第16話 邂逅
「イエスかノーで答えなさい。あなたは、財団の能力者なのかしら?」
首を右腕で絞められ、背中には金属質の固い筒状のものが当てられている。声の主は少女だ。顔は見えないが年齢は自分とそう変わらないだろうか。いや、身体を押し付けられ首元に触れているこの柔らかい感触の大きさはとても中学生のものではない。高校生か、それ以上か。
いきなりのことにナツキは戸惑ったが、冷静に考えれば自分はその財団とやらに心当たりはない。そして気になるのは能力者というワード。とりあえず抵抗の意思なしということを示すため両腕を上げる。
「ククッ、半分イエスで半分ノーだ。俺は煉獄を宿した漆黒の能力者だが、財団とやらに関係はない」
どうせ背中に当てているものもエアガンか何かだろう。当のナツキが自宅にたくさんのエアガンを置いているので形状にも覚えがある。
ナツキは返答するや否やしゃがんでローブコートを抜け出し、回転蹴りの要領で勢いをつけブラジリアンキックを放った。相手の少女もなかなかに素晴らしい反射神経の持ち主で、側頭部を腕でガードすることで衝撃に備えた。
が、そもそもナツキの狙いは頭ではない。初対面の女性にそんな命に関わる危険な真似をするわけがない。本当の目的は手。エアガンを握る手だ。案の定、ナツキの鋭いキックによって少女は思わず手を放してしまい銃は路地の壁にぶつかってアスファルトの地面に落下した。
初めて正面から少女を見て、そしてナツキはある確信を得た。ニヤリと笑い話しかける。
「ククッ、貴様、例の組織の人間だな。用件は俺か? それとも、俺の眼か?」
少女の青いカラーコンタクトをした瞳。財団というよくわからない抽象的な組織の名称。当たり前のように口から出てきた『能力者』という言葉。持ち歩くエアガン。
ナツキはこうした症状に非常に親しみがあった。
故に、内心ナツキはこう呟く。
ククッ、こいつは俺と同じ中二病だ!! と。
〇△〇△〇
例の赤い眼の能力者は思いのほか早く見つかった。なにやら歩道で腕をぐるぐる振っている。
スピカは路地裏に潜んだ。これだけ人が多いとなると路地裏であっても能力を使うのは人目について難しい。先日ニューヨークでしたように銃声でも鳴れば離散してくれるだろう。あまり気は進まないが相手は自分より格上の一等級の能力者だ。用意していた銃を黒いブレザージャケットの胸ポケットから取り出す。
星詠機関は国連の直轄組織であるため、外交官や大使と同様に入国に関する国際法がやや特殊だ。そのため日本においても銃を携行することが許されている。
今だ! 路地の前を通った瞬間、腕を引っ張り路地裏に連れ込む。右腕で首を絞め左手で銃を背中に突きつける。仮に銃の対処をされても腕で首をへし折ればいいし、その逆もまた然り。
財団の関わる事件の渦中にこうして一等級の能力者がいる時点で限りなく黒に近いグレーだ。そして仮に財団側の能力者でなくとも何か重要な情報を握っている可能性は高い。故に脅すような状況で一旦聞き出すことにしたのだ。
「イエスかノーで答えなさい。あなたは、財団の能力者なのかしら?」
話し合いの余地がありそうならスピカとしてはそうする気でいた。逆にもしも徹底的に抵抗してくるなら、星詠機関の別の部署に迷惑をかけるが一般の人々に見られるのを覚悟で能力を行使することも辞さない。
が、その答えはどっちつかずのものだった。
(イエスでもありノーでもあるってどっちなのよ! でも財団とは関係ないっていうのが本当ならうまくすれば現地協力者になってくれるんじゃないかしら)
スピカがそうした楽観的なことを考えた瞬間だった。突然、両腕から相手の感触が消失した。曲芸師のようにするりと着ていた黒いローブから抜け出したのだ。
(マフラーのせいで首への絞めつけが弱まってたのね……!)
そればかりか手元の銃は蹴りによって弾き飛ばされた。スピカとて体術の訓練を積んでいないわけではなく、相手が素人ならば大の男数人であっても鎮圧する自信がある。だが、思った以上に相手の放ったキックが洗練されていたことや、一等級の能力者という格上への緊張感、一等級の能力そのものへの警戒、それに加えて能力重視であり銃火器に使い慣れていないことなど幾つもの要因が重なったことで容易く武器を手放してしまったのだ。
こうなってしまっては彼が財団の能力者でないと言っても、こちらも能力を用いた攻勢が必要になる。そう判断して二等級の能力者の証である青い瞳を淡く光らせたときだった。
「ククッ、貴様、例の組織の人間だな。用件は俺か? それとも、俺の眼か?」
(『例の組織』……、やっぱり彼は私が星詠機関の人間だってことを見抜いているのね)
『俺の眼』というのはつまり一等級の能力者の能力を頼って、ないしは狙って自分のところにやって来たのか尋ねているのだろう。
それもそうだ。一等級の能力者ということはスピカより格上で、シリウスと同等ということになる。そんな能力の次元がまったく違う相手を自分たち星詠機関や対立しているネバードーン財団が把握していないはずがない。きっと過去に接触を図った者がいたのだろう。それが彼を害する類のものであったとしても。
そしてスピカはもう一つ気がついた。相手の赤い眼が片方だということだ。
能力の規模や強さの指標である「等級」は眼の色によって判別される。青い眼の自分は上から二番目の二等級で、例えば先日拿捕したバーバラという女は緑の眼なので五等級の能力者ということになる。
さて、目下相対している少年は片眼だけが赤い。赤はすなわち最高最強である一等級の能力者の証明である。そしてスピカはこれまで、片方の眼だけに色がついている能力者を見たことがなかった。
(彼にどういう事情があるかわからない。でもこっちの素性にすぐに気が付いたっていうことは、この子は『本物』の一等級の能力者だと思って私も立ち回った方がいいわね)
腹をくくったスピカはまず非礼を謝罪し身分を明かした。
「いきなり手荒な真似をしてごめんなさい。私は国連直轄組織、星詠機関所属のスピカよ。ある事件を追ってこの街にやって来たの」
やっとあらすじ詐欺から脱せそうです。
いつも読んでいただいて本当にありがとうございます!