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第162話 母は大事にせねば

 目を開いても暗闇。いいや、よく見ると蝋燭の火が小さな灯りとなっている。それでも部屋全体が暗いのは間違いない。



「ここは……」



 起き上がったナツキは自分が布団で寝かされていたことに気が付く。清涼感のある(こう)の匂いや、部屋の上座に位置する御簾(みす)。記憶に照らし合わせればここが紫宸殿であることは間違いない。


 御簾には女性のシルエットのみが揺れている。この部屋に住まうのは、たった一人。



「聖皇、お前が運んでくれたのか?」


「一応応急処置は命じておいたが、とっくに刀傷は塞がっておるようじゃの。到底一晩で自然治癒するわけがないほどの重症じゃ。さすがは最強の能力者といったところか?」



 左肩から胸にかけて包帯が巻いてある。無論、ナツキには錯乱した(まどか)を責めるつもりはない。

 すると、タイミングを見計らったかのように木戸が開かれ外の光明が差した。やはり内裏は桜吹雪が舞っているようで、光だけでなく数枚の桜の花弁も部屋へと入ってきた。



「し、失礼いたします」



「うむ。入れ」



 緊張した声音の主は円だ。聖皇の許可とともにすり足で紫宸殿へと歩を進めていたが、布団で上体を起こしているナツキを見つけるや否や青ざめた顔で駆け寄って来た。礼儀も作法もすべて無視して速度だけを重視している。



「ナツキ!? もう大丈夫なのか!?」


「あ、ああ。大した怪我じゃない。円も知っているだろう? 俺が桔梗の足の捻挫を治療したのを」



 円は今にも抱き着きそうなほど密着してきた。端正で目鼻立ちのくっきりとした綺麗な顔が至近距離に近づき鼓動が高まるのを感じる。女性特有の甘い香りでくらくらする。円は辛そうな表情でぽつりぽつりと話始めた。



「それでも……ナツキをこんな目に遭わせたのは私だ。責任は私にある」


「いいや違うな。田中ナツキと黄昏暁が同一人物であることを隠した俺のせいだ」


「でも……」


「ククッ、あまり俺を困らせるな。俺は円の夢を追いかける力強くて明るい表情が好きなんだ」


「す、好きって……!」


「こほん。そこな若人よ。仲睦まじいところすまんが、そもそも彼に京都へ来るよう依頼し寺子屋への潜入を命じたのは他ならぬこの(わらわ)。であれば咎を本来向けられるべきは妾であると言えるじゃろう。なれば、高宮円、そなたは一切の責を負う必要はない。悪いのは妾じゃ。わかったな?」


「は、はい! 聖皇陛下」



 円はその場で三つ指をつき御簾の向こうの聖皇に頭を下げた。聖皇なりの気遣いにナツキは苦笑をもらす。



「円をここに呼びつけたのはお前なのか?」


「そうじゃ。なにもおぬしと会わせてやろうとしたわけではない。その娘の真偽を判別をする能力は有用だからのう。等級は低い故、とても実戦で活用できる次元にはないが、こうして管理し運用することは可能というわけじゃ」



 円とナツキは顔を見合わせると、指を絡め合わせながら手を繋いだ。いわゆる恋人繋ぎだ。二人して顔を赤くする。布団の上で密着し肌と肌を触れ合わせる行為に、その先のことまでついつい連想してしまったためだ。

 御簾の向こうにいる聖皇はまるでこちらが見えているかのように溜息をつく。



「はぁぁ。これが若さというものなのかのう。羨ましい限りじゃ。……さて、黄昏暁よ。妾がそもそもどうしておぬしを呼びつけたのか、その理由は覚えておるな?」


「ああ。星詠機関(アステリズム)の日本支部にいるナナさんと牛宿の二人は元々二十八宿の人間だった。それが数年前同じ時期に揃って平安京を抜け出したもんだから、急遽人材不足に見舞われた。そのうち片方は英雄で埋めるとして、あと一人」


「そうじゃ。誰を二十八宿の一家として後継にするか、寺子屋の中で才ある者は見つかったかの?」


「ああ。既に決めている」



 手を握る力が、強くなる。



「高宮円を推薦したい。かつて二十八宿に選ばれるほどの実力があると言われた高宮薫と同じステージに立っている。能力の等級こそ低いが、その戦闘力は相手が二等級であっても引けを取らん。これ以上ないほどの逸材だ」


「どうじゃ、高宮円。彼奴は嘘をついておるか?」


「い、いいえ。そういった反応はありません」



 むしろ、当の円本人がバクバクと心臓が脈打っていた。いっそ『嘘』と脳内に出てくれた方がラクになれたかもしれない。少なくとも彼は、円の想い人は、自分を心の底から偽りなく認めてくれている。



「なるほどのう。おぬしの考えはよくわかった。……ときに高宮円よ。ひとつ、可能性の話をしよう」


「可能性の、話?」


「ああ。もしも、もしもじゃ。()()()()()()()()()()()()()おぬしはどうする?」


「は、母上がもしも生きていたら……。そうですね…………」



 迷いや不安が繋いだ手を通してナツキにも伝わってくる。俯き瞑目した円は数秒考えると絞り出すように話し始めた。



「会いたいです。会って、話がしたい。強くなった私を見てもらいたい。……そう、思います」


「たとえ国外におるとしてもか?」


「私は、能力者が集結するこの街で非能力者として生れ落ちました。ただ授刀衛の親を持つというだけで市民権を得て、そして今まで平安京から一歩も出たことがありません。だけど……それでも……私には勇気があります。新しい目標を、理想を、夢を追いかけるための勇気が」



 ちらりとナツキを見てにこりと笑った。円にとって勇気の根源は、初めて恋をした人。愛の全て捧げたいと想った人。母への憧憬を後押ししてくれた心優しい人。

 

 今までで最も綺麗だった。円の手の血豆を見て、ともに鍛錬に付き合い、円についてたくさんのことを知った。そのどれよりも美しい笑顔を向けてくれていた。



「だから大丈夫です。覚悟ならできています」


「ふむ、そうか。それでは黄昏暁。おぬしの推薦、この聖皇の名において峻拒(しゅんきょ)させてもらおう」


「その理由は?」


「同じくこの聖皇の名において、高宮円を授刀衛から除名するからじゃ。いいか? これは可能性の話ではない。たしかな事実じゃ。高宮薫は生きておる」


「母上が、生きている……?」


「ああそうじゃ。実際は当人の意思でこの街を出た。それも国外の敵に同調してな。しかし、じゃ。もしも裏切者の汚名が着せられた場合どうなる? ただでさえ薫は授刀衛に敵が多く、嫉妬もされておった。残されたおぬしへの風当たりが強くなることに疑いの余地はなかろう? それゆえ、妾が手を回して亡くなったことにさせてもらった。今まで黙っておってすまなかったのう」


「い、いいえ。驚いてはおりますが、深いご配慮痛み入ります」


「ならばこの話は終わりじゃ。……母親は大事にせねばならんからな…………。さて、黄昏暁よ。すまぬ。おぬしが行った選考を蔑ろにした」


「それは別に構わん。だが、大丈夫なのか? 俺を呼びつけるほど人材探しに苦労しているのなら楽ではないだろう」


「クックックッ、なあに、心配はいらん。なんせ全国から人材を集めておるからの」



 美咲の件をよく覚えているナツキとしてはあまり笑えない発言だった。この大日本皇国で能力に覚醒すると、平安京で過ごすか厳しい管理と監視の下に置かれることになる。星詠機関(アステリズム)日本支部の採用試験の人の集まりようを見れば、どれだけその監視が実生活をする上でハードなものかは想像に難くない。


 もちろん聖皇とてナツキのそうした経験や経歴、人間関係を知った上で冗談めかして言っているのだろう。ナツキもそれを理解しているので取り立てて謗るつもりもない。



「これで話は終わりじゃ。黄昏暁よ。もう動けるな? 高宮円とともにここを去れ」



 『ここ』が指し示すのは紫宸殿なのか、或いはこの平安京という街そのものなのか。

 それはきっと両方なのだろう。


 立ち上がった二人は手を繋いだまま、紫宸殿を後にした。

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