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第153話 隣席の欠席

 結局、終ぞ(まどか)が現れることはなかった。模擬戦を終え、教室で秀秋の座学を受け、放課後。

 ナツキが左隣の席を眺める。誰もいないその席に円の幻影を重ね合わせながら、窓の向こうでは重苦しい灰色の空が平安京という街を覆いかぶさるようにのしかかっていた。


 円がいないのでは剣の指導はしようがない。ではもう一つのミッションの方に着手しよう。二十八宿の一つである牛宿(いなみぼし)家は現在当主に相当する人物はいるものの後継となる若い才能を未だ囲えていない。急ぎ養子を取らなければ現当主が戦死、ないしは病死した際に空白の期間が生じてしまい、瞬間的に二十八宿が二十七になってしまう。

 

 さて、ナツキはどうしたものかと教室を見渡す。欠席は円のみなのでそれ以外の寺子屋所属の若い授刀衛の構成員はこの場に揃っていることになる。若いというのは幼いという意味ではなく、正確に言えば十五から十八、つまり外の基準で言えば高校生に当たる年齢だ。何人かは昼食を食べに急いで教室を出て行ったが、既にクラスメイト全員の顔と名前と能力は一覧となってナツキの脳内に保存されている。


 ナツキ自身、聖皇が敷く平安京や授刀衛のシステムを完全に把握し切れているわけではない。ただ慣例として二十八宿になる者は最低でも三等級以上の能力者であることが慣例だったという。だからこそ、円の母である高宮薫は単騎で二等級の能力者を撃破するという功績を上げながらも二十八宿入りが叶わなかったわけだ。


 この『三等級以上』という基準に照らし合わせた瞬間にクラスメイトたちの九割は脱落する。もちろん、円も含めて。実力ではない。現に三日間模擬戦を見ており、常に勝敗と能力の等級とがイコールでないことはわかっている。五等級の能力者が四等級の能力者に勝つこともあるし、昨日の円のように六等級でありながら格上を打ち倒す例もあるのだ。

 教育段階では剣の腕や総合的な戦闘センスも測っているのに二十八宿という伝統ある役職となると慣習が邪魔をする。


 ナツキはどうしたものかと頭を悩ませ、ならば精通している人間に聞けばいいという結論に達した。

 スマートフォンを取り出し、今頃二十八宿の一人として業務に勤しんでいるであろう英雄にメールを打つ。



〇△〇△〇



 寺子屋や旅館がある区画から北へ北へと進み、内裏に突き当たったところで右に曲がってさらに数分。

 その建物が鎮座する巨大な敷地は旅館はもちろん昨日赴いた虚宿(とみてぼし)家の屋敷と比べてもなお広い。内裏のように石段のはるか上にあるわけでも煌びやかに花々が咲き誇っているわけでもなく、無骨な和風の武家屋敷といった出で立ちだ。


 敷地を囲うように白漆喰の壁が続いている中で一か所だけ壁ではない部分がある。つまり出入口、門だ。兜をかぶり甲冑を着た、まさに戦国時代の武士がそのまま現代にタイムスリップしてきたかのような格好をした二人の男が長槍を持ち門の両脇にそれぞれ立っている。


 ナツキが門に近づくと二人は槍を交差させ通すまいと道を塞いだ。狐面に黒い和服姿という見るからに不審者、彼らは門番としてまったく正しい。ナツキもそれをわかっているので、特に抵抗することなく立ち止まる。そして二人の門番が「貴様、何者だ」と言いかけたとき。鉄で舗装した頑強な木門がギーという重たい音とともに開かれた。

 中から出てきたのは女物の袴がよく似合う可憐な少女……ではなく、少年。



「あ、黄昏くん、迎えに出るのが遅くなっちゃってゴメンね!」


「大丈夫だ」


斗宿(ひきつぼし)様、この狐面はお知り合いの方でしたか!」


「むう。ボクは書類上養子縁組しているけど正式に継いだわけじゃないからまだただの『結城英雄』だよ!」


「も、申し訳ありません、結城様!」



 英雄が諫めると門番たちは槍を降ろしナツキを解放した。

 二十八宿の一つ、斗宿(ひきつぼし)家もまた、当初後継として生育してきたナナの国外出奔に見舞われ後継を欠いていた。しかし聖皇と星詠機関(アステリズム)との間で水面下で行われた外交と取引によって世界初の人為的二等級能力者の英雄は授刀衛に引き抜かれ、斗宿家では後継を飛び越えて事実上の当主としての立ち位置にある。


 聖皇を除けば平安京で最も権威と権力のある二十八名なので、門番も平伏叩頭だ。へこへこと頭を下げる度に兜がの装飾がナツキの顔の前をぶんぶんと通っていく。



「さ、それじゃ行こ。黄昏くん」



 英雄に手を引かれて、門をくぐる。

 ここは平安京における、いいや、大日本皇国における、異能戦力の中心。二十八衛府である。



〇△〇△〇



 広さとしては二百メートル四方ほど。聖皇が住まう内裏を除けば平安京最大の区画がこの二十八衛府だ。敷地内にはいくつもの建物があり、ナツキと英雄の二人はメインとなる母屋の廊下にいる。

 その木の廊下は外に面していて、庭と接続している。英雄がすたすたと進むのに対してナツキは歩きながら庭園を鑑賞していた。無骨なグレーの岩から、白い砂が波紋を描き、そして流れるようにうねりを形作っている。まるで池や河川を見ている気分だ。いわゆる枯山水、日本においては伝統的な庭園様式である。


 岩のさらに向こう側には、五重塔が建っているのが見える。敷地を囲う壁の内側にあるようなので二十八衛府の施設であるのだろう。しかしどうやらかなり敷地の端にあるようで、母屋にいるナツキからは遠近法で随分と小さく見えた。


 揚々とナツキの前を歩く英雄はボブの茶髪をヘアゴムでくくっていて、首元ではおくれ毛がぴょこぴょこと揺れている。ナツキはその揺れを目で追いながら尋ねた。



「放課後もよく京都に行っていると言っていたな。職場はここなのか?」



 英雄の能力を用いれば雷が天から地へと降り注ぐ速度で移動できる。故に、関東地方にいながらもごくわずかな移動時間で京都を往復できるのだ。そのため中学校での授業が終わった後、英雄はよく京都に来ている。


 本来二十八宿になる人間は任務のとき以外平安京を出ることは滅多にないのだが、英雄に関しては能力者としての出自も特殊であるために聖皇が特例で今まで通りの生活を許可していた。英雄本人としても、最近まで貧しい生活をしていた母を一人置いていくことに申し訳なさを感じたためでもあり、大好きな親友のナツキと学校生活を送りたいからでもあった。



「うん。そうだよ。内裏が日本の政治の中心なら、この二十八衛府は軍事の中心。日本で最も強い二十八人の能力者がいつもここに詰めてて、作戦会議をしたり、書類を閲覧したり、訓練をしたりしてるんだ。母屋をさらに抜けると広場があってボクもそこでたくさん稽古をつけてもらったよ」



 それから英雄は『もちろん黄昏くんや聖皇陛下の方がボクらよりも強いけどね!』とあわあわ焦って付け加えた。二十八宿は三等級から二等級の能力者の組織であるため、一等級の能力者であるナツキや聖皇ほどではない。

 その構図は星詠機関(アステリズム)二十一天(ウラノメトリア)と通ずる部分がある。あちらの組織も一等級であるシリウスと無能力者のハルカを除けば全員が二等級だ。



「一応もう一つ二十八衛府には役割があるんだけど……あ、着いたよ。ここが資料室」



 母屋にある部屋をいくつもいくつも通り過ぎて辿り着いた場所。木の板に律儀にも『資料室』と筆で太く記されている。



「それじゃボクはまだ目を通さないといけない書類があるから戻るね」


「ああ。呼び出してすまなかったな」



 星詠機関(アステリズム)の日本支部でナナや牛宿がしているのと似た業務を英雄も授刀衛で取り組んでいる。どれだけ戦力として優れているとしても有事にならない限りは企業の管理職と大差ない。それなりの立場につくということは、同じようにそれなりの煩わしさを伴うものだ。

 尤も、書類上は英雄も日本支部の人間、それも企業で言えば社長に相当する支部長なのだが。英雄はあくまで聖皇が「日本に支部を作ってもいいがトップはこちらの身内だ」と内外に示すためのお飾りである。


 ナツキの手には昨日秀秋から渡された高宮薫の資料がある。資料室に来た目的は、円の剣術に役立つような薫の情報を探すのが一つ。それから、とある待ち人が訪れるまでの時間つぶしのためでもあった。

午後も投稿させていただきます。

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