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第154話 プリズンブレイク

朝にも投稿させていただきましたので、未読の方は前話からお願いいたします。

 資料室と言うからには図書館のような様子の施設を想像していたが実際のところ倉庫と呼んだ方が適切だろう。電気はなく、等間隔で並んだ蝋燭の火が揺れており、ホコリっぽいしカビっぽい。高さにして五メートルほどの本棚が壁一面に並んでいてハシゴが見える範囲でも四本立てかけられている。



(木造建築な上に資料も全て紙なのに灯りが蝋燭の炎とはな……。引火しないのか?)



 あの聖皇がそんなつまらないヘマをするとは思えないので、資料の方か炎の方かいずれかに特殊な加工が施されているのだろうが。

 ナツキは近場の本棚から目線ほどの高さにある資料を一冊とった。あくまで『本』ではなく『資料』。きちんと装丁はされておらず、ざらざらとした厚い和紙で表紙と裏表紙に相当する部分をあつらえているのみだ。基本的には紙の片側に穴を開けて紐を通しているだけの簡素な作り。



(国内の能力者一人ずつについてまとめてあるのか……)



 書かれているのは、見知らぬ日本人の名前と能力の概要、等級。そして享年。生年月日の日付からしてナツキが産まれるより前の人物らしい。ナツキが手にした一冊だけでそうした個人データが十人分ほど。

 授刀衛に所属していた者は携わった任務に関する報告書が添付されていて、授刀衛にならずに天寿を全うした者についてはパーソナルデータがあっさりと記されているだけ。

 

 おそらく年代順に蔵書されているようで、ナツキは高宮薫についての情報がありそうな本棚にあたりをつけて適当に読み漁っていく。



(ククッ、それにしても秀秋が俺に見せたあの資料。一人分であの厚さということは高宮薫が生前どれだけ活躍したかの証左だな)



 そうして資料室に入って三十分程度が経過したとき。ナツキの背後にぬっと大きな影が差した。

 同時に、鼻を衝く強烈なアルコールの匂い。



「おお、待たせたな。暁」


「いいや。呼びつけたのはこちらだ。鬼宿(たまほめぼし)剛毅」



 資料を閉じ本棚に戻してから振り向くと、入口に寄り掛かりながらひょうたんで日本酒を呷る剛毅の姿があった。顔を真っ赤にしながら歯をむき出しにして笑う。



〇△〇△〇



「しかし、狐面をつけていても一目で俺だとわかったか」


「まあ着てるモンは一緒だしな。それに重心の置き方のクセが強い。お前、もしかして好きな言葉は常在戦場か?」


「ククッ、警戒して過ごすに越したことはないだろう」


「違ぇねえ! ガッハッハッ!」



 剛毅は資料室の木床をミシミシと鳴らしながら本棚に立てかけられているハシゴに腰をかけた。カビ臭さに酒臭さが混じってナツキは顔を顰める。



「二十八宿とは存外忙しいんだな。てっきりただの戦闘集団かと思っていた」


「ん? ああ、英雄か。あいつは特殊だよ。聖皇への恩義なのかやたらと張り切っていやがる。もっと文官に任せてもいいってのにな。俺たちゃあくまで武官だ」


(恩義、か。貧しかった英雄の家にとって経済的支援という見返りに報いようというわけか。律儀なあいつらしい)


「それに平安京にいるときは他の二十八宿の当主や後継といつも手合わせしてるんだぜ? 近くにいるどっかの誰かさんに追いつきたいってな」



 剛毅のニヤニヤ笑う視線が暗にナツキのことだと言っている。それだけ想いを向けられることも強いと認められることもどうもむず痒く照れくさい。だから話題を変える。



「あ、改めてすまないな。忙しいのは英雄だけじゃないだろう?」


「ん? ハッハッハッ、まあ二十八宿なんてのは管理職みたいなもんだ。よほどの有事じゃねえと表には出ねえよ」



 そう言って剛毅は和服の袖から何やら小さな箱を取り出した。中に入っているのは酢昆布。おそらく『お前も食べるか?』という意味合いで突き出しだのだろうが、ナツキは首を横に振る。右手で酒を飲み左手で肴の酢昆布を食べながら剛毅は続けた。



「ただ、まあちょいと今朝は忙しくてな。ほら、暁も初日に見たろ。俺の管轄は平安京での護衛や治安維持、要は警察じみたモンでよ。物騒なナリした部下たち引き連れて悪ぃ奴しょっぴっくんだよ。それが、今回は知り合いの娘でな。私情が挟まる仕事ほど面倒なモンもねぇよな」



 仕事の慣れとはすなわち思考の合理化。機械的なルーチンワークに落とし込むことで余計に脳のリソースを割くことがなくなり、余力を業務のクオリティに回せる。

 だが私情はそのルーチンワークを狂わせる。

 今まで省略できていた部分が重たく圧し掛かる。『この判断で彼が、彼女が、かくかくしかじかになってしまうかもしれない』と脳裏にチラつき続けるのだ。



「暁もここに来る途中に二十八衛府の端にある塔を見たろう?」


「ああ。五重になっているやつか」


「そう、それだ。あれはな。牢獄なんだよ。どうして二十八衛府なんて重要な拠点施設に危険人物を収容してるかわかるか?」


「ククッ、お前たちがいるからこそ、だろう? この国で最も強い二十八宿がいる二十八衛府はどこよりも強固だ」



 たとえば星詠機関(アステリズム)は捕縛した能力者を収容するにあたり、意識を完全に奪った上で生命維持液に浸しておく。能力者は鉄格子なんて溶かしてしまうし、縄や手錠くらい千切ってしまう。

 では平安京では? 街の大半が能力者であるこの街において取り締まった能力者をどのように拘留するのか。


 答えは、何もしない。

 逃げたければ逃げればいい。ただし、()()()()()()()()()()


 これが基本設計だ。当主だけで二十八人、後継も合わせたら二倍の五十六人。日本国内で特に優れた五十六人から逃げられるものなら逃げてみろ、という姿勢。もし彼らを倒すほどの実力があるならば、もはやその人物の暴走を止める術は存在しない。故に事実上の無罪放免となる。


 尤も、戦って勝たなければいけないわけではない。正確には犯罪者ではないのだが、ナナも牛宿も二十八宿の後継という立場にありながら日本を出て国外に出奔し星詠機関(アステリズム)に入った。

 二十八宿からの追手はあった。もちろん、相手は二等級を含む格上の能力者たち。しかしナナのテレポート能力を追跡する手段はなく、牛宿の質感のある幻覚を見破る方法はなかった。二人は誰一人倒すことなく平安京を抜け出したのだ。



「そんでもって、そこに俺のダチの娘が今朝収容された。今日は一日その報告書作りをしてたんだ。本来は俺の仕事じゃねえんだが、こればっかりは他の奴らには任せたくなかった」



 そう言ってひょうたんをひっくり返すように傾け一気に飲み干す。片目をつぶって中を覗くが酒はもう一滴も出てこない。



「俺が書いた報告書も聖皇陛下が目を通されたらこのうす暗くてカビ臭い資料室に収められて誰の目にも触れられないんだろうがな。わざわざこんなホコリっぽいとこに来たがるけったいな野郎は暁、お前と秀秋くらいなもんだ。ああ、秀秋ってのは」


虚宿(とみてぼし)秀秋だろう?」


「なんだ、知ってたのか」


「まあな」


「んじゃぁ、俺の酒も空になったことだ。そろそろ暁の用件を聞こうじゃねえか」



 ナツキが剛毅に会いに来た理由は二つある。それはまさしく、目下ナツキが抱えている二つのミッションに対応している。

 一つは二十八宿の後継選びにまつわる人材について。もう一つは高宮円の母、高宮薫について。

 前者はもちろんのこと、剛毅の年齢からして後者の方も期待感があった。当時のことを覚えているだろう、と。剣術の特徴でも聞き出せれば円への指導の役に立つかもしれない。



「俺が聞きたいのは──」



 ナツキがそう切り出したときだった。廊下をドッドッドッと走って近づく足音が聞こえる。

 扉の前から資料室の中に伸びる一つの人影。角が生えたようなシルエットの正体は兜。まるで戦国時代からタイムスリップしてきたかのような格好をした武士が言った。



「ここにおられましたか! 鬼宿(たまほめぼし)様、緊急事態でござります!」


「チッ……酒が切れてから仕事たぁ気乗りしねえなぁ。暁、すまん。この埋め合わせは必ずする。今日のところは勘弁してくれや」


「気にするな。忙しい中で無理に時間を作ってもらったのは俺の方だ」



 真っ赤な顔をした酔っ払いの剛毅は微笑を浮かべると重たい腰を上げて資料室を出て行った。その後ろを武士がそそくさとついて行く。


 廊下を進みながら剛毅は思う。



(暁は大した野郎だ。強さだけじゃねえ。他者への気遣い。どっしりと構える精神。十四のガキであんな大人びてるたぁ、つくづく()()()を思い出す)



 ガニ股気味にズカズカ進む剛毅は怒鳴るように声を荒げた。部下の武士もそれが怒っているわけではなく感情が高ぶっているからだと知っているので、臆することはない。



「何があったぁ!?」


「はっ。脱獄です」



 能力者が跋扈するこの街において脱獄は容易い。脱獄させない星詠機関(アステリズム)とは異なり、脱獄した者を捕らえるのが平安京での授刀衛の基本姿勢。

 護衛や治安維持を担当する剛毅こそ、脱獄者に対して差し向けられる最強の尖兵。大将級の尖兵という地獄のようなボスラッシュ。

 果敢にも脱獄を図った者の名は──。

夕方にも投稿させていただきます。

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