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第150話 型の中に遺るもの

「おい! 黄昏暁! もう一度俺と戦え!」


「ええと、お前はたしか……」


「俺の名前は伊達竜輝! 一昨日はわざと負けてやったが、今日はそうはいかないからな!」



 寺子屋にやって来て二日目。今日も午前中は武道場で模擬戦だ。ナツキに息巻いて絡んできたのは竜輝。強がって『わざと負けてやった』と言っているが、以前戦ったときは手も足も出なかった。

 どうしようかと秀秋の方を見ると、構いませんよと目が語っていた。ナツキは頷き、竜輝の挑戦を受けることを宣言した。


 二人は木刀を構えて開始線につく。寺子屋の面々はざわめき立っていた。片や寺子屋最強で将来的な二十八宿入りも期待されている竜輝。片や初日に鮮烈のデビューを飾った不気味な狐面のナツキ。一昨日の戦いを知っているのは本人たちを除けば(まどか)と竜輝の取り巻きたちだけなので、この二人の激突に皆が注目をしている。



「では黄昏暁くん対伊達竜輝くんの模擬戦を始めます。開始!」



 秀秋の掛け声と同時に竜輝は紫色の両眼を淡く光らせた。すなわち三等級。彼の能力はシンプルかつ強力だ。視界にあるものを分断、両断、細断する能力。

 一方でナツキは何も臆することなく接近して木刀を横薙ぎに振るおうとした。


 彼にとって日本刀などという切断用の武器はまったく意味をなさない。竜輝が能力の対象としたのはナツキの木刀、そしてナツキの着ている黒い和服。



(これで黄昏暁は武器を失う上に、服が破けて公衆の面前で恥を晒すことになる! ざまぁ見ろ、この俺を虚仮にした罰だッ!)



 にんまりと笑う竜輝は、せっかくならついでに狐面も能力の対象にして素顔を見てやろうかなどと考える余裕すらあった。今に自分の脇腹を目掛けて放たれたナツキの一振りの木刀はバラバラになる。攻撃手段を封じられ剰え衣服まではぎ取られて、この子癪で不気味な新入りはどんな風に泣いてくれるのか。その期待感に竜輝は胸を膨らませる。


 しかし。いつまで経ってもナツキの木刀は細断されない。



(は?)



 ナツキが自然に振るった木刀は当たり前のように竜輝の脇腹に当たり、肋骨をへし折りながら彼の身体を数メートル先まで転がす。床をバウンドしながら数回転してようやく竜輝は停止した。

 狐面の下では、ナツキの左眼が青く光っている。現を夢に変える能力。能力によって表出される現実はナツキの脳内の夢として格納され無効化される。竜輝の能力は最初から完封されていたのだ。



「この一撃は円を辱めようとした分だ」



 意識を失った竜輝に向かって、誰にも聞かれない程度の小声で呟く。円本人に聞かれでもしたら事だ。彼女の中で田中ナツキと黄昏暁は別人なのだから、あまりに親し気な態度を取るのはまずい。

 

 ただ一人。秀秋だけは眼鏡の奥で眼を光らせ、口が三日月型になるほど楽しそうに笑っているが。

 その秀秋によってナツキが勝者である旨が告げられ、竜輝は取り巻きたちに抱えられながら診療所へと運び込まれた。



〇△〇△〇



「秀秋、放課後少し時間を作ってもらえるか?」


「ええ。構いませんよ」



 ナツキと秀秋は互いに視線すら合わせずに言葉を交わす。二人とも視線の先は同じだ。それはもちろん模擬戦。対戦しているのは円と、昨日教室で円を侮辱していた発火能力者の女子。


 相手は右手で木刀を握りながら、左の掌にソフトボールほどの大きさの火の玉を形成し円に投げつける。円はこれをステップだけで避けてみせた。木刀を握る上半身はそのままに、下半身の体捌きだけで対応したのだ。


 円の急速な方向転換の繰り返しに対して、相手も黙って見ているわけではない。立て続けに左の掌に火球を作り、投げる。円が右に避けたなら右に投げ、それを避けるように左に移動したら今度は左に投げ、円がまたそれを回避して……。


 ジグザグに動く円に対して的を絞れないでいた。

 当の円は美しい黒のポニーテールの先がほんの少しだけ焦げてしまったが、そんなことは気にならなかった。今の彼女にあるのは確実に対処できている現状に対する高揚感。


 火球が当たらず、少しずつ距離を詰められ、発火能力者の少女は円の木刀の射程圏内に入られてしまった。一刀一振りの間合い。円の冴えわたった剣閃が襲う。

 咄嗟に右手の木刀で円の一撃を受け止め、鍔迫り合いに持ち込んだところで左の掌に火球を作り出す。

 接近戦は表裏一体、攻撃面で有利であると同時に、こうして至近距離で反撃を受けるリスクがある。



「くらいなさい! この出来損ないっ!」



 相撲の張り手のように左の掌を円に突き出した。だが、その左手は何にも当たらずに空を切る。



(消えた!? どうして!?)



 ナツキだけは心の中で頷いていた。昨日指導した動きがよくできていると。



〇△〇△〇



「いいか、どんなに強い能力者でも不死身ではないし、日本刀でぶった斬られたら普通に死ぬんだ」


「それはそうだろうな」



 円の自宅の庭でナツキが指導をしていた昨日の午後。ナツキが重点的に指導したのは実にシンプルで、ごくごく当たり前のことだった。



「当たるな。そして当てろ」


「は?」


「言葉足らずだったな。相手をよく観察し、能力を考察し、攻撃手段を推察しろ。そうすれば相手が多少格上の能力者であっても無力化できる。当たらん異能なんて持っていたところで無能力者と大差ない。そうすれば同じ土俵に相手を引きずり込める」



 これはナツキ自身が無能力者ながら星詠機関(アステリズム)として能力者と交戦したおよそ一カ月の経験から導出した解答だった。それを円に応用する。



「相手の攻撃が当たらず、こちらの攻撃が当たるのなら、相手は自ずとやられる。どうだ、シンプルだろう?」


「黄昏暁、それはいわゆる『言うは易く行うは難し』というやつだろう」


「そうか? 少なくともお前の母はそれを実戦していたようだけどな」


「なっ……母上が? どうしてお前にそれがわかる」


「さっき見せてくれた型。あれは円が母親から教わったものなんだな?」


「ああ。そうだ」


「なら間違いない。あの型、あまりに身体を回しすぎているんだ。正面から一対一で打ち合うような、昔ながらの剣術試合にしては妙だ。それよりもっと何か別の……たとえば集団に囲まれるとか、或いは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「じゃあ母上は……」


「ああ。間違いなく対能力者の特殊な型をお前に遺していたわけだな。横に後ろに、身体の位置や向きがコロコロ変わる。そこにきっとヒントがある。能力であれ武器であれ相手の攻撃に一切の漏れなく対応し、最後に一撃を当てる。コツは恐らく足捌き、体捌きだろうな」



〇△〇△〇



 今までの円ならば力任せに木刀で相手を押し倒そうとしていた。焦りが選択肢を狭め、パワープレイに拘れせていたのだ。しかし今回の円はその真逆。あえて鍔迫り合いするほどぶつかり合っている木刀からふっと力を抜いた。そして下半身は深く踏み込み、上半身は軽やかに、敵の身体を軸にして半回転する。


 火球を至近距離で当てようとした左手が空を切ったとき。円は消えたのではない。既に後ろに立っていたのだ。腰をやや沈めて腕を引き、鋭利な刺突を放つ!


 ピタリ。円の木刀の先端は、相手の背中を貫くことなく寸止めされた。一度止めた後コツンと軽く先端を当てると、背後を取られたことに気が付いた相手は振り返りながら信じられないものを見るような目を向けた。



「真剣なら心臓を貫いていた」



 円のその一言の意味がわからないほど馬鹿ではない。右手から木刀が落ち、床に転がる。そして両手を小さく万歳するように挙げた。降参の姿勢だ。



「黄昏暁さん。あの短時間でよくここまで仕込みましたね」


「元々は筋は良かった。あの型を愚直に続けてきた結果だな。必要なものは全て円自身の中に備わっていた」


「なるほど。そうですか」



 秀秋はナツキでも気が付かないほどほんの少しだけ口角を上げた。それから、高らかに宣言する。



「勝者、高宮円!」

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