第165話 ガラパゴスケータイ
昼休みになった。クラスメイトたちは教室で弁当を食べているけれど、私は特に何も持ってきていないので昼は抜き。朝昼晩と忙しく働いている母にそんなことまで要求できない。ただでさえ最近は身体を壊し気味がというのに。
一応は昼食代として数百円をもらっているが、これは使わずに毎日貯金している。中学を卒業して義務教育を終えたら私も就業できるようになるから、そのときになったら貯金を使って母に何か買ってあげたいと思っている。お礼というか、育ててもらった恩返しというか。
さて、私は教室をさっさと出ると女子トイレの個室に籠った。ポケットからケータイを出し慣れた手つきで開く。中学校はケータイ禁止なので、メールを確認するにもこうしてコソコソせねばならない。
あった。
メール受信ボックスに一件だけ新着メールが来ている。
『件名:時任聖様 一次選考結果のご連絡』
「すー……はぁ……。ふぅ、よし」
覚悟を決めてメールを開封。
『この度は講英社ライトノベル大賞へのご応募まことにありがとうございました。厳正なる選考の結果、大変申し訳ないのですが、二次選考へのステップは見送らせていただくことになりました。今後も時任様のますますの創作活動をお祈りするとともに、』
そこでもう読むのをやめてケータイを閉じる。はぁぁ、と深いため息をついた。
仕方ない。文学に限らず賞レースというものは審査する側の力量が応募者より低い場合もある。きっと私の才能を見抜けない作家や評論家、或いは編集者だったのだろう。
私が応募した『織田信長の源平転生~第六天魔王の恋人がTS義経だなんて聞いてない!?~』の面白さを理解できない出版社とはそもそも仕事したくない。ここで落ちたのはセンスのない出版社と出会わないための運命だったのだろう。
私はこうしたライトノベル等々の創作活動をしていることは誰にも話していない。親友の律子にも、母にも。
「ショックを吐き出す相手がおらんというのも困りものじゃな……」
母にはこれ以上余計な心配はかけたくない。でも、律子には相談してもいいかもしれない。とても聡明で優しい子なので何か今後の活動のヒントをくれるかもしれない。
もう一度溜息をついて個室の扉によりかかる。呼吸を整え、そろそろ教室に戻ろうかと思ったとき。
トイレに複数人入って来る声や気配を感じた。ずっと個室に籠っていたと思われるのは私自身の評判やブランドに関わるので、ケータイを使うという用件は済んだが個室からは出ずに待つことにする。
「はぁぁぁぁマジでアイツうぜぇわ」
「それなぁ。ウケる」
「ほんとほんと。なにが占星術よ。ちょっと時任の顔が良いからって男子たちもデレデレしちゃってさぁ。律子もそう思わない?」
……ッ。
喉が締め付けられるような気分だった。三人の女子の声。聞き覚えがある。クラスメイトだ。ただし、私が占星術をしているときには遠巻きから睨みつけるように見つめてくる連中。髪を派手に染めてうっすらと化粧もしている、チャラチャラしたグループ。
その三人と、私の親友の律子が一緒にいる。
「え、ええと……私は……」
「律子もさぁ、あんなイタいキャラの女となんで仲良くしてんの?」
「その……」
「ねぇねぇ、この間の放課後に教室でこっくりさんしてたらさ、時任がずかずかやって来てさ、『クックックッ、素人が安易に降霊術へ手を出すでない』って言われてさ、アタシほんっとにムカついたんだよね。律子もそういう経験ない?」
「あの、だから……」
胸が苦しい。親友を苦しめてしまっている。
私の態度や振舞は誰のためでもない。ただ自分がやりたくてやっている。これが私にとって、理想の自分だ。だが、その結果として大切な人がこうして不良に絡まれるようなことになるなんて考えたこともなかった。
「教室戻ってアイツのキモいコスプレ道具みたいなやつ隠しちゃおうよ。律子、アイツのロッカーって何番だっ……」
「聞いてってばッ!」
律子が遮るように声を荒げると、三人の少女たちは驚いたように押し黙る。
「さっきから黙って聞いてれば! 聖ちゃんの悪口ばっかり言って!」
「ちょ、律子どしたん? マジギレしちゃった感じ……?」
嬉しい。私のいないところで律子は私のために怒ってくれる。三対一という劣勢でも怖気づかずに声をあげてくれた。胸がポカポカと温かい。
「怒るに決まってるじゃん! じゃあ何、三人はさ、聖ちゃんがクラスで嫌われたら満足するわけ!?」
「う、うん、まあそんな感じかな……」
「ほんっっと最低! 私、近くに男子がたくさん近寄って来るから聖ちゃんと仲良くしてるのに! あの子から人気を取ったらイタい言動と性格しか残らないじゃん!」
え……?
「なになに、律子も時任のこと嫌いなワケ?」
「うん。嫌いだよ。キモいじゃん。自分のこと『妾』って呼んでるんだよ? 自分を自分の名前で呼ぶ女子よりもイタいでしょ。そう思わない?」
「そりゃまあ、うん」
「そうだね」
「……たしかに」
「でもね、聖ちゃんと仲良くしてると、聖ちゃん目当ての男子がいっっっぱい寄って来るの。最初は聖ちゃんとの仲介役で私とメアド交換するけど、連絡先ゲットしたらこっちのものというか。誘惑すればカッコいい男子ともかなり付き合えるんだよ」
「それマジ?」
「うん。聖ちゃんの一番の親友の私の特権だけどね。だからゴメン。三人の聖ちゃんをキモいって思う気持ちは痛いほど理解できるけど、私は私のために聖ちゃんとこれからも仲良くするし、クラスの人気者でいるお手伝いをするわ」
「も、もう~驚かさないでよ! 全っ然気にしないでいいよ。ていうかぁ、むしろ律子もアタシたち側なんだってわかって嬉しいし」
「それなぁ」
「てかさ、四人で裏庭見に行かん? 昼休みってイケメンな先輩たちがバスケしてるんだってさ」
「それいい!」
キャッキャッと騒ぎながら四人はトイレを出ていった。足音や喋り声が遠ざかっていく。
私は滲む目をこすった。何度もこすった。身体に力が入らず、個室の扉によりかかったまましゃがんでしまう。
握りしめたケータイにポタポタと水滴が落ちる。膝を抱えて顔をうずめ、しゃっくりをする度に肩が揺れる。
しばらくそうしていると昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。私はその場から動けないまま、下校時刻になるまでずっと蹲っているのだった。
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