第171話 地球人は特別なのか
二メートル近くある身長で二足歩行。顔面の輪郭は骸骨。これだけ聞くと人間の死体のようだ。
だが、カナタがメイオールと呼んでいたソイツらは爬虫類のような尻尾を引きずっているし手足の指は三本だし鋭い爪は刃物のようだし。骸骨の両眼の部分には虫の複眼のような巨大な両眼があって、後頭部は一メートル弱後方に伸びている。身体は全身が真黒で、筋肉が露出している腕や足は金属のようにも見える。
私の目の前のメイオールは耳の位置まで裂けて笑っているようにも見える口を開き、無駄に歯並の整った歯をカタカタカタカタと鳴らしながら、眼に紫色の光を淡く宿した。
ヒュュゥゥン! と空気を切る音が鳴る。背後から瓦礫が飛んで来たのだ。
「……時よ、止まれ」
世界が白黒になる。私たちを囲っていた火の海は燃え上がるのをやめ、雪は空中に浮いたまま。高速で飛来してきた瓦礫も宙に浮いたまま停止している。
「サイコキネシス、というやつじゃな……」
もちろん、『瓦礫を動かす能力』というピンポイントでしか使えない能力かもしれないし、『物体を引き寄せる能力』かもしれない。しかし少なくとも起きた現象から推察できる範囲で一般的な能力は『サイコキネシス』だろう。いわゆる念力。
カナタは眼の色の変化に気をつけろと言っていた。あのアドバイスの通り、メイオールとの戦闘では虫のような複眼に注目している。今回のように、サイコキネシスで私の死角から瓦礫を放っても易々と反応できてしまう。
私は宙に浮いている瓦礫を指で押し方向を変える。
「時の流れを赦す」
私の言葉を合図に世界に色が戻り時間が流れ始める。私をすり潰さんと放たれた瓦礫は慣性を維持したまま、私ではなく能力を発動した張本人のメイオールへと突き進んだ。骸骨のような顔面に衝突し仰け反ったところを私が接近して刀を振り抜き首を斬り飛ばす。
「カナタは一〇〇人程度と言っておったが……」
二五三人。私が斬ったメイオールの数の合計である。
〇△〇△〇
「やあやあ聖ちゃん。お疲れ様」
上半分が折れてしまった東京タワー。今では二つある展望台のうち低い方、地上一五〇メートルのメインデッキが頂点となってしまっている。その展望台も天井はなかった。
カナタが手すりに寄り掛かりながら笑顔で手を振ってくる。白衣姿な上に不健康そうな見た目なのに、無駄にイケメンなのが腹立たしい。
本当だったら私だって、中学を卒業して、恋愛して、男の子とデートして、働きながら子育てもして母には孫を抱っこさせてあげて……。そんな未来があったはずなのに。
それがどうして怪しい無駄イケメンとぶっ壊れた東京タワーから焼け野原になった東京の街並みを眺めることになったのか。
どうして、母は殺されなければならなかったのか。
……。
「大丈夫?」
「ひゃぁあっ!? 妾に突然近づくでない!」
陰鬱な気持ちになって暗い表情で俯いていたところ、下から覗き込むようにカナタの顔が現れた。つい突き飛ばしてしまいそうになったがカナタはひょいと避けた。
「おいおい、今の聖ちゃんは並の人間じゃないんだよ? 軽く突き飛ばしただけのつもりでも僕なんて一瞬でひき肉になるよ。その元気はメイオールたちとの戦闘にとっておいてもらわなきゃ」
「そ、そうじゃ! なにが一〇〇人じゃ! 結局二九八人も相手にすることになったわ!」
「うん、でも東京エリアはこれでほぼ殲滅だと思うよ。上から眺めてたけどあちらさんの援軍はないし、殺り残しもないはず」
「それならばよい。……というか、東京エリアとはなんじゃ。 そもそもメイオールというあのバケモノは何者じゃ! 妾の異能は何なんじゃ!」
「ちょっとちょっと、そんな一気に質問されても困るよ。あ、ちなみに先に答えておくと僕の好きな食べ物はモロヘイヤで好きな女性のタイプは包容力のある年上の……」
「そんなことは聞いておらんわッ!」
「ハハ、冗談だよ冗談……。さて、どこから話したもんかね。もちろん全部話すっていう約束は守るよ。だが、やはり順序は大切だ。誰もが僕みたいに頭が良いわけじゃないからね!」
「いちいち鼻につく言い方をする男じゃ……」
やれやれと苦笑いを浮かべると。
「やっと笑ったね」
ぽん、と頭に手を置かれる。姫カットにして整えてあった前髪がくしゃくしゃになる。血管や筋が浮き出るほど細く不健康そうなほど白い腕なのに、カナタの手はとても温かい。
「や、ややややめんか! 妾を誰と心得る!」
「お母さんの死。それが聖ちゃんを焦らせているのはわかるよ。いくら特別な能力を得てもまだ十四歳の女の子だ。明るい未来を夢想することもあると思う。だけどさ、冷静になろう。僕らに失敗は許されないんだから。もしそれでもどうしても辛いときは、僕がこうやって笑顔にしてあげるから。能力を持たない僕じゃ、それくらいしかしてあげられないから」
カナタはどこか切なそうに笑いながら私の頭を撫でてそう言った。
彼の指摘は図星だった。運命への反逆を誓った。それでも心のどこかに母の存在を、あり得た未来への希求を抱いている。それが焦りを生む。視野を狭める。
現実を受け入れる用意ができていない、とカナタは思ったのだろう。私は現実から目を背け、明るい未来への夢想の反動として早く情報をよこせと詰め寄っていた。病的な焦燥だ。今ならわかる。そんな自分が正しい判断をし、正しくカナタの言っていることを理解できるとは思えない。
開けた黒い空を見上げて一度大きく深呼吸をする。燃え尽きた東京の死臭が肺を満たす。
「すまぬ。妾は冷静さを失っておったな。もう大丈夫じゃ。話を聞かせてくれるか」
〇△〇△〇
「聖ちゃんはさ、神様って信じる?」
「いきなりじゃな」
屋根のない展望台で、カナタは拳大の瓦礫を手に取って眼下の街並みに放り投げながら聞いてきた。
「宗教は古今東西に存在する。妾は東洋の占星に精通している故、日本の神道や東アジアの仏教についての知識ならば人並み以上にもっている自信はあるのう」
「まあ、どこの国の宗教でもいいんだけど。いずれにしたって宇宙創成の話はあるんだ。『光あれ』って言いながら七日間で世界を作る話とか、混沌から天地開闢が起きたとか。そういうやつね。聖ちゃん、そのときこうは思わなかった? 人間に都合が良いなあって」
「都合じゃと?」
「そんな大層な神様が、わざわざ地球って惑星を作って、わざわざ地球に人類を生み出して。銀河系だけでも一〇〇〇兆個の星があるっていうのにね」
「……つまり、地球は……妾たち人類はさほど特別ではないと?」
「んー。宇宙の広さを踏まえれば特別だろうね。如何せん分母が大きい。分子が多少増減したところで希少であることに違いはない。あ、ビルに当たった」
カナタの投げた瓦礫が折れた高層ビルの断面に着地した。丸めたティッシュをゴミ箱に投げ入れるような感覚なのだろうか。少しだけ嬉しそうだ。
「特別であっても無二ではない、とおぬしは言いたいのか?」
「そそ。その通り。僕は聖ちゃんと出会ってから今の今まで、メイオールのことを一匹二匹とは数えてないでしょう。そして、聖ちゃんも僕に合わせてくれている。工場からここに来るまで、東京中を回ってメイオールを殺してまわった聖ちゃんにもう一回質問しようか。何人やっつけた?」
「……二九八人じゃ」
「そういうこと。聖ちゃんでもわかるように噛み砕こうか。平たく言えば、メイオールは宇宙人。というより、違う星に住む人間だよ」