を使ったりしてくるときは人間の嘲笑のように口角を上げて歯をカタカタ鳴らしてくる。あのバケモノどもが、近くにいる。
「場所は上海。中国では首都の北京より栄えている海沿いの都市だ。避けることもできたが、当面の目標はメイオールの殲滅。だからあえて近づいたというわけだ。セレス、出られるね」
「はぁ。ダル。でもいいよ。アタシが蹴散らしてきてあげる」
セレスはボリッと口の中でアメ玉を砕き、ふやけた白い棒を壁に投げつける。真っすぐと壁に突き立てられていたのは、棒ではなくダーツだった。
「船は沈んでしまわんのか? ヒイロは船体がやられたと申しておったが……」
「その心配はないよ。この船は壊れた瞬間にもう治っている。それが私の能力だからね。そうだ聖、せっかくならセレスの戦闘を見ていくかい? 私の愚妹はああ見えてクレバーな戦い方をするんだ」
「僕からもオススメするよ。聖ちゃんには早く馴染んでほしいし、何より似た境遇の子のことをもっと知るべきだ。心理的な負担を減らすという意味でもね」
揺れが収まりのろのろと立ち上がったカナタもシリウスの意見に追従する。私も、自分以外の能力者がどういうものなのか気にならないと言ったら嘘になる。
それにカナタの言う通り、いきなり能力者とやらになって母の仇を殲滅したこの数時間の私の経験は知らず知らず私の心を蝕み軋ませているかもしれない。壊れてしまう前に、油を差す必要があるのもたしかだ。
「わかった。であれば妾のこの眼でしかと凝望させてもらおうか」