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第156話 五人で五属性能力

 五重塔を脱出した(まどか)は白漆喰の壁をジャンプで飛び越え、膝で衝撃を殺して石畳の地面に着地。軽快な身のこなしは高い身体能力の証、優れた剣士としての資質だ。それでも大きな胸はたわわに揺れてしまうのだが。

 ひとまず二十八衛府の敷地から出て寺子屋を目指す。そこに黄昏暁がいるはずだ。



(母上の剣を穢し、私を陥れた黄昏暁を許さない……!)



 円は美しくも凛々しい顔を憎悪に歪め、分厚い曇り空を睨んだ。そして寺子屋へと駆けだそうとしたとき。



「高宮円。そこで止まってもらおうか」



 取り囲まれている。円がいるのは二十八衛府の真横を通る大路だ。その前と後ろに、甲冑を纏い兜をかぶり日本刀を構えた授刀衛の構成員が五名。寺子屋の方面に三名、その逆方向に二名だ。円は進むことも戻ることもできない。


 にじり寄る五人の男たちに囲まれる危機的状況において、しかし円は笑ってみせた。今朝にはなかった心の余裕の正体は怒り。黄昏暁への怒りがむしろ円を冷静にさせていた。



「ここまで即座に追手が動くとは、さすが我が故郷だ。だが今朝の私と同じと思うなよ。私の手には母の剣がある。大義も勇気もここにある」



 腰を落とし右手を柄にかける。抜刀の姿勢。五人の追手のうち、一人が『やぁぁぁッ!』という掛け声とともに刀を振り下ろした。しかし円に届かない。

 まさに稲光のような抜刀の閃きだった。攻撃は最大の防御、円は抜刀によるたったの一太刀で一人目の刀を弾き飛ばしたのだ。



「この……! 六等級ごときが!」



 威勢よく先陣を切ったものの手から刀がすっぽ抜け無手になった男は黄色い眼を淡く光らせた。すなわち四等級の異能力。

 両手を円に向けると暴風が吹き荒れる。ポニーテールがばさばさと揺れ、わずかに後ずさりさせられた。

 それだけではない。円を囲む追手は五人。風使いの他にあと四人いる。



「チェストォォォォ!!!」



 奇声のごとき叫びとともに円の背後から炎を纏った剣が横薙ぎに振るわれた。一メートル弱ある日本刀の刀身の全体から炎が燃え盛り、まるで火を束ねて剣にしたかのような錯覚さえおぼえる。炎使いの眼は緑色、すなわち五等級。



(きっと刀の表面に油を塗っていて、低位の発火能力でも最大限に炎が刃に行き渡るようにしているのか。それに加えて、暴風使いが酸素を大量に送り込みさらに火炎の勢いを強めている!)



 暴風で体勢が崩れたところに迫り来る炎剣。円はこれを足捌きだけで躱した。まさに紙一重。既に発火能力者との対戦経験があったことが功を奏した、というのある。だがそれ以上に……。



(この足捌きも黄昏暁に教わったものだな……)



 母に復讐するためだけに母の剣を盗み、歪め、他ならぬ娘の自分を欺いた憎き男。だが円の身体に彼の教えがもう浸透しきっていた。たった数時間の指導だったにも拘わらず。それだけ内容が的確かつ有効で円の剣技を正しい方向に劇的に改善したということだ。

 他の誰でもない。当の本人が刀を振るいながらそれを一番痛感してしまっている。


 円は慣れた型の動きを再現し、躱したそばから炎剣を握る相手の手を峰打ちした。剣道において『面』『胴』と並び一本になるのが『籠手』打ち。真剣の戦いでは相手の武器を手から落とすのに有効だ。


 風使い、炎使い、と来て残り三人。

 すると、突如として円の足元がぬかるんだ。まるで暑い部屋に放置したアイスクリームのようにドロリと地面が柔らかく沈みこむ。



「液状化か、猪口才な!」



 そう怒鳴る円に対して覆いかぶさるように敵の一人がとびかかって来る。足捌きや体捌きを重視する円の剣術にはたしかに足元への妨害は効果的だ。

 回避はせずその場で相手の刀を受け止めたが、地面が固くないから踏ん張りが効かない。液状化の能力者と鍔迫り合いながら、チラリと下に視線をやると怪奇的な光景が広がっている。足がずぶずぶと石畳に沈んでいっているのだ。



(このままでは私の剣術の歩法が……)


「よそ見していていいのか?」



 鍔迫り合いながら液状化の能力者が真正面の円を見据えてそう言うと、円の視界の端から貫くような飛翔物が写った。

 匕首(あいくち)──刃渡り十センチメートルほどの鍔のない短剣──だ。


 風使い、炎使い、液使いときて、四人目。液使いが近接戦闘をして作った隙を、遠距離から支援する。匕首には電撃が纏われていた。四人目は雷使いである。


 足場が悪く回避はできない。両手は液使いと鍔迫り合いしているのでふさがっている。このままでは、匕首が円の脇腹に突き刺さり雷によって円は感電してしまう!



(だったら、私はこうする!)



 円はあえて刀から力を抜いた。 

 鍔迫り合いしていた液使いはずっと円の刀に力をかけていたので、円が力を抜くとつんのめる。円は上体を軽く捻り、円の身体の横を前のめりに倒れる液使いが通過していった。

 そう、雷使いと円の一直線上を。



「くそ、何をやってるんだ!」



 バチバチと雷を迸らせている匕首が液使いの腕に突き刺さり鮮血の飛沫が舞った。直後、地面の液状化は解除される。円は固い石畳の地面を力いっぱい踏みしめて加速し、雷使いに肉薄。腰から予備の匕首を出そうとしているが、それよりも円が刀を下から斜め上へと逆袈裟に斬り上げる速度にはおいつかない。刀の峰が雷使いの顎を襲った。


 咄嗟に雷を使った反撃をしないあたりが二等級の英雄とは違う点だろう。同じ雷、電撃系統の能力であっても等級が低ければ大幅に劣化する。もし彼が二等級だったら、手から強烈な雷撃を放ったり、天から雨(あられ)のように雷を降らせたり、電磁力を操って円の日本刀を折ったりできたはずだ。

 きっとこの雷使いは精々短い刃物に纏わせるくらいしかできなかったのだろう、と円も推測している。



(この間も、今回も。鍔迫り合いから脱力することで窮地を脱したな。悔しいがこれもヤツの指導の賜物だ……)


 

 母への憧れに良くも悪くも愚直だった円は視野狭窄になり、気持ちも焦り、鍔迫り合いになったら力で押し返すことしか頭になかった。頭に血が上り、力ずくになるしかなかった。だから、力で男に負けたときは苦しいくらい悔しかったし、相手が使う異能力への咄嗟の対処もできずにいた。

 

 それを、二つの出会いが変えてくれた。初めて興味を持った異性の男の子のおかげで目標である母に改めて冷静に向き合い直すことができた。謎の仮面男に指導され母の剣術の本質に迫れた。



(ほんの数日前の私なら、これだけ練度の高い能力者の剣士を五人も同時に相手取るなんてできなかった。……五人?)



 風使い、炎使い、液使い、雷使い。合計四人。あと一人は?


 姿が見えない。一体どこに? どこかから不意打ちでも狙っているのか?


 円のその疑念を晴らしたのは、ツーンと鼻を衝くアルコールの匂い。


 大路の真ん中をただ歩いているだけなのに。それだけの動作にさえ隙も油断もまったくない。

 ひょうたん片手にふらふらと千鳥足。しかし野太刀を持つ左手は固く。



「脱獄はいけねよ、脱獄は。なんでかわかるか? それはな、ダチの娘でもこの俺が捕まえねえといけなくなるからだ。まあ悪く思うなよ、薫んとこの嬢ちゃん。俺は先約を放り出してまで来たんだからよ」



 鬼宿(たまほめぼし)剛毅はひょうたんを放り捨てる。それが意味するのは、第一に酒を断つということ。第二に、左手に持つ野太刀をその右手で抜くということ。

 老獪な大剣士に飲んだくれの面影はない。



「授刀衛の二十八宿、南方朱雀が一人。鬼宿(たまほめぼし)剛毅。手加減ならできねえぞ」

午後も投稿させていただきます。

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