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第163話 桜吹雪の告白

 二本の影が伸びる。昨日の大雨が嘘のようにからっと日本晴れだ。内裏の石階段を降りるまでの間、二人の間に会話はなかった。

 季節外れに狂い咲いた桜の吹雪のアーチをくぐりきると、下には剛毅がいた。



「よう、お二人さん」



 円を庇うようにナツキが前に出ると剛毅は笑いながらひょうたんで酒を呷る。



「ガッハッハッ、そう構えるなよ暁。もう円の疑いは晴れた」


「それじゃあ秀秋は?」


「ぐっ……痛ぇとこ突いてくるな。逃げられちまったよ。今も俺の部下たちが血眼になって不眠不休の捜索をしているがてんで足取りは掴めねぇ。あいつ能力は追跡を振り切るのには便利だからな」


「で、俺たちに何か用か?」


「いや、大した用件じゃねえよ。英雄のやつから暁へ伝言だ。自分は残って鍛錬や仕事を続けるから、先に帰ってくれて構わない、ってな。ま、用件はそんだけだ。邪魔して悪かったな。若いお二人さん」



 言いたいことだけ言い終えると剛毅は千鳥足でふらふらと立ち去った。後ろ姿が見えなくなる頃、徐に円は繋いだ手をほどく。

 円はまっすぐにナツキを見つめる。緊張で眼がうるんでいるのがわかる。

 幾許かの時の後、深呼吸をした円は意を決して言葉を紡ぎ始めた。



「ナツキ。お前が田中ナツキであると同時に黄昏暁でもあるということは理解した。たしかに寺子屋で私みたいな尖っていて不愛想な女に構うなんておかしかったんだ」


「不愛想だなんて思ってなかったぞ」



 嘘だと思うなら能力を使ってみろ、とばかりにナツキは手を差し出すが、円は穏やかに微笑み必要ないとばかりに首を振った。



「ありがとう。ナツキ、私はお前が誠実な男性であることをもうよく知っている。いちいち確かめなくても、心優しく、強く、そして魅力的だということはわかっている」


「ククッ、面と向かってそう言われると照れるものがあるな」


「黄昏暁としてのナツキには以前話してしまったことがあったが、改めて私の口から言わせてほしい」



 もう一度深呼吸をする。黒いポニーテールが風で揺れている。



「田中ナツキ。私はあなたを愛している。私と、夫婦(めおと)になってはくれないか?」



 こうなることを、ナツキもまた予期していた。彼女が自分を好いていることは聞いていたし、もう一人の自分がいつかこうした問題に直面することは忠告してくれていた。

 問題は先送りにならない。大好きなアニメやゲームならここで観るのをやめてしまえばいい。だが、目の前のリアルな女性がリアルタイムで自分を本気で愛してくれている。嘘でも冗談でもない。夫婦という、人生の伴走者。円は人生を懸け、一世一代の告白をしてくれた。


 それをわかっているからこそナツキは悩み苦しむ。本気の愛への応え方を知らない。本気で愛したことはある。その人に愛で応えてもらったことはある。でも、誰かに向けられた愛へ応えた経験はナツキにはないのだ。



 二人の間に爽やかな桜の嵐が吹き抜ける。



「円、俺は──」



〇△〇△〇



「ただいま……」



 おそるおそる我が家へと足を踏み入れる。リビングへの扉を開けると、夕華は学校と同じレディーススーツのままパソコンのキーボードを素早く叩き仕事をしていた。

 ナツキの帰宅に気が付いた夕華。知的で怜悧、なおかつ万人が振り返るほど美しい顔をいつも以上に険しくし、パソコンを閉じて、ナツキのもとへと歩いてくる。


 怒られる。直感的にそう感じた。夕華もまた帰宅直後なのか仕事着のままだ。学校での教師と生徒という関係性をどうしても連想してしまった。怒鳴られると思ったナツキは思わず目をぎゅっと閉じる。



「おかえりなさい」



 まずとても柔らかい感触。続いて甘い良い香り。優しい言葉が耳朶を打つ。温かい。その温もりが自分を抱き締める恋人のものだと理解するまでに数秒かかった。



「た、ただいま……。……怒ってない?」


「怒ってるに決まっているでしょ。気が付いたら京都に行ってるし、メールでの事後報告だし、何日も経つのに全然連絡つかないし。でも……」



 抱き締めたまま、ナツキの頭をそっと撫でる。



「信じて待とうと思ったの。私にはナナやスピカさんみたいに強い能力はない。雲母さんみたいに芸能人として世界的に知名度があるわけでもない。ハルカみたいに、何事も見通すほど賢くはない。それでも、世界で一番愛している人を世界で一番信じてあげられる人になろうって。帰る場所になってあげられる人になろうって。だから……ずっと待ってた。必ずおかえりなさいって言ってあげるって決めてたのよ」


「夕華さん……」



 抱擁を解いた二人は唇を重ねる。ただそれだけのことなのに、会えなかった数日間の寂しさを吹き飛ばすほどの大きな愛情が一瞬にして行き来した。


 キスを終えたナツキは思い出したかのように、そうだ、と言うと手に持っている紙袋を手渡した。



「お土産? 何かしら」


「今回の謝罪というわけじゃない。俺の夕華さんへの想いだ」



 紙袋の中にはか細長い小箱が入っている。開けていい? と視線で問うてきた夕華に首肯で返す。

 小箱の蓋を丁寧に開けると、そこにあったのは美しい簪だった。黒を基調としつつ紅色や金色があしらわれている。この国の伝統的な色彩で、非常に高価な工芸品であることが窺える。



「ナツキ、男性が女性に簪を送る意味はわかってるの……?」


「ああ。言っただろう。俺の想いだって。夕華さんに受け取ってほしい」



 顔を赤らめた夕華は小箱をダイニングテーブルに置いて簪を早速髪に差した。黒髪であれば黒い簪は見えにくくなるが、夕華の明るいベージュ色の髪には上品な黒がよく映える。



「ありがとう。ナツキ、これからもよろしくね」


「ああ。生涯な」



〇△〇△〇



 数日後の朝。まだ夏休みではあるものの、比較的規則正しい生活を送っているナツキはきちんと早起きしている。朝食を食べながら、つけっぱなしになっているテレビでは朝のニュース番組で天気予報をしているところだ。



『おはようございます! 二〇一四年八月十日、近頃暑い日が続きますね。それでは世界各国の首都のお天気を見てみましょう! 京都は梅雨前線が去ったものの残った雲で通り雨におそれがあります。折り畳み傘を忘れずに! 上海は非常に暑く、夏の到来を感じさせます。ニューヨークは温度が高いだけでなく湿度も高いため熱中症に気が付きにくいです。気を付けましょう。エディンバラでは……』


「ナツキ、お手紙が来てたわよ」



 朝から無駄に明るいお天気キャスターの声に辟易していると、夕華が郵便受けから小さな白い封筒を取ってきた。赤と青で縁取られているのはエアメールの証拠、海外からの手紙だ。

 封を切ると便箋と写真が入っている。竹林を背景にした、左手で握った日本刀の写真。きっと右手で撮影したのだろう。

便箋には綺麗な文字でただ一言だけ書き記されていた。



『いつかナツキに振り向いてもらえるほど、素敵な女性になります』



 彼女の初恋はひとつの区切りを迎えた。しかし、恋は終わっても愛はなくならない。愛が勇気を与え、勇気が人を行動させる。


 国外にいる母親を探しながらなおかつ女剣士として高みを目指す。言葉にするのは容易いが、孤独な旅は心身を摩耗させる。それでもいつか、いつの日か、ナツキと添い遂げる日を夢見て。

 ナツキは言った。理想を追い続ける姿勢は美しいと。だから彼女は諦めない。愛した人の妻になるという理想への歩みは止めることは決してない。


 ナツキは手紙を持って自室に行き、鍵付きの引き出しにそれを大切に仕舞った。

 彼にとってそれは初めて告白された経験であり。同時に、初めて大切な人を失恋させてしまった経験でもあった。


 誰にも言いふらすつもりはない。だから鍵をかける。この恋愛はナツキにとっても、心から大切だと思える出会いだった。まばゆいほどの宝物になったのだった。



〇△〇△〇



『聖皇ちゃん、本当は最初から二十八宿に入れる若者を選んでもらおうなんて思ってなかったんでしょー? うちの弟には別の目的があった。でも最初からそれを伝えずに、別の用件で呼び出した。それで、偶然を装ってある女の子と引き合わせた。どうどう、この推理、正解でしょ!?』


「やはりおぬしの眼は誤魔化せんのう。すまんな、おぬしの弟を勝手に借りてしまって」


『いやいやオッケーだよ! あの子を成長させることが目下最大級の目的だからねぇ~』


「……そうじゃな。まあ妾としても用件は謝罪だけじゃ。切るぞ」



 聖皇はストラップをじゃらじゃらとぶらさげているガラケーの通話を切り、それを大切に和服の懐に仕舞った。

途中で投稿が途絶えるなど、すいませんでした。四章はここまでとなり明日より五章を投稿させていただきます。毎日投稿は続ける予定ですが、何があるかわからないのでブックマークをしておいていただけると助かります。

また、感想や評価等もしていただけるととても嬉しいです。

今後もよろしくお願いいたします。

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