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第172話 天才な男の娘

「宇宙人、じゃと……?」


「アンドロメダ銀河って聞いたことあるでしょ。その中の球状星団G1、通称MayallⅡ。そこに住んでるから連中をメイオールって僕らは勝手に呼んでるわけだよ」



 私は電気屋で店頭のテレビ画面を見たときのことを思い出す。数時間前の話なのにずっと昔のことのようだ。

 あのとき白い帯のようなものが降り注いだ。流星のような線ではなく、帯。この異常事態やあのメイオールというバケモノが宇宙に由来するという話はすんなりと理解できた。



「しかし動機がわからんのう。妾たち地球人類はメイオールどもに手出しをした覚えはない。なんせつい最近ようやく月に行くことができた程度だからのう」


「カルダシェフスケールっていう概念があってね。その惑星の文明がどれだけ進歩しているかを示す指標なんだ。レベル一は惑星文明。その星の資源を使いきれる文明レベルだ。レベル二は恒星文明。地球風に言うと太陽の核融合によるエネルギーを利用できる文明レベルだね。レベル三は銀河系文明。そして、おそらくメイオールはレベル二~三の間くらいだろう」



 突然よくわからない話をし始めたカナタは、灰色の髪を鬱陶しそうにかきあげながら続けた。



「ヤツらからすれば地球はいずれライバルになるんだよ。今はよその銀河だよ? でももっと時間が経てば僕たちも宇宙進出して、銀河を超え、エネルギーや資源をメイオールたちと奪い合うことになる。そうならないためにメイオールたちは地球が成長する前にその芽を摘むことを考えた」


「参考までに問おう。妾たち人類のレベルは?」


「〇.七。レベル一にも満たない僕たちじゃ、どう考えてもメイオールには勝てはしない。ノストラダムスはすごいね。五百年も前から宇宙からの侵略者を視ていたんだから。僕たち『天才』と同じ人種なんだろうけど、さしもの僕も五百年先は見えないよ」


「一体おぬしは何を言って……」



 すると、ピカッと光るものがあった。わずかに警戒し身を強張らせる。

 敵襲ではない。太陽だ。夜が明けた。


 さっきまで星々の散りばめられた夜空だったのに、今は紺色の部分と白色の部分とがグラデーションになっている。私たちは暁を迎えたのだ。


 すると昇ってきた太陽を背にしてプロペラ音が聞こえてくる。逆光になって眩しい。よく見えない。プロペラ音の発信源は徐々にこちらに近づいてくる。暴風のような風を巻き起こしており、スカートがめくれないように手でおさえた。



「お迎えが来たみたいだね」


「妾たちの味方か!?」



 声がかき消されないように張り上げる。カナタの白衣もはためいている。ヘリコプターからロープでできたハシゴが下ろされた。

 だから待ち合わせ場所を一番高い東京タワーにしたのだろう。とはいえ三三三メートルのうち一八三メートルは折れているのだが。



「僕の仲間たちと合流するよ。聖ちゃんと同じ能力者もそこにはいるからね。能力のこともそっちで話そう」



 そう言い残してカナタはジャンプしてハシゴに掴まった。運動能力が高いようには見えないが体重は軽そうなので動きも軽快だ。

 それに続いて私もハシゴを登る。風が強く上空一五〇メートルで放り出されそうになるので、能力を発動して時間停止し一段登る。ひと呼吸おいてまた時間停止、一段登る。またひと呼吸おいて……。こうすれば時間はかかるが風の影響を受けずに安全に登れる。尤も時間がかかるのは私の体感の話でしかないのだが。



「聖ちゃん!」



 ひとあし早くヘリコプターに乗り込んだカナタが腕を伸ばす。私は逡巡の後、彼の手を取った。

 硬い男性の手で引っ張り上げられる。


 転がり込むようにヘリの座席に座ったところで、モーターのような機械でハシゴは巻き取られ扉も自動で閉まった。



「……益荒男(ますらお)の手に触れるのは初めてじゃな…………」



 カナタは座席から身を乗り出して操縦席の人物と何か話している。こちらからはよく見えない。

 私だけがドキドキしていて馬鹿みたいだ。ただでさえヘリの座席は狭くて密着するというのに気にする素振りが少しもない。



「ヒイロ、船は東京湾?」


「……うん。横浜港につけてる。さすがに東京の本丸に接近しすぎるのは危険だから」


「そりゃそうだ。ということで聖ちゃん、ちょっと酔うかもしれないけど我慢してね」



 心配されなくても路地で散々吐いたからもうこれ以上胃からは何も出ない。

 そういえば、カナタにはそのとき吐いている姿を見られている。私としてはミステリアスな美少女像という圧倒的な『私らしさ』を崩されるので嫌だったのだが。カナタは特に気持ち悪がる様子もない。つくづく不思議な男だ。



「カナタ、操縦しておる者も妾と同じ異能の者なのか?」


「いいや。彼は僕側だね。『バタフライ・エフェクト』という『才能』を持った、ある意味で先天的な特異性だよ。聖ちゃんと同じ後天的な特異性を持った者はそう多くない。僕らの拠点である船に着いても……聖ちゃん込みで三人かな。当面は船で世界を巡って戦力の確保をすることも目的になると思うよ。たぶんね」


「彼……?」



 カナタが『ヒイロ』と呼び会話していた操縦者の声は女性のように高かったはずだが。もちろん声変わりする前の男性という可能性もあるが、それほどの幼い年齢の人物がヘリコプターを運転できるはずない。



「ああ、ヒイロは男だよ。可愛らしい見た目してるから初対面の人はみんな女の子だと勘違いするけど。……って、今は背中しか見えないね。ヒイロ、操縦しながらでいいから聖ちゃんに自己紹介してよ」


「……ヒイロ。八歳。男」


「と、時任聖だ。よろしくたのむ」



 どう聞いても女の子の声だ。だが本人も男だと言っているし男の子なのだろう。



「ちょっと待て、八歳じゃと?」


「言っただろう。ヒイロは僕と同類だ。ヘリコプターの操縦くらい造作もない。聖ちゃんを能力者にするよりずっと簡単だよ」



 ヒイロから訂正はない。カナタの言う通りなのだろう。

 そうだ、と思いついた私は能力を発動して時間を停止させる。座席から身を乗り出して操縦席を覗いてみた。


 ……少女だった。事前に男の子だと聞いていなかったら間違いなくそう思ったはずだ。くりくりとした眼にサラサラのミディアムボブ。まつ毛の長さは私とそう変わらないだろう。五年後には女性アイドルグループにでも入っていそうなほど可愛い。



「乙女のごとき姿の(おのこ)……。クックックッ、ふむ、ならばこの概念を(おとこ)()と名付けよう」



 我ながら素晴らしいネーミングセンスである。

 而して能力を解除。窓からは荒廃した東京の街並みがよく見える。ビルは倒れ、窓は割れ、道路は捲り上がり、いたるところで火の手が上がっている。

 死体もそれなりの数確認できる。これだけ悲惨な状況で生存者はいるのだろうか。


 火の海に飛び込んで大量のメイオールたちと戦っていたときの状況をふまえると、自衛隊は壊滅している可能性が高い。カナタの言葉を額面通り受け取るなら東京のメイオールは私が殲滅したのでこのあたりはもう安全なのかもしれないが、元々生存者が望み薄なので栓なきことだ。


 そういえば総理大臣は言っていた。地球の領土を放棄すると。となると、各国の首脳はメイオールの存在を知っていたということになる。

 私を始めとする一般人は知らず、カナタや総理大臣は知っていること。東京タワーですべてを聞き出せたわけではない。船とやらに到着したらより詳しく話してもらおう。


 今は知ることが何よりも大切だ。誰が敵で、何が世界の理不尽か。私の異能は何か。何が出来て何が出来ないのか。私が私らしくいるために、私は私のどんな武器を使って誰をどれだけ殺戮すればいいのか。



「クックックッ、カナタよ。船に着いたらもっと詳しい話を聞かせてもらうぞ」


「はいはい。もちろんですよお姫様」



 眩しい朝陽が私たちを照らし出す。東京湾の海面がキラキラと光った。

カルダシェフスケールは天文学や理論物理学の世界で実際に存在する指標です。

あと、今章作中の一九九九年には男の娘に相当するキャラクターはいましたが「男の娘」という名称はたぶん存在しないと思いますので、本編ではああいう感じにしました。

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