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第174話 船乗殿の6人

 印象としては、パーティールームとレストランとバーが複合した部屋だった。さほど広いわけではない。私の通う公立の普通の中学校の教室で換算するなら二教室分程度だろう。


 純白のクロスの丸テーブルに木製の椅子が二脚。それが全部で五セット。その中の一席でヒイロがちょこんと座り分厚い本を読んでいる。足は床に届いていないが。カナタに似た白衣を着ているものの、そちらもぶかぶかだ。


 バーカウンターのようなものもあり、そのすぐ横ではソファに座っている人物が壁にかけられたダーツボードにダーツを放り投げている。後頭部しか見えないが金髪の女性であることが窺えた。


 部屋の片隅にはグランドピアノが設けられている。黒いトムソン椅子に座るのは見眼麗しい、長身の男性だった。私でも聞き覚えのあるクラシックを演奏している。彼は眼を閉じたままだというのに白黒の鍵盤の上で淀みなく指が躍り、メロディーに合わせて身体を揺らしその度に肩まである(つや)やかなダークブルーの髪が揺れる。

 彼自身がまるで音楽のようで、聴覚だけでなく視覚でも思わず魅かれてしまう。



「やあやあ、みんなの大好きなカナタくんが新入りを連れて戻って来たよ!」



 カナタが底抜けの明るさで部屋全体に言い放つと、ヒイロは本から少しだけ顔を上げ、ダーツ少女もわずかにこちらへ振り返る。ピアニストの男はまるで聞こえていないかのように無反応で、演奏を続けている。



「妾はあまり歓迎されていないようじゃな」


「そんなことはないよ。僕が保証する」



 私が訝しんでいると、カナタはちらりと目線をバーカウンターへと向けた。そこに何かあるのだろうかと私も目で追う。

 何かがにょきっとカウンターの下から出てきた。


 パァン! と破裂音が響く。火薬の匂いが鼻につく。



「ようこそアステリズムへ!」



 白銀の長い髪が特徴的な美しい女性の手には、一本のクラッカー。金銀赤青黄とカラフルな色のテープがでろんと床に垂れる。


 無表情の私と笑顔の彼女は数秒見つめ合う。ピアノのおかげで沈黙にならないことだけが唯一の救いだった。



「なんじゃ、これ」



〇△〇△〇



「じゃあ聖ちゃんには仲間になるメンバーを紹介しよう。僕自身のことはいいとして……ヒイロくんもさっき少し話したから大丈夫かな。彼は僕と同類だよ。ヒイロくん、聖ちゃんに自己紹介ある?」


「……ない」



 カナタが話を振るも、既にヒイロの目線は手元の本だ。それにしても改めて女の子にしか見えない。私が幼い頃におもちゃ屋さんで欲しいと思っていたお人形にそっくりだ。綺麗な茶髪に長いまつ毛など特に。家が貧しかったので終ぞお人形をねだったことはなかったが。



「あそこでずっとダーツしている女の子がセレスティンちゃん。聖ちゃんと同じで能力者だよ。十六歳だから聖ちゃんとは一番年齢が近いかな。セレスティンちゃん、自己紹介お願いね」



 セレスティン、そう呼ばれた少女はソファから立ち上がると、ずかずかと私の方へと歩いて来た。

 あまりに可憐な少女で思わず目を見開く。私は地元では一番の美少女だった自負があるが、その私をしてセレスティンは非常に可愛いと言うほかない。


 背丈は私とそう変わらない。傷みのない美しい天然の金髪をツーサイドアップにしていて、両眼は私と違って大空のような青色だ。黒いノースリーブシャツは胸の膨らみがはっきりとわかるし、腕はすらりと伸びている。赤地に黒のラインのチェック柄のスカートは外国のロックでパンクな不良っぽさと小悪魔的なキュートさを両立させている。



「ねえ、アンタ。アメ食べる?」



 セレスティンは瑞々しい唇で咥えていた白い小さな棒を引っこ抜き私に突き出した。ピンポン玉より一回りほど小さいアメ玉が棒に刺さっている。コンビニやデパートで一個数十円で売っているのを見かけたことがある気がする。貧しいので買ったことはないけれど。


 正直、食べかけはいらない。だが同性の私から見ても彼女の唾液のついたアメは艶めかしく色っぽい。魅力はないと言うと嘘になる。それに彼女の親切を無碍にはできない。どうしたものかと困ってしまった。



「う、うむ……セレスティンの心遣いは感謝する。が、妾はさきほどメイオールとの初戦闘を終えて食欲は遥か三千世界の彼方まで失せてしまっておってな。気持ちだけはもらっておく」


「そ。たしかにアイツらグロいもんね。バケモノのクセしてアタシらと同じ赤い血が流れててさ」



 かすかな笑みを浮かべながらセレスティンはアメを棒ごと握り潰した。すると、彼女の青い両眼が淡く光る。再び手を開くとアメ玉も白い棒もそこにはなく、代わりにあるのはダーツ。そしてその場でひょいとダーツボードに向かって放り投げた。ボードの中心、いわゆるダブルブルにぶすりと勢いよく突き刺さった。



「やり」



 セレスティンがにこっと笑い小さくガッツポーズする。意外と話してみれば楽しい娘なのかもしれない。それにしても、今のアメがダーツになったのは……。



「これが、妾以外の能力……」


「カナタ、アンタこの子に能力のこと話してないの?」


「聖ちゃんが能力者になってからまだ十時間も経っていないからね。面倒な話は後回しにしてたんだ」


「ふぅん。ま、いいや。よろしくね。ええと……」


「時任聖。好きに呼んでくれて構わんぞ」


「じゃあ、聖ね。アタシのことはセレスティン……は長いからセレスでいいよ。コイツは律儀に呼びやがるけど」



 そう言ってセレスは嫌そうな顔で親指でカナタを指した。たしかにカナタは私のことを『聖ちゃん』と呼ぶし、セレスのことは『セレスティンちゃん』と呼んでいる。わざわざ長いというのにけったいなことだ。


 当の本人はハハハ……と苦笑いしながら灰色の頭を軽くかいている。



「それじゃあ次は私ですね!」



 パーティーグッズのちょび髭付きメガネをかけた白銀の美女が私とセレスの間ににょきっと現れた。私たちよりも少し背が高い。年齢も上だろうか。

 というかなんでちょび髭メガネ?



「私の名前はホワイティアです。ティアって呼んでください。十九歳なのでここの女性陣では一番のお姉さんですね~」



 にこにこ笑う姿も華がある。カナタやヒイロと同じ白衣を着ているが、彼女は黒いマントストールを羽織っているので白銀の長髪がよく目立つ。モデルのように綺麗な女性だ。私やセレスとはまた異なる方向性の美人。大人っぽさと天然さが混ざり合っている。

 白衣を纏っているということは私たち能力者ではなく、カナタ側の人間なのだろう。



「……で、その不可思議な格好はなんじゃ」



 さきほどのクラッカーといい、ちょび髭メガネといい、ティアは美人なのにどこかズレている気がする。



「へ、変でしたか……? 聖さんが来るタイミングは随分前から()()()()()()ので事前に色々と準備してみたんですけど……」



 しょんぼりとされると悪いことをした気分になる。そんなことはないと慌てて否定したら花が咲いたように笑顔になった。

 胡散臭くて浮ついているカナタやコミュニケーションを取る気のなさそうなヒイロに比べたら随分とまともな人そうで一安心だ。



「僕たちは何が起きるかを知ることはできても何を思われているのかまでは考えが及ばない。いいや、考えられる奴もいるんだろうけどその必要性を排除した僕やヒイロくんやホワイティアちゃんみたいなタイプは壊滅的に人の気持ちがわからないからね!」


「カナタは開き直るでないわ! ……ティアよ、妾はそなたの歓待に心から感謝しておるぞ」


「えへへ、そうですか? よかったぁ、嬉しいな」



 ティアはくねくねと身体をよじらせる。その様子を見てセレスもうっすら笑っていた。



「さぁさぁ、残りは彼一人だね。僕たちの中では最年長になるのかな。あとはこのアステリズムという組織の発起人でもある。ほら、自己紹介しなよ」



 カナタに促され、その男はピアノを弾く手を止めた。

 ゆっくりと立ち上がり、眼を開く。私と同じ真紅の両眼だ。



「はじめまして、時任聖さん。私の名前はシリウス。シリウス・ネバードーンだ」

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